レコードの黎明期にテナーの王者として君臨したエンリコ・カルーソーが世に出るまでを描いた伝記映画で、日本未公開作品である。IMDbによるとオリジナルのイタリア語版は81分あるそうだが、こちらは77分の英語吹替版(The Young Caruso)のDVD化である(DVDは世界でこれだけ?)。青年時代のカルーソーはエルマノ・ランディが演じているが、歌はマリオ・デル・モナコ。音はよいとはいえないが、これが聞かせるのである。
カルーソーはナポリの労働者階級の生まれで、子供の頃から美声が注目され、オペラ歌手に憧れていたが、父親に反対されていた。小遣稼ぎに広場で歌っているところを音楽家のプロボセイドに見いだされ、道化の役でデビューが決まるが、歌手になる夢を応援してくれていた母親が亡くなり、断念する。
8年後、成人し、普通の労働者になっていたカルーソーはプロボセイドに再会し、もう一度オペラ歌手にチャレンジしようとする。新しい師匠が決まり、順調に進んでいたが、初恋の人であるプロボセイドの姪のステラ(ジーナ・ロロブリジーダ)と男爵の縁談がもちあがり、カルーソーは早く成功しなければと焦る。強引にオーディションを受け、成功するが、ステラは婚約してシチリアに立ってしまう。カルーソーはいてもたってもいられず、シチリア巡業の旅回りの一座と契約するが、元からいた主役の妨害で見せ場をもらえない。男爵とともに劇場にあらわれたステラを見て、カルーソーは絶望し、劇場を飛びだす。果たして二人は結ばれるのか。
劇部分も見せるが、歌の場面が断然いい。フィルムの状態がもっとよければとは思うが、315円だ、贅沢はいうまい。カルーソーの録音はデジタル処理したCDが出ているが、『リゴレット』の中の「風の中の羽根のように」がネットで公開されている。
画質はボケ気味だが、大きな破綻はない。音もそれほど悪くない(ドルビー5.1となっているが、サラウンド感はなかった)。字幕は一ヶ所、「怖いくない」という校正ミスがあったものの、他に不自然なところはなかったと思う。問題は解説だ。カルーソー没後30年にあたる1951年には本作だけではなく、「歌劇王カルーソー」という別の映画も製作されているが(日本では1952年公開)、解説はそちらと勘違いしているのである。映画事典の類には「歌劇王カルーソー」しか載っていず、製作年が同じなので、間違えてしまったのだろう(この手の間違いはよくある)。
315円なので、まったく期待していなかったが、レアな名作と出会えた。いい買い物をしたと思う。