最高にとんがった図書館 六本木ライブラリ訪問記

加藤弘一

 2004年8月2日、ペンクラブ電子メディア委員会の委員諸兄の驥尾にふして、RFIDを導入した最先端の図書館、アカデミーヒルズ六本木ライブラリを見学し、高橋潤二郎理事長、澁川雅俊ライブラリ委員長をはじめとする運営側の方々と懇談する機会をもった。以下はその感想である。

1. 六本木ライブラリとは

 森ビルは創業者の森泰吉郎が教育者だったことから、1986年に文化事業部門としてアカデミーヒルズを設立した。六本木ライブラリはアカデミーヒルズが開設した会員制の図書館で、六本木ヒルズ・セントラルタワーの49階全フロアと50階の一部を使っている。六本木ヒルズ開業とともに6千冊の蔵書で開館し、現在は1万2千冊まで増やしている。

 アカデミーヒルズ専用の玄関から直通エレベータで49階にあがると、白を基調にしたライブラリ・カフェに出る。壁いっぱいの窓に東京湾の眺望が開ける。

 ライブラリ・カフェから閲覧室につづく廊下はBOOK STOREになっていて、新刊書がならぶ。その向かいには「グレートブックス・ライブラリ」と呼ばれる部屋がある。

 六本木ライブラリは、後述するように、アーカイブ機能を切り捨てた新刊書中心の図書館で、数年のサイクルで本を入れ換えていくが、「グレートブック・ライブラリ」では、長期保存すべき本を会員のアンケートで選び、蓄積していく。

 壁一面が作りつけの書棚になっているが、まだ1/3くらいしか埋まっていない。アメリカの大型書店のように、二階相当の高い天井まで、壁がすべて本で埋めつくされたら壮観だと思うが、地震で本が落ちてくる危険があるので、全部詰めるのはやめたそうである。ライブラリ・カフェ、BOOK STORE、「グレートブックス・ライブラリ」は会員でなくても利用できる。

図書館らしからぬ書棚

 BOOK STOREと「グレートブック・ライブラリ」の書棚は木製で、一般の図書館とそれほど変わらないが、会員限定のマイライブラリ区画にはいると、印象が一変する。

 まず、書棚がちがう。木製の側板の間にガラスの棚板をわたし、その上に蔵書がゆったりとディスプレイされている。隙間なく本を詰めこめば2万5千冊収納できるが、あえて半分に抑えているということで、表紙を見せている本がかなりある。本のショールームというものがあったとしたら、こんな感じだろうか。

 驚いたことに、図書館につきものの分類表示がない。よく見ると、側板の上部に、目立たぬように通し番号が打ってあるが、単なる数字でしかない。蔵書にもラベルがない。汚損防止のフィルム・コーティングもなく、帯もついたままだ。表紙と帯は軽く糊づけされている。

 本の並べ方も独特だ。普通の図書館では十進分類法にしたがって配架されているが、ここではクラスタといって、テーマにしたがって本が集められている。クラスタわけは基本的に週一回変更するが、ホットな分野では毎日手直しし、「知の出会い」を演出するという。

 なんの規則性もなく、しかもしょっちゅう場所が変わるのでは、本を探す場合はどうするのだろう?

 実は、ここの蔵書にはすべてRFIDチップ(ICタグ)がしこまれており、パソコンか携帯電話で検索すれば、どこにあるかがわかるようになっているのだ(次節参照)。

両側は個室閲覧室

 立花隆氏と楡周平氏の本棚を再現したコーナーもある。両氏の著書と本棚を較べてみることで、知のインプットとアウトプットが一目でわかるようにするのが目標だそうである。

 公共図書館は利用時間と開館日に制限があり、勤め人には利用しにくい。六本木ライブラリの会員には月会費6,300円のコミュニティメンバーと、月会費63,000円のオフィスメンバーがあるが、前者は8〜23時、後者は24時間いつでも利用できるようになっている。閉館日はなく、今年の正月は平日よりも利用者が多かったという。

 オフィスメンバーはLANの完備した個室を利用することができる。かなりの値段だが、都心に仕事部屋を確保すると思えば、妥当な金額なのかもしれない。

 蔵書は思想書とビジネス書が多く、Libroの品揃えに似ている。専門書・学術書はいれない方針だそうで、図書館に期待するような本はみごとになかった。はっきり言って中型書店程度の蔵書であり、個人的にはまったく魅力を感じないが、書店にいく時間のない人には、こういう場も必要なのかもしれない。


2. RFIDの実際

シール下端のRFIDチップからアンテナが伸びる

 今回の見学は図書館におけるRFID利用の実態を勉強するためにおこなわれた。

 六本木ライブラリの蔵書の表紙をはずすと、背に1×4cmの白い粘着シールが貼られている。RFIDチップはシールの裏側下端に位置し、3cmほどのアンテナが上に延びている。

 チップは凸版製で、単価は200円。チップに格納できる桁数がすくないので、本は独自のナンバリングで管理しているが、今ならISBNの10桁の番号がそのままはいるチップがある。

 チップは受動型なので、電波に反応する距離は最大でも15cmほど。一番苦労したのは、本から返ってくる微弱な電波を受けるアンテナだったという。アンテナをしこんだ書架は手作りになり、開発費こみで1棹100万円かかったそうだ。このシステムは六本木ヒルズITショーケースとともに、経済産業省の「e!いーびっくりプロジェクト」の助成金を受けているが、こんな実験は助成金なしでは不可能だったろう。

ガラスの棚板の裏の灰色の帯がアンテナ

 本の位置は90秒ごとにスキャンしている。携帯電話やパソコンで検索すると、書棚の位置と、何段目の棚に配架されているかがわかる。

 チップの不良品と経年変化で、本が行方不明になる問題について尋ねた。本に装着して以降の不良は試験期間もふくめて一件もなく、行方不明になった本もないそうである。

 この結果は、六本木ライブラリの特殊な条件を考慮しなければならないかもしない。ここは数年で蔵書をいれかえていくので、経年変化はもともと考慮する必要がないし、貸出がないということを割り引いても、ほとんどの蔵書は新品同様にきれいだった。公共図書館ではこうはいかない。

棚板を支える梁の裏に送受信機が隠れている

 検索の利用件数は一日あたり十件前後だそうである。公共図書館の検索件数と較べると、一桁か二桁すくない。閲覧スペースを見わたしても、仕事場として利用している人が多そうである。

 図書館にRFIDを導入するメリットはいくつかあるが、まず蔵書整理が簡単になることがあげられる。

 開架図書館の場合、利用者はとりだした本を元の場所にもどすとは限らず、しばしば行方不明になるし、窃盗もある。閉架図書館でも、開架図書館ほどではないが、行方不明になる本はすくなくない。だから、どこの図書館でも年に一度、一週間から数週間閉館して、蔵書整理をおこなっている。RFIDを使えばリアルタイムで本の位置が把握できるので、蔵書整理の必要はなくなる。

 貸出業務も省力化される。現在は一冊づつ館員が処理しているが、借りたい本をカウンターに積みあげれば、一瞬で読みとれるからだ。

 利用者側のメリットとしては、目当ての本がすぐに見つかる点があげられる。

 一方、課題はすくなくない。

 まず、コスト。RFIDチップは急速に安くなるとみられているが、装着するための工賃はそうはいくまい。チップとアンテナのつなぎ目は弱いので、シールの貼りつけは丁寧におこなわなくてはならない。一冊あたり6〜700円かかったそうで、文庫本などでは本よりも工賃の方が高くなってしまう。

 製本時にRFIDを装着して、流通を省力化しようという計画が進んでいるが、あらかじめ装着されたRFIDに図書館独自の書誌情報を追記できるようになるまでは、実用化は難しいと思う。

 第二に経年変化である。公共図書館の本は荒っぽくあつかわれるから、数年で故障する可能性がある。返却時にチェックし、RFIDが反応しなくなったら、再装着するという方法も考えられるが、経年変化による故障には対応できない。

 RFIDの公称耐用年数は10年とされているが、メーカーは非公式には20年くらい大丈夫といっている。しかし、酸性紙の本でも百年程度はもつわけで、20年や30年しか使えないのでは話にならない。

 第三に、RFIDの規格が定まっていないこと。規格については話が長くなるので、ここでは避けるが、規格が定まるまではおいそれと投資できない。

 今、RFIDはブームだが、図書館で使えるようになるのはかなり先という印象を受けた。


3. 図書館の未来形

 高橋理事長は懇談会で、現在の図書館は開架閲覧といっても、倉庫を開放しているようなもので、利用者のためではなくライブラリアンが処理をしやすいシステムにすぎない、明治から厳然として続いてきた図書館システムを解放し、新しい本との新しいつきあ方を構築しなければならないと語った。

 六本木ライブラリを作るにあたり、モデルにした図書館はあるのかうかがったところ、参考にしたわけではないが、ニューヨークのLibrary Hotelはおもしろかったということだった。

 Library Hotelはコンセプトのページを見ればわかるように、3階は社会科学、4階は言語学、5階は数学・科学というように十進分類法でわかれていて、客室にはその分野の本が架蔵されている。外観もなかなか。日本でも受けるかもしれない。

 図書館にRFIDは普及するかどうかうかがったところ、短いスパンで考えると、二次元バーコードの方が有望だろうということだった。多くの図書館では通常のバーコードで貸出業務を省力化しているが、二次元バーコードにすると、MARCで公開しているような書誌情報や要約までいれることができ、管理側・利用者側にとってメリットが大きく、コストもかからない。

 高橋理事長は利用者の閲覧履歴によって、利用できる本の範囲を決定するようなシステムの可能性を語っておられたが、必要性は理解できるものの、プライバシーの保護が問題になるだろう。ユビキタス・コンピューティング時代の幕開けにあたって、パブリックとプライベートの関係はあらためて問われなければならない。

Copyright 2004 Kato Koiti
This page was created on Aug06 2004.
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