鈴木貞美編 『大正生命主義と現代』

加藤弘一

 最近は世紀末のせいか、世界的にオカルトのブームがつづいているが、百年前の十九世紀末にも、オカルト・ブームはあった。

 科学の行きすぎに反省の生まれたヨーロッパでは、ベルクソンやニーチェの反合理主義的哲学が隆盛をむかえる一方、降霊会がもよおされ、オカルト現象を科学的に研究しようという心霊科学や、東洋の叡智を探求する神智学運動が一世を風靡した。

 その波は明治から大正に移ろうとしていた日本にもおよんだ。当時の世相を騒がせたコックリさんの流行、福来友吉の念写研究、大本教等々は、世界的なオカルト・ブームの影響が大きいが、思想界や文芸界も例外ではなかった。個の不安や合理主義の限界をのりこえる手がかりとして、「生命」という言葉がクローズアップされたのである。

 このほど河出書房から刊行された『大正生命主義と現代』(鈴木貞美編)は、「生命」をキーワードに大正期の思潮を読みとく試みである。

 本書は三部にわかれるが、第一部では編者の鈴木氏、中村雄二郎氏、山折哲雄氏の共同討議によって「生命」という言葉の射程を計り、第二部には近代日本文学研究者による各論が集められ、第三部では森岡正博氏を中心にして現在への影響を語られている。

 大正というと、デモクラシーや都市文化の展開という観点から語られることが多かったが、北村透谷のデモーニッシュな「内部生命」論、平塚らいてうの神がかりともいえる女性讃歌、田山花袋の自己暴露的恋愛小説、萩原朔太郎の耽美主義、宮沢賢治の宇宙的な拡がりをもつコスモロジー等々を「生命」という言葉のもとに展望すると、大正という時代のもう一つの相貌が浮上してくる。

 大正生命主義はこうした作品群を生みだした点で、すこぶる生産的だったが、現代のオカルティズムは後世になにかを残すだろうか。考えさせられるところが多い本である。

(May 1995 「共同通信配信」)
Copyright 1996 Kato Koiti
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