『〈狐〉が選んだ入門書』解説

加藤弘一

 山村修は大学図書館に司書として勤務するかたわら、「匿名書評家〈狐〉」として一九八一年以来書評を書きつづけた。二〇〇六年健康上の理由から大学を早期退職し、文筆に専念する生活にはいった。二〇〇六年七月、本書『〈狐〉が選んだ入門書』を実名で刊行して〈狐〉が自分であることを明かすが、翌月帰らぬ人となった。五六歳だった。

 〈狐〉が主な発表の舞台としたのは「日刊ゲンダイ」の「新刊読みどころ」というコラムだった。「日刊ゲンダイ」は中年サラリーマン向けの夕刊タブロイド紙である。スポーツ記事や風俗記事、芸能記事のひしめく紙面に二二年半週一回のペースで書きつづけ、とりあげた本は千二〇〇冊に達するが、特筆すべきは守備範囲の広さで、小説、随筆、思想書から古典、漫画、画集におよんだ。

 昨今新刊書の寿命は短いが、書評はさらにはかなく、基本的に読み捨てされるものである。ところが〈狐〉のコラムは読者の支持を受け、はなはだ異例のことながら『狐の書評』(本の雑誌社、一九九二)、『野蛮な図書目録』(洋泉社、一九九六)、『狐の読書快然』(洋泉社、一九九九)、『水曜日は狐の書評』(ちくま文庫、二〇〇四)と次々に単行本にまとめられた。亡くなった後には『もっと、狐の書評』(ちくま文庫、二〇〇八)という傑作選が編まれ、『増補 遅読のすすめ』(ちくま文庫、二〇一一)の第二部には三三編の書評を含む単行本未収録原稿が収められている。

 〈狐〉の書評はなぜこれほど読者を魅了するのだろうか? 批評眼の確かさと背景となる学識の豊かさはもちろんだが、「日刊ゲンダイ」という場で鍛えられたスタイルも大きいと思う。

 夕刊紙は通勤電車の中で読みやすいように新聞紙面の半分のタブロイド判で発行されている。夕方のラッシュは文字を読む環境としては厳しく、読者も一日の勤めを終えたばかりで疲れきっている。そうした場で小難しいことを書いてもまず読まれないし、並の文章では喧噪の中に埋もれてしまうだろう。では、どうしたか。

 江戸落語はお座敷芸として育ったので扇子と手拭くらいしか小道具を用いないが、野外や大きな小屋で興行されることの多かった上方落語は見台の前にすわり、小拍子という小さな拍子木を打って観客の注意を引きつけ、噺の中にお囃子を織りこむなど演出を工夫した。上方落語と似た条件に身を置いた〈狐〉も読み手の心をとらえるスタイルを編みだした。

 〈狐〉は書評の冒頭でいきなり本の急所に飛びかかる。

 ひたすらにアカデミックである。なおかつ、ただもう、桁外れに風狂である。(山田孝雄『櫻史』)

 明治男の暮らしの流儀を読もう。その奇矯なる暮らしぶりを、山崎今朝弥『地震・憲兵・火事・巡査』に読もう。(山崎今朝弥『地震・憲兵・火事・巡査』)

 いわく、切盛、捏造、虚偽、作為、曲筆。いわく、政治への奉仕、人を馬鹿にしたフィクション、公平めかした疑似考証、体制イデオローグの仕事。

 森鷗外の小説への、異例の論難だった。この挙に出たのは故大岡昇平、一九七五年のことだ。(大岡昇平『堺港攘夷始末』)

 牙を急所に突き立てる気合といっていい。しかも、突き立ててからぐいぐいと押しこんでいく。

 最初の例。単に「なおかつ」では読み過ごしてしまうが、「なおかつ、ただもう」となると文が力こぶのように盛り上がり、アカデミックと風狂という離れた言葉が一つによりあわされる。二番目の例では「暮らしの流儀」を「奇矯なる暮らしぶり」とリフレインし、三番目の例では「切盛、捏造、虚偽、作為、曲筆」と畳みかけるように列挙することで、筋肉の屈伸を思わせるような律動が生まれている。

 〈狐〉のコラムにあたえられたスペースは四〇〇字詰原稿用紙にしてわずか二枚だったが、すくない紙幅にもかかわらず、あえて冗句を重ね、対句を構成し、列挙することによって文章に骨格があたえられる。

 繰返しがいかに強い文を作りだすか。三番目の例の最後の条を引こう。

 そのしぶとい史料博捜を知るには、事件のあらゆる細部を探った本書と格闘してみるしかない。解体作業の美しさに触れるには、この十年がかりの遺著を一読、再読、三読してみるほかない。

 〈狐〉は「筋肉」「筋力」という言葉をよく使うが、文型の反復が思考にメリハリをつけ、力感を生みだしている。

 〈狐〉の書評のスタイルは完成されたものだが、もともと夕刊タブロイド紙という場で工夫されたもので、静かな部屋で単行本の形で読むことは必ずしも想定されていないだろう。おりおり数編づつ拾い読みするのは楽しいが、一気に読み通すにはケレン味が勝ちすぎているかもしれない。

 それに対して本書は最初から単行本として書き下ろされた文章である。二五冊の「入門書」をとりあげるが、一冊あたり原稿用紙にして八枚から一二枚費やしている。「日刊ゲンダイ」の書評の四倍から六倍の分量であり、おのずから息遣いもスタイルも異なってくる。

 ここでは〈狐〉はいきなり獲物を急襲したりはせず、まず周到に布石を打つことからはじめる。

 菊地康人『敬語』を論じた条を見てみよう。〈狐〉は冒頭で敬語とは人と人との間に「適切な距離」を設定するものという橋本治の考え方を紹介するが、その後橋本説とは直接関係のない菊地の敬語理論の検討にはいり、尊敬語・謙譲語・丁寧語というおなじみの三分法は不備であって、謙譲語は話者が主語を低めて補語を高める謙譲語Aと、聞き手に対して話者を低める謙譲語Bにわけるべきだという論旨をたどっていく。

 これはこれで面白いが、最初の橋本説とどう係わるのだろうか。菊地は謙譲語Aが尊敬語として誤用される例が増えていると指摘し、敬語の中心的な機能である人称暗示機能が失われてしまうのではないか、そして人称暗示機能が働かなくなってしまえば敬語は無意味化し、敬語システムは崩壊してしまうのではないかと危惧している。橋本説に照らすなら、それは人と人との間の「適切な距離」が失われることを意味する。ここまで来ればたかが敬語なんてと思っていた人もことの重大さに気づかざるをえないだろう。

 遅塚忠躬『フランス革命 歴史における劇薬』の条ではツヴァイクの『ジョゼフ・フーシェ』は面白く書きすぎているという中野好夫の指摘を枕にふっている。あまたあるフランス革命関係書の中でなぜ『ジョゼフ・フーシェ』なのか。そして面白すぎるとはどういうことか。

 遅塚は革命の担い手には貴族階級・ブルジョワ階級・民衆=農民階級という三つの集団があったが、ブルジョワ階級は妥協的改革路線の貴族階級と徹底的革命路線の民衆・農民階級の中間にあってつねに動揺していたとしている。

 ブルジョワ階級を代表する議員だったフーシェは王の命は守りぬくと公言していたが、いざ演壇に上ると「王を殺せ!」と叫びだす。唐突な翻意の理由をツヴァイクはフーシェの人間性の暗部にもとめたが、遅塚のフランス革命論に照らせばフーシェはブルジョワ階級の二股膏薬的な二面性を体現していたと見ることができる。そう読んでこそツヴァイクの小説は奥行を増すし、遅塚の歴史書も生々しく迫ってくる。

橋本進吉『古代国語の音韻に就いて』の条では東京市電の「切符の切らない方はありませんか」という車掌用語を考察した橋本の小論を枕に引いている。橋本は文法的に正しい言い方が実用にあわない場合は破格の用法がつかわれることもあると指摘し、文法を絶対視する考え方をいましめている。

 この枕は『古代国語の音韻に就いて』の内容には直接の関係はないが、最後の部分で神職講習会で聞き手の神主たちに同書の内容を説く橋本を一筆書きする段になると、布石が利いてくる。車掌用語の誤用を容認したことを知っているからこそ「しずかに、訥々として説き来たり、説き去る研究者のすがた」に奥行がくわわるのである。

 タブロイド紙の書評では畳句や対句、列挙といった繰返しが文章の骨格をつくっていたが、本書の繰返し構造にはひねりがくわわっている。田川建三『キリスト教思想への招待』から引こう。

 「種をまく人」のたとえばなしから、あるいは聖書のいたるところにある創造信仰的な記述から、神学者たちはなんとか「神の国」に関するドグマをつくろうとしてきました。昔も現在もそうです。(傍点引用者)

 耳にひっかかる表現である。「昔も今も」か「過去も現在も」なら抵抗なく聞き流せるが、「昔も現在も」ではおさまりが悪い。

 「種をまく人」の譬えとは夜明けから働いた者にも、夕方から働きだした者にも等しい賃金を払うという話で、伝統的には神の慈愛をあらわすとされてきたが、田川は仕事にあぶれて夕方まで広場に立ち尽くしていた労働者も一日分の賃金がもらえるという労賃の話だと読みこみ、西洋社会の失業保険や健康保険など、さまざまな社会保障制度の大もとにはこの譬え話があると指摘している。

 イエスの譬え話と近代の社会制度を結びつけるのは飛躍といえば飛躍だが、それこそが田川の本の妙味といえる。「昔も現在も」というひっかかる表現はこの飛躍を予告していると感じられないだろうか。

 〈狐〉こと山村の文章は一言一句にいたるまで考え抜かれ、磨きぬかれている。ここにはもっとも洗練された批評言語がある。

(『〈狐〉が選んだ入門書』(ちくま文庫)解説 2012-04-10)

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