表語文字

加藤弘一

電脳社会の日本語』 補説3

 アラビア文字はセム語系のアラビア語を表記するために発達したために、母音をあらわす文字はない。独立した母音をあらわすためにはアリフ(アリフ)という記号があるが、アリフだけではaなのか、uなのか、iなのかはわからない。

 ネイティブ・スピーカーは単語をつづった一まとまりの字形を見て、語を認識し、無意識に三つある母音のどれかを補って読むのである。たとえば、「山」を意味する「ジャバル」は下図のようにつづる。右から順にj、b、lにあたる文字がならんでいる。

jbl

 逆にいえば、アラビア文字は当の単語を知らなければ発音できない。アラビア文字は表音文字ということになっているが、実際は単語をあらわしているのである。このような文字を表語文字(logograph)という。

 しかし、神の言葉とされる「コーラン」は、モハメッドの朗唱した通りに読まなければならないので、a、i、uにあたる母音記号やさまざまな補助記号を子音の上下につけて発音を特定する。アリフにも母音記号をつけてどの母音かを特定する。

 子供や外国人の学習用には、コーランの記法を転用した母音・補助記号つきのテキストが提供されている。

上にあげた「ジャバル」に母音記号を付加すると、下のようになる。

jabalu

 本田孝一は次のように書いている。

 しかしこの発音符号は教育的な配慮から意識的に付けられたもので、ある意味でそれは日本の漢字に付される振り仮名に似ています。当然ながら日本語の小学生の教科書では難しい漢字に振り仮名がたくさん付されていますが、高学年になるにつれて振り仮名は少なくなります。アラビア語でもまったく同じです。

 当用漢字表では、振り仮名を日本固有の特殊なもののように考えて廃止したが、世界の表記体系を見れば、決してそんなことはない。アルファベット文化圏だけを「世界」と勘違いした視野狭窄があの愚行をまねいたのである。

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