吉目木晴彦氏と語る

加藤弘一

編集者の役割

──英語版ほら貝をつくるにあたり、吉目木さんの紹介を英語で書く必要がでてきたんですが、作品の題名をどう訳すかで考えました。吉目木さんの場合、すでに「ルイジアナ杭打ち」をアメリカで発表されているし、「寂寥郊野」の英訳の話もあるとうかがっています。この二つの題名はもともと英語が裏側にあるからいいんですが、問題はぼくが一番注目している『誇り高き人々』という長編です。 この小説は周美という山陰地方の架空の田舎町に住む、ほんのすこしだけ風変りな普通の人々を描いていて、アメリカのスモール・タウンものに通じるものがあります。シャーウッド・アンダーソンの『ワインズバーグ・オハイオ』を意識されたのだと思いますが、『ツイン・ピークス』を思わせる部分もあって、印象深い人物が何人も登場します。
 「誇り高き」というのは、決してアイロニーではないんですが、prideとは違うのではないか。そこで、仮に、Those who have identitiesという題名を考えてみました。英語として妥当かどうかは自信がないですし、アメリカ人がこれを見たら、「普通の日本人はアイデンティティを持っていないのか?」と、異様な感想をもつかもしれません。あくまで日本の批評家としての見方なんですが、この作品で描かれている「誇り」というのはアイデンティティのことではないかと思ったのです。どうでしょうか?

吉目木 実はあの題名は私が考えたんじゃないんですよ。

──あらら(笑)。

吉目木 私は題名を考えるのが下手で、群像新人賞をいただいた「ジパング」も、芥川賞をいただいた「寂寥郊野」も、「寂寥郊野」と同じ本に入っている「うわさ」も、担当していただいた編集者のアイデアです。良い題名が出てこなくて、校了ぎりぎりまで、二人で必死に頭をひねったこともあります。「うわさ」の時でしたが。自分でつけた題名がそのまま通ったのは、「ルイジアナ杭打ち」くらいですね。

──今、あげられた作品はすべて「群像」に発表されたものですね。ぼくも「群像」では吉目木さんと同じ方に担当していただいていたんですが、小説家と批評家ではあつかいがずいぶん違いますね。小説家には松坂牛なみに手をかけるのに、批評家の方はほったらかしの放し飼い状態というか(笑)。
 まあ、それは冗談ですが、「誇り高き人々」という図式は作品の中に潜在していたんじゃないでしょうか? 編集者はそれをうまく引きだしたのであって、決して新しい要素をつけくわえたわけではないと思うのですが。

吉目木 そうだと思います。私のセンスでは、行き着けない題名なのですが、気に入っています。作品のタイトルは、作者の感覚と若干距離のあるものの方が良いかも知れません。私の場合、自分で考えたタイトルは、思い入れがストレートに出すぎますね(笑)。


 

「原体験」という虚構

──あの小説でぼくが一番印象的に感じたのは、稲垣という老人です。彼は代々網元をやっていた家の当主で、国会議員があいさつにくるほどの名士なんですが、戦時中、徴兵されて軍隊にはいった時、精神異常のうたがいありということで、すぐに除隊になっている。戦争の間はそれで肩身がせまかったんですが、戦後もなんとなく浮いている。べつに特に異常な行動をするわけではないんですが、過去に受けた心の傷が核になって、「誇り」というか、周囲に溶けこまない人格の芯のようなものが形成されている。 伯父の引きで大手に転職しようとしている青年とか、パチンコの景品買いをやっている在日韓国人とか、杉原千畝に助けられたポーランド人神父とか、さまざまな人物が登場しますが、みな稲垣老人と同じように、心の傷が人格の芯になっていて、田舎町の共同体の中に溶解すまいと抵抗している。そこがすごくおもしろいと思いました。

吉目木 昔、「原点」とか「原体験」という言葉が流行りましたね。私が学生時代、少し年上の、全共闘世代の生き残りみたいな人達が好んだんです。私は、まったく信用していなかった。ささいな体験にドラマチックな意味づけをあたえ、ふくらませる。あれは個を殺すんですよ。他人に言えない秘密というが、誰しもあるでしょう。話すと、まずいことになるとかいうのではなく、他人には説明のしようがないために、語り得ない、秘密にならざるを得ない経験というものが。他人が聞けば、応対のしようがないような、何の意味もないように思える経験で、しかし本人にとってはそこから自分が離れられないというような事柄。「原点」とか「原体験」という言葉は、そういうものを圧殺するんです。誰にでも了解可能なコードとしての体験をねつ造させる。「社会化された私」なんて茶化したら小林秀雄ファンに怒られますが(笑)。プロレタリア文学の中の、特に低級な作家が、自分はどんな悲惨な家庭に生まれたかを言い合っているのと同じようなものです。「誇り高き人々」には、男を恐れて、婚期を逃しかけている娘がでてきます。その原因らしきものは、第三者の立場で見ると、どうでもいいようなものなんです。すくなくとも、ドラマチックではない。でも、彼女はそこから離れられない。

──「圧殺」という言葉ははげしいですね。ぼくとしては「マスクされてしまう」と言った方が適切かなと思いますが、とにかくそういうささいな傷を芯にして、彼女のアイデンティティが形成されている。そこにすごくリァリティを感じました。ドラマチックな体験をもっている人なんて、ごくごくすくないでしょ。ドラマチックな意味づけの好きな人はたくさんいますが(笑)。
 小さな町に住む普通の人々をまとめて描こうとしたのは、『ワインズバーグ・オハイオ』の影響ですか?

吉目木 『ワインズバーグ・オハイオ』は好きな小説で、いつかああいうものを書きたいとは思っていました。ただ、『ワインズバーグ・オハイオ』の場合は、どうもキリスト教というのがチラチラ見えてくる感じがするんですね。日本を舞台にすると、そこが違ってきます。

──クリスチャニティというのも、傷だと思います。原罪を意識するという傷体験が、キリスト者のアイデンティティの基礎ですからね。そもそも、泥棒といっしょに十字架にかけられ、血を流して死んだ男を拝んでいる。

吉目木 近代小説の出発点として、「告白」という様式があると言いますでしょう。それ以前に教会での懺悔があった、ということを頭の隅に置いておく必要があると思います。日本の私小説の「告白」とは根本的にズレています。この辺については、「ほら貝」の英文ページに掲載されている「代行という価値意識と日本文学」(The sense of value of Daikou and Japanese Literature)で多少なりとも述べていますから、ここでは触れませんが。


 

一般世間と文学業界のズレ

──吉目木さんは講演などで一般の読者の方と接する機会が多いと思いますが、読者の反応はどうですか?

吉目木 講演のあとの懇談会とか、図書館が主宰している読書会に顔をだすと、じかの反応が聞けます。寄稿家や編集者など、文芸誌に直接関わる人達の読み方とは違いますね。最近、同世代の小説家や批評家の対談とか座談会を見ると、日本語の歴史の中で生まれてしまった作品を論じるのに、エクリチュールがどうの、パロールがこうの、ロゴスがどこいったとか(笑)、ゼンジー北京の高座での語りを聞いているような感じになりますでしょう。まあ、ゼンジー北京の寄席芸を例に挙げて「でしょう」と言われたって「うん、そうですね」と言うわけには行かないかも知れませんが(笑)。議論の対象である小説をほったらかして、最新の仕入品や品揃えを披露し合う。これに対して、「どれ、芥川賞の小説でも読んでみるか」というような読者は、人物中心に読みますね。そういう場所では、「寂寥郊野」がとりあげられることが多いんですが、中年の女性の方ですと、「あの旦那はやさしい」という話になります。

──「やさしい」ですか(笑)。ぼくなんかですと、タフな人だなという印象を受けました。もう引退という年齢になって、事業が失敗した上に、奥さんが精神に変調をきたしたのに、へこたれずに、奥さんを支え続けるわけですから、やさしいということになるのかな。主人公の女性に感情移入しているんでしょうか。自分の夫だったら、あんな風には面倒をみてくれないだろうとか。

吉目木 感情移入もあるでしょうし、そういう読み方をしてもらえるのは、本当は小説家として一番有り難いことだろうと思います。評者からゼンジー北京風のカタカナ言葉を引き出して見せたって、しょうがない。エクリチュールがどうのこうのというのは、ひねくれた読み方かもしれなくて、文学的自家中毒にかかっていない、まっとうな感覚からいったら、小説の中に最終的には人間を読むわけですよ。叙述方法を読むのではなくて。多くの場合、読んだ人を納得させる小説というのは、魅力的な人物のでてくる小説なんです。そのことがあまり直接的な文学上の議論の対象にならないとしたら、その方が変なのかもしれません。

──魅力的というのは、リァリティのある人物ということですか?

吉目木 ちょっと違います。「こういう奴っているよな」というだけでは不十分で、人物として魅力がないと、読者を満足させることはできないです。

──うーむ。難しいですね。

吉目木 日本で小説が支持を得にくくなったのは、小説家を職業にしてしまったからじゃないですか。フランスの作家はサロートは弁護士、クロード・シモンは農場主と、経済合理性のある職業をもって社会と向かいあっています。もっとも彼らは、翻訳を通じて読む限りという限定付きで言うのですが、能書きばかりでロクな小説は書いていない。ああいうのが素晴らしいなどという人は、自己顕示欲のようなものなんでしょうが、痛ましい限りで……あれ、これでは例にならないな(笑)。だいたい日本語の中で生まれる小説の話をするのに、模範をすぐ他の言語圏に求めようとするいい加減な態度がいけないんだろうな。まあ、それは置くとして、ある年齢の近い女性作家が商事会社のOLの話を書いたのですが、何をしている会社だか、まったく見えてこないのです。きっと、関心の向きが根本的に違うんでしょうね。

──おっしゃるとおりだと思いますが、でも、サラリーマンは最初から純文学は読まないんじゃないですか? 吉目木さんはあるフィルム・メーカーの経理マンでもありますが、同僚の方々は小説を読んでいますか?

吉目木 サラリーマンというものを特に抜き出して議論する必要はないのでしょうが、たまたまサラリーマンという言葉が出ましたから、これに沿って話をすると、文芸誌を活動の場とする人達の中で、サラリーマンは小説なんか読まないと決めつける人は多いですね。また読んでも、連中が読むことには何の意味もない、彼らは訳もわからず、だたそんなものの一つも読んでおかなければ恥ずかしいくらいの感覚で読んでいるので、読んだってどうせ何もわかりゃしないんだ、と高を括っている人も少なくないように感じるんですが。どうもこの辺に本質的なズレを感じるんですよ。スタンダールもドストエフスキーも、たぶんそんなに遠い存在ではない。文学青年にとっては、遠い存在ですけれど。幸田文の本が売れて驚いてみたり、したり顔で講釈を始めてみたりするのも、このズレに根ざしているのではないか。最近文芸誌の記事で、やれあいつには教養があるの、こいつには教養がないのというような議論を熱心にしている人達を見かけますが、サラリーマンが文芸誌を読まないのは、彼らに教養があるからです。

──日本の小説には、彼らを納得させるものがない……ということですね。伊井さんが先月のインタビューで指摘していらっしゃいましたが、小説にはサラリーマンは描けないかという欠陥もあるのかもしれない。

吉目木 サラリーマンの生活が描けないというのは、重大な問題です。いわゆるホワイトカラーかどうかはともかく、サラリーマンを「給与生活者」という意味にとるなら、すでに人口のかなりの部分を占めていますし、起きている時間を17時間とすると、その半分以上は会社ですごすんです。そういう生活の大きな部分が文学の対象としてすぽっと抜けおちているんです。


 

帰国子女の眼

──「ジパング」などの吉目木さんの初期の作品は、インテリもどきに受けそうな前衛風の小説でしたから、今のご指摘はひじょうに説得力があります(笑)。もっとも、あの前衛風の意匠には必然性があると思います。海外帰国子女が日本に対していだく異和感が、前衛風のとんがった表現でうまくすくいとられていると感じました。

吉目木 本人にはそういう意識はありませんでした。あの作品が生まれた直接のきっかけはリチャード・ブローティガンを読んだことだったんです。それまで、私はフランスのヌーボーロマンに引っかかって、ああ恥ずかしい(笑)、これから原稿用紙に向かってやることの辻褄を先に合わせておいた後に書こうとしていたんですが、どうしてもうまくいかなかった。そんなの、あたり前の話ですが。そんな時に、翻訳を通してですけれど、ブローティガンの作品に出会い、このスタイルだったら、キッチュなイメージの面白さを軽く流していけるなと感じました。「ジパング」は相撲取りが芸者の乗った人力車を引いて、鳥居の前を走っていくようなイメージなんですよ。

──そういう発想って、日本を異国として見るわけだから、帰国子女的とは言えませんか?

吉目木 どうでしょうね。ディスカバー・ジャパンなんていうCMが流行ったりしましたから、帰国子女でなくても、日本古来のものを珍しいと感じる感性をもっている人は多いと思うんですが。

──日本を異国として発見するのは、吉目木さんよりもっと下の世代だと思いますけど。やはり、アメリカ体験が大きいんじゃないですか?

吉目木 アメリカ体験はたしかに大きいかもしれません。私は子供の頃、父親の仕事の関係でルイジアナ州のバトンルージュという町に行ったんですが、当時は飛行機を使っても、3日がかりでした。バトンルージュは、小説にも書きましたが、小さな田舎町なんです。それでも日本から見ると、物質的豊かさは圧倒的でした。当時、日本でジャムというと、紙の容器にはいったイチゴジャムとピーナツバターくらいしかなかったんですが、アメリカではガラス瓶にはいったラズベリージャムとか、プラムジャムとかがスーパーの柵にずらっとならんでいたんです。あそこまで格差があると、何もされなくても、敵意をいだきますよ(笑)。

──黄色人種として差別されたとかなんとかという以前に、物質的豊かさを見せつけられて、傷ついたわけですね。吉目木さんがアメリカにいらしたのは、ちょうど江藤淳氏の渡米と同じ時期じゃないかと思うのですが、江藤さんのアメリカ観の原型は、案外、物質的豊かさから受けた傷なのかもしれませんね。

吉目木 物質的格差というものを侮ってはいけないと思います。江藤さんのことは知りませんが、松岡洋右などはそうだったんじゃないかと推測しています。

──松岡洋右は戦前の外交官としてはもっともアメリカを知っていた人物ですが、その彼がころっとナチス信奉者に転じ、国際連盟脱退とかめちゃくちゃなことをやって、日本を対米戦争に引きずっていきました。毎年、八月になるとTVが戦争時代のドラマを放映しますが、アメリカの国力を知らない無知で愚かな軍国主義者が戦争を起こすというワンパターンを踏襲している。でも、あれはウソですよね。松岡だけじゃなく、アメリカの豊かさをよく知り、あこがれていた連中がゴリゴリの反米主義者になっていった。羨望と憎しみは紙一重です。
 今、日本には第三世界から留学や出稼ぎで外国人がたくさんきていますが、体験的に言って彼らはスーパーやコンビに入っただけで傷き、日本に敵意をもつ可能性があると思いますか?

吉目木 それはあると思いますよ。その辺に鈍感になると、かつての啓蒙的アメリカ人みたいになってしまう。

──そのへんのところも、日本の小説家は気がついていませんね。今日はどうもありがとうございました。

(Feb25 1996)
Copyright 1995 Yosimeki Hruhiko
Kato Koiti
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