電子書籍の衝撃

――小学館インターメディア部 鈴木雄介氏に聞く
加藤弘一
 1998年7月3日の朝刊各紙に「衛星使い電子書籍」という見出しが躍った。2年後の2000年事業化を目指して、出版業界側の発意で電子書籍を提案していくというのだ。
 プロジェクトの名称は「ブック・オン・デマンド」、BOD。出版社を中心に、ハードメーカー、書店、コンビニ等の企業が協同で「電子書籍コンソーシアム(仮称)」を作り、この10月から2年間の実験をはじめる。
 電子出版のネックはいくつかある。まず、読みにくいこと、漢字が足りないこと、購読料の徴収法が確立していないこと、既存の出版物の電子化に多額の費用がかかること、等々。
 BODがこのネックをどう克服するのか、普及の見通しはあるのか。プロジェクトの推進役である小学館インターメディア部の鈴木雄介氏にお話をうかがった。

高精細液晶が可能にするもの

──見開きで読める専用端末の最初のバージョンはいつごろできるんですか?

鈴木 10月に試作機ができ上がりますが、量産は来年秋の予定です。

──試作品ができてから一年というのは長いんじゃないですか?

鈴木 BODはわれわれ出版界から提案していくもので、メーカーの意向で進めるものではありません。一年かけて、各メーカーに競ってもらって、本の表現力に匹敵するハードウェアを作ろうということです。

──高精細の新型液晶を使うということですが、何dpiくらいになるんですか?

鈴木 180dpi以上を提案しています。文庫のルビが読めるレベルでないと駄目ですね。

──本当ですか!? 現在の液晶の倍以上ですね。17インチCRTで1280ラインでも、100dpiちょっとです。

鈴木 試作段階の液晶をご覧になるとわかりますが、いわゆる液晶というイメージを越えていますよ。この液晶だと、本から画像取りこみをした版面が、元の紙よりきれいに表示できるんです。

──BODのデータはパソコンでも読めるということですが、専用端末の方がきれいに表示できることになりますね。

鈴木 画像で取りこんだ本の場合は、特にそうでしょうね。

──その液晶は特定メーカーの製品ですか?

鈴木 複数の会社で試作に成功しています。この液晶があったから、BODが可能になるんですよ。

──バックライト型ですか、それとも反射型

鈴木 バックライトのメーカーもありますし、反射型のメーカーもあります。

立ち読みもできるヴァーチャル書店

──ヘッドマウント型の検索システムでヴァーチャル書店を作るということですが、グラストロンのようなものをかぶって、本を探すわけですか?

鈴木 本の検索というと、パソコンがあって、題名や作者をキーボード打ちこむと、目当ての本が出てくると考えている方が多いと思いますが、それでは味気ないし、ビジネス的にいっても、「ついで買い」してもらえないんですよね。
 やはり目の前に本棚があって、いろいろな本が並んでいる。あれこれ立ち読みして、目当ての本だけでなく、二冊、三冊と「ついで買い」してもらえるようにできたらと思っているんですよ。
 レコード店にいくと、試聴用のヘッドフォンがたくさんぶらさがっていて、好きなのを試聴してから買えるでしょ。そんな感じでグラストロンがぶらさがっていても、おもしろいんじゃないでしょうか。グラストロンでなければいけないというわけではないですが。

──グラストロンで立ち読みもできるんですか?

鈴木 コンビニ業界からは、長時間、立ち読みされては困るという声も出てきているんですよ。そこで、MDでも、CD-ROMでもいいですが、ディスク版ヴァーチャル書店を作って、自宅でゆっくり選んでもらい、そのディスクを店にもっていくと、ワンタッチで目当ての本が買えるという方法も考えています。

どんな本がはいるか

──電子書籍コンソーシアムはまだ正式発足していないということですが、鈴木さん個人としては、どんな本を電子書籍にするといいとお考えですか? 小学館と講談社が中心というと、マンガが主力になるという印象をもつ人が多いと思いますが。

鈴木 現在はその二社にくわえて、文藝春秋社と角川書店の四社が中心になっています。マンガも大きいですが、わたしとしては文庫が重要と考えています。それから、全集もののようなそろえるものですよね。

──利用者の立場からいうと、全集ものは早く電子書籍になってほしいです。全集は置き場所がないんですよ。それから、専門書と雑誌です。専門書は重くてかさばるし、一度買いのがすと入手が困難になるので、当面、必要がなくても買っておかなくてはならない。
 雑誌は毎月、毎月、増殖していって、とても個人では持ちきれません。普通の図書館では、雑誌は二年で捨ててしまうので、たった三年前の記事を調べるにも、大きな図書館や、大宅文庫にいかなければならず、本当に困っています。
 しかし、専門書を出すような出版社は小さいところが多く、電子化に対してアレルギーをもっているところもあるように聞いています。小さな出版社が参加する見通しはどうなんでしょうか?

鈴木 わたしはその点は楽観視しています。既存の本については、画像で取りこむことができるんです。高解像度液晶だと、紙よりもきれいですからね。
 新潮社でCD-ROMの『新潮文庫の百冊』を担当した方にお話を聞いたことがあるんですが、スキャナーでとりこむのはアルバイトにまかせても、その後の校正が大変で、コストが相当かかったそうです。しかし、画像で取りこんで、オーサリングソフトで電子書籍の体裁にまとめるだけですから、費用は微々たるものです。オーサリングソフトも安く提供できます。BODに参加すれば、電子出版の経験や資本力のない出版社でも、過去の出版資産を生かすことができるんですよ。
 しかも、どんな本を出してほしいかを、電子書籍コンソーシアム側から参加各社に提案していこうと考えています。おつきあいでつまらない本しか出てこなかったら、このプロジェクトはうまくいきませんし、大出版社の本だけでは、メディアとしての信用力がうまれません。小規模の出版社にも、ぜひ参加していただきたいと思います。

二万字の新たな文字コード

──画像収録は確かに一つの解決策ですが、検索や引用を考えると、テキスト・データになっていたほうがはるかに便利です。マンガや文庫だけでなく、専門的な本までいれるとなると、文字コードが問題になると思います。

鈴木 これまでは国やコンピュータ・ベンダーが知らないうちに作ったものを、われわれが押しつけられてきたと思うんですよ。このプロジェクトでは、コンテンツを作る作家や、辞書を作ってきた出版社が主体になって、JISやユニコードをふまえながらも、新しい文字コードを作ろうと考えています。

──文字セットはどのくらいの規模になりますか?

鈴木 一万二千字あれば辞書が作れますから、二万字あればいいんじゃないでしょうか。もちろん、フォントもわれわれで作り、社会に提案していくつもりです。

──大文字セットとしては、GT明朝や今昔文字鏡がすでにありますが、どうお考えですか?

鈴木 あれはやはり学術目的で作られたものであって、われわれの目指すものとは方向性が違うんじゃないでしょうか。

──学術書を出すには、必要だと思うんですが。BODの企画概要を拝見して、西垣通さんgが中心になって進められているISO 10646改良プロジェクトと連携しているのかなという印象をもったのですが、どうなんですか?

鈴木 いいえ、別です。文藝家協会にも協力いただいて、出版にふさわしい新たな文字コードを提案することになるでしょう。

高齢者にも使えるシステム

──紙の本で定価2000円だったら、電子書籍ではいくらぐらいになりますか?

鈴木 1000円ちょっとくらいでしょう。すべてが電子書籍になるというわけではなく、読者にいろいろな選択肢を提供したいのです。文庫版が出ても、四六版の単行本が売れるように、紙の本も残ります。

──読者のターゲットは、どのあたりを想定しているのでしょうか?

鈴木 どちらかというと、中高年ですね。30代以上。特に、パソコンには縁がないが、本を読みこんでいらっしゃる60代以上の方に使っていただけたらと考えています。われわれの産業を支えてきてくださったのは、その年代の方々ですからね。
 専用端末では新書判で1.2倍、文庫版で1.3倍に拡大して版面を表示します。文庫の8.5ポイントの字が読めなくなったという方にも楽に読めると思います。

──専用端末の五万円という値段も関係していますか?

鈴木 五万円という値段が高いとお考えなのでしょうが、なにと比較するかがポイントになります。

──文庫本と比較してですが、違うんですか?

鈴木 専用端末は空箱で出すつもりはないんです。電子手帳というか、電子システム手帳の機能をつけます。

──キーボードを外付けにするんですか?

鈴木 いえ、ペンで書くのです。電子手帳でいうインクという機能ですね。現在のZaurusなんかは画面解像度が低いので、大きな字で書かなければ読めませんが、高精細液晶だと、手帳のメモの字でいいんです。その通りを画像として保存しておき、いつでも呼び出せる。専用端末の厚みは2.5cmくらいですから、広げた状態では1cmちょっとです。会議の席で広げておいても邪魔になりません。つまらない会議だったら、マンガを読んでいればいい(笑)。マンガや本のはいったシステム手帳ですよ。
 本として使う場合も、片面に本を表示し、反対側をメモ画面にすれば、感想を書きこめますし、気に入った箇所を保存しておいて、自分だけの本を編集することもできます。受験参考書としてなら、もっといろいろな応用が利くでしょう。
 本を読み終わると、読書記録が残る機能もつけます。わたしも本好きですから、Zaurusで読書記録をつけていたんですが、題名とか著者名とか、入力が大変です。しかし、BODならワンタッチで記録が残せます。

──それなら、老齢の方でも使いこなせますね。今日はお忙しいところ、どうもあ りがとうございました。


(1998年7月30日)

インタビューを終えて

 専用端末の五万円という値段は、液晶の価格が大半を占めるだろう。数さえ出れば、急激に安くなって、現在の携帯電話なみになるかもしれない。売れなければ、高価なままである。
 当面は画像とりこみ中心と聞いて、おやおやと思ったが、手っとり早く点数をそろえて、市場を立ちあげるには画像取りこみしかないだろうし、一度とりこんでおけば、将来、OCRが進歩した際に、一挙に電子テキスト化することができる。もちろん、最終的には人間の校閲は必要だが、老年パワーを活用するとか、中国の日本語学習者にまかせるとか、いろいろ手はある。
 売れ筋の文庫を主力にするという印象を受けたが、難しいのではないか。全集にしても、いつでも入手可能なら、ばら買い中心になるだろう(電子書籍では装飾品的需要は見こめない)。高精細液晶は未見だが、紙の本よりよくなるとは考えにくい。やはり、入手と保存に難のある専門書でメリットが大きい。そのためには中小の出版社をいかにしてとりこむかであるが、衛星配信とか、グラストロンを使った検索とか、派手な話が多いので、反発を買いそうな気がする。
 メディアはMD中心になるらしい。コンビニで音楽ソフトと販売端末を共用する関係だそうだが、パソコンの周辺機器としてはMDはなじみがない。書店でもパッケージとして売るというが、光ディスク系でないと、新たにドライブを買わなければならなくなる。直接、NSTARと契約して、自宅で衛星から受信するという手もあるが、孤島の住民でない限り、そこまでやる人はいないだろう。
 グラストロンを使った検索システムが使い物になるかなど、懸念材料はあるが、二年間の実験期間はそのためにある。紙の本に住空間を圧迫されている身としては、一日も早い実現を望む。
専用端末
 専用端末は次のように発展していくという。
    第一次 マンガ・文庫型
    第二次 通信・カラー対応型 
    第三次 大判マガジン型
いずれも見開き二ページの形態で、電子手帳機能をそなえている。
dpi
 画像の細かさの単位。dot per inchで、1インチにいくつの点を表示できるかであらわす。普及価格帯のcrtの上限は130dpi程度といわれている。プリンタの解像度は数倍高く、4万円程度のレーザープリンタでも600dpiが普通である。600dpiを越えると、一般の印刷物の領域になる。
反射型液晶
 大画面液晶やカラー液晶は、バックライトといって、裏側から蛍光灯で照らし、透過光で表示しているが、バックライトを使わず、反射光のみで表示する液晶。バックライトが不要なので、電池が長持ちし、視認性も紙に近くなるはずである。
 シャープが「スーパーモバイル液晶」としていち早く製品化したが、現状では室内光では実用にならない。数年後には、もっと使える製品が出てくるといわれている。
Copyright 1998 Suzuki Yusuke
Kato Koiti
This page was created on July31 1998; Last Updated on Aug02 1998.

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