社会主義革命の評価はさておき、歴史学の世界では、かなり以前からフランス革命の見直しが進んでいる。フランス革命はブルジョワ革命ではなかったというのである。
これまで、フランス革命は、自由な経済活動をのぞむブルジョワジーが主役となって、旧体制を打破したものだと考えられてきた。革命によって貴族の支配する封建社会は終り、ブルジョワジーの支配する資本主義社会が到来したという、マルクス主義流の発展段階説である。
しかし、歴史の後景にうごめく無名の庶民に注目するアナール派や、計量経済学の手法を過去に適用する新しい歴史学の潮流は、旧体制は暗黒どころか、多少の波はあれ、順調に産業が発展していた時代だったこと、当時のブルジョワジーは小数派にすぎず、革命の主役どころか、恐怖政治の時代には敵役にされ、貴族より多くの犠牲者を出していたことを明らかにした。結局のところ、革命とは大規模な食糧暴動にすぎず、資本主義社会到来を促進したどころか、フランスに芽生えつつあった近代産業を全滅させ、イギリスに対して決定的な遅れをもたらしたというのだ。
このような新しいフランス革命観の先駆けとなったのはフランソワ・フュレで、主著の『フランス革命を考える』が岩波書店から翻訳されているほか、彼の説とマルクス主義者側の反論を紹介した『フランス革命』(柴田三千雄著・岩波セミナーブック)という手ごろな入門書も刊行されており、ほぼあらましを知ることができる。
もちろん、この新しいフランス革命像はフュレ一人が作ったのではない。今回紹介するルネ・セディヨの『フランス革命の代償』は、経済ジャーナリストである著者が、新しい歴史研究の蓄積を一般読者向けに簡潔に概観した本で、「人口動態」「領土」「農業」「工業」「商業」など、十の部門について、決算書の形ににまとめたものである。
この本では、ロベスピェールやマリー・アントワネットといった革命物語でおなじみの主役は申し訳程度に言及されるにすぎない。そのかわり、プジョー家やペリエ家(あのプジョーとペリエである)、革命戦争に動員された農民等々といったその他大勢組の活躍には詳しく光があてられているし、「自由・平等・博愛」の美名のもとに、実際には何がおこなわれていたかを率直に語っている。「革命」という言葉に思い入れを持つ人にはショックな内容だろうが、これが現実だったのである。