読書ファイル   2019年11月

加藤弘一 2004年 4月までの読書ファイル
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January
ゾラ 『ルーゴン家の誕生』

ゾラ 『ルーゴン家の誕生』 論創社

 第二帝政期を全二〇巻で描くゾラの大河小説、ルーゴン・マッカール叢書の第一巻である。

 一九世紀の小説だから最初に長々とした説明があるのかと思ったら、ルイ・ボナパルトのクーデタに反対する共和派の蜂起がいきなり語られ、何が何だかわからないうちにどんどん状況が進展していく。

 この書きだしは『パルムの僧院』冒頭のワーテルローの会戦の向こうをはったものものかもしれない。第二帝政期の長大な物語をはじめようとするゾラが、ナポレオンの没落にはじまる王政復古期を描いたスタンダールを意識したとしてもおかしくない。

 『パルムの僧院』では主人公のファブリスが血気にはやってワーテルローの戦場に深入りしていくが、『ルーゴン家の誕生』では若いシルヴェールが恋人のミエットとともに蜂起団に合流する。

 シルヴェールは何者かという疑問が膨れあがっていくが、第二章ではその疑問をほったらかしにして、プラッサンという南仏の田舎町と、プラッサンの城壁外で財をなしたフーク家のただ一人の生き残りのアデライードの物語が悠々と語られる。アデライードは作男だったルーゴンという農婦と結婚し、ピエールをもうけるが、ルーゴンはすぐに死んでしまい、次にマッカールという密輸業者とねんごろになって、アントワーヌとユルシュを産む。保守的な田舎町ではなかなかのスキャンダルである。マッカールは憲兵に射殺されるという不名誉な死を遂げる。

 ピエールは物心つくようになると、身持ちの悪い母親を恥じるようになり、アントワーヌが兵役に行っているうちに母親の財産を独り占めにし、その金を持参金に城壁内のつぶれかけた油屋の娘フェリシテと結婚して、ブルジョワの仲間入りをする。ピエールはなんとか成りあがろうと商売に精を出し、三人の息子たちに高等教育を受けさせるが、ガラスの天井にぶち当ってしまう。せっかく大学を出した息子たちも、金とコネがないので、プラッサンにもどり、鬱々とした日々を送っている。

 この状況を一変させ、ガラスの天井をぶち破ってくれたのがルイ・ボナパルトのクーデタなのである。通信手段がろくにない当時、パリの政変が南仏の町々にどのような波紋をおよぼし、階級間にどのような葛藤をつくりだし、ピエールがどのように立ち回ってその後の栄達の基礎を築いたかが生々しく、また滑稽に描かれている。

 一方、アントワーヌは兄に財産を奪われた悔しさと、父親譲りの放浪癖と怠惰さで身を持ちくずし、妻が働き者なのをいいことに、左翼的なレトリックで憂さを晴すことだけが生きがいのDV男になっている。

 後半にさしかかった第五章からはシルヴェールとミエットが再び登場し、井戸越しの幼い恋と、蜂起団の無残な顛末が語られる。

 シルヴェールはピエールと並ぶ一方の主人公といっていいと思うが、アクの強い人物がこれでもか、これでもかと登場した後に素性が語られるので、影が薄くなってしまったことは否めない。第二章で井戸越しの恋を描き、井戸の秘密から祖母の過去に遡るような構成にした方がよかったのではないかという気がする。

 ゾラといえばドレフュス事件であり、左翼作家の先駆けといえるが、この小説では左翼(共和派)は徹底的に戯画化されている。アントワーヌ・マッカールとアリスティッド・ルーゴンは単なる口だけ左翼であり、金をちらつかされれば簡単に仲間を売ったり、転向してしまう。シルヴェールは優秀な職人だったのに、読みかじり聞きかじりの知識で左翼運動にかぶれてしまい、道を誤ったというように。ゾラ=左翼作家という先入見は括弧に入れておいた方がいいかもしれない。

 習作的な部分や図式的な部分もなくはないが、一つの町を鳥瞰する試みは十分成功している。ルーゴン・マッカール叢書の第一作ということを抜きにしても、読みごたえのある小説である。

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