レムの『金星応答なし』の映画が780円の激安DVDシリーズで出ていた。こんな映画が作られていたなんて知らなかった。しかも、ヒロインとして一番最初にフィーチャーされているのは 谷洋子 という日本人女優ではないか。
1959年に東ドイツとポーランドの合作で製作され、日本では1961年に松竹系で公開されているらしい。このDVDは1962年公開のアメリカ版に字幕をつけたもので、台詞は英語に吹替られている。IMDbによると、東ドイツ版95分(註)、ポーランド版93分、西ドイツ版80分、アメリカ版79分となっている。15分ほどカットされているためか、人工冬眠の場面など、つながりのおかしな部分が散見する。
註:アメリカでは1962年の短縮版のDVDが「First Space on Venus」として売られているが、2005年に DEFA Sci-Fi Collection から 95分の東ドイツ完全版が「Silent Star」という題名で再DVD化された。ドイツ語英語字幕ということだから、信頼できるバージョンだろうと思われる。
ヒロインのスミコ・オミグラ(谷洋子)は医者で探検隊の紅一点だが、原作には登場していない。原作のように男ばかりではむさ苦しいので、女性をいれたいという意図はわかるが、なぜ日本女性だったのか。
谷洋子という女優ははじめて見たが、今では絶滅してしまった凛々しい大和撫子である。細川晋氏の「世界映画DVD発見」によると、本名は猪谷洋子で1928年にパリで生まれた。2歳で日本にもどったが、1950年に渡仏し、パリ大学で学んだ後、映画に出演するようになり、1999年にパリで亡くなった。「世界各国のB級映画に出演、特に60年代スパイ映画が多いが大半は日本未公開」だそうである。IMDbのYoko Taniの項目によると、1954年から86年までの33年間にフランス、ドイツ、英国、イタリアなどの映画52本にに出演している。金星探検隊はさまざまな国籍のメンバーが参加する国際チームなので、女性をくわえるなら東洋人と考え、谷洋子に白羽の矢が立ったということか。彼女は国際派女優第一号といっていいが、活動がヨーロッパ中心だったので、早川雪洲のような具合にはいかなかったのだろう。
原作の主人公はロバート・スミスという冗談のような名前のアフリカ系ロシア人である。映画にも登場しているが、宇宙船の操縦桿を握っているだけの脇役にすぎない。原作ではソ連に亡命したアフリカ系アメリカ人を祖父とするクォーターという設定だったが、映画では純然たるアフリカ系の俳優が演じているようだ。アフリカ系ロシア人の俳優なんてなかなかいないだろう。
さて、映画であるが、レトロSFとしてなかなかおもしろかった。巨大な尾翼のついたロケットはかっこいいが、技術的にはありえない。よくレムが許したものだ。
原作には思ったよりも忠実で、『ソラリス』に発展することになる原形質の河や、『砂漠の惑星』の原型となった昆虫ロボットもちゃんと登場する。レムの愛読者は見る価値がある。
画質はぼけぼけだが、極度のソフトフォーカスといえないことはない。音質はそれなり。特典がなにもないのはPD作品だからしかたがない。
こうなるとDEFA版が気になってくる。ノーカットである上に、画質はこれよりは確実にいいだろう。資料も若干ついてくるようだ。