2005年10月26日、ペンクラブ電子メディア委員会委員で、江戸川区教育委員をつとめておられる高橋茅香子氏のご尽力により、電子メディア委員諸兄とともに、RFID(ICタグ)を導入した江戸川区立東葛西図書館を見学し、市川佳子中央図書館長とシステム構築にあたった荒木昭子司書のお話をうかがう機会をもった。以下はその感想である。
RFID(ICタグ)を使った実験的な図書館としてはアカデミーヒルズ六本木ライブラリがあるが、公共図書館にも導入されはじめている。最初に導入したのは千葉県富里市立図書館らしいが、東京の大規模図書館としては東葛西図書館が第一号である。
東葛西図書館はコミュニティ会館に併設された図書館で、江戸川区としては8番目の区立図書館になる。一階は雑誌と児童書、AV、二階は一般書だが、9月19日に開館したばかりなので、本も建物もピカピカだ。AVコーナーにはビデオテープは一本もなく、すべてDVDである。書籍、雑誌、DVDはすべてRFIDによって管理されている。
まず、RFIDによる自動貸出を見せてもらった。借りたい本を貸出機の上に積みあげ、貸出カードをいれる。しばらくすると、画面上に本の一覧が表示される。合っていれば、貸出手続は完了だ。
バーコードでも自動貸出機はあるが、一冊一冊スキャンしなければならず、若干の慣れを要する。RFIDの自動貸出機の方が簡単である。
さすがハイテク図書館と思ったが、今のところ、RFIDの利点は自動貸出機くらいしかない。
将来、書棚にアンテナを張れば、本の所在がリアルタイムでわかるようになる。本の所在がリアルタイムで把握できれば、長期休館して曝書(蔵書整理)する必要がなくなる。
それ以上に大きいのが、他館貸出のための労力が軽減されることだ。
多くの自治体では図書館をオンラインで結び、他館の蔵書を簡単に取りよせられるようになっている。これで蔵書のバラエティが広がったが、リクエストのあった本は図書館員が一冊一冊探さなくてはならない。しかも、開架図書館の宿命として、閲覧者が本を元の場所にもどすとは限らないので、他館貸出業務は大きな負担になっているという。
また、アンテナを張れば、館内閲覧の頻度もわかるようになる。開架図書館では館内閲覧はノーマークで、今は本の汚れ具合から推測するしかないが、本の移動を追跡できるので、館内でどれくらい読まれているかがわかるようになるだろう。禁帯出の本のコーナーだけでも、実験的にアンテナを張りたかったということだが、残念ながらまだ実現していない。
RFIDの記憶容量は余っているので、現在でも本の紹介文くらいははいるという。RFID対応の携帯電話ができたら、本に携帯をかざすだけで、紹介文が読めるといったサービスが実現するかもしれない(紹介文を誰が書くのかという大問題があるが)。
六本木ライブラリでは背の部分に、細長いアンテナをもったRFIDを貼りつけていたが、東葛西図書館ではSUICAカードのような幅広いループアンテナのRFIDを本の裏見返しに貼りつけている。
六本木ライブラリの本は、小口から背に向かう軸で電波に反応するが、東葛西図書館の本は90度ずれていて、本の厚み方向で電波に反応する。本を自動貸出機に積みあげ一括処理するにはこの方向でないと具合が悪いが、本の所在確認には不利かもしれない。
先日、方向性にしばられない新製品が発表されたが、東葛西図書館で使われているRFIDは古いタイプなので、方向性は効いてくるだろう。電波の反応軸が通路と平行では、通路を歩いていき、目当ての本の前に来ると探知機が反応して教えてくれるといった使い方は難しいのではないか。書棚にとりつけるアンテナも一工夫必要だろう。
RFIDはループアンテナを貼りつけた紙ラベルに、ちょうどチップがはいる大きさの長方形の穴をあけ、その穴に取りつけられている。
紙ラベルは葉書ほどの厚さで、曲げると断線の恐れがある。現在はエッチング・アンテナの製品や、外部アンテナを電波の増幅用にだけ使う製品が出てきており、曲げに強くなっているが。
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そのままでは黒いRFIDが目立ち、ボールペンの先などで突かれかねないので、半透明のビニールラベルで覆っている。他館貸出があるので、裏表紙にはバーコードのラベルも貼られている。
RFIDへの書きこみは、パソコンでおこなう。パソコンにつないだリーダー&ライターの上に本を載せ、
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リーダー&ライターの下に敷かれている黒いシートは電波吸収材である。納入当初、いくら書きこもうとしてもエラーになり、原因がわからなかったが、ひょっとしたらスチール机で電波の反射が起こっているのではと思いつき、リーダー&ライターを宙に浮かせたところ、書きこみに成功したという。文字通り、手探りだったことがわかる。
江戸川区は23区で唯一子供が増えている区だそうであるが、人口65万人に対して8の図書館と3の小規模なコミュニティ図書館がある。中央図書館の蔵書は30万冊、東葛西図書館は10万冊、区立図書館の全蔵書は114万冊だが、人口1人あたりの蔵書数は23区の中では最下位だという。
図書館後進自治体の江戸川区が、規格の流動的な現時点で、当面、省力化も期待できない実験的な試みにあえて踏み切ったのはなぜなのだろうか?
まずは新しいサービスを提供するためという答えが返ってきた。本をカウンターに持っていきたくない利用者に、自動貸出機という選択肢をあたえることができるし、将来的に書棚にアンテナを張れば整理期間が不要になる。RFIDの容量は余っているから、本の紹介などをいれることもできる、というわけだ。
しかし、自動貸出機はバーコードでも可能であり、現に多くの自治体で使われている。六本木ライブラリのように、書棚にアンテナを張るところまで進まないと、RFIDを導入する意義はあまりない。
さらにうかがったところ、RFID導入に踏み切った理由の一つに、図書の盗難問題があるという印象を受けた。
書店でが万引問題が深刻で、都心の書店では家賃に相当する額の被害が出ており、万引の被害で倒産するところもすくなくない。図書館でも、書店ほどではないにしても、年間数パーセントの蔵書が盗まれているといわれている。
盗難を防ぐ手段として、タトルテープはかなり有効らしい。タトルテープとは本に仕こむ信号を記録した磁気テープで、信号を消去せずにゲートを通ろうとすると警報が鳴る仕掛けになっている。ゲートの抑止力はすこぶる大きく、江戸川区立中央図書館ではタトルテープを導入してから、盗難率は1/10に激減したそうである。
しかし、タトルテープを一度導入したら、ずっと使いつづけなければならなくなる。21世紀にオープンする最初の図書館でタトルテープを使うことには抵抗があったという。
もちろん、RFIDの方がゲートを騙しやすいが、こうしたシステムは出入り口に設置されるゲートという物理的な存在によるところが大きいので、タトルテープと同様の心理的抑止効果が期待できるかもしれない。実際にどうなるかは、運用結果を待たなくてはならないが。
懇談は2時間半におよび、RFID以外の話題についても現場の話をうかがうことができた。
文藝家協会は公共図書館の副本問題で過敏になっており、図書館を「無料貸本屋
」と罵倒する作家までいるが、図書館側としては、本の貸出数以外に社会貢献度を計る物差がないので、ある程度の数の副本をいれざるをえないのだという。江戸川区では1館あたり副本は10冊までとしているが、8館あるので『ハリー・ポッター』シリーズなどは80冊所蔵している。それでも、数ヶ月待ちの状態がつづいており、もっとたくさん副本をいれてほしいという要望が強いそうである。
図書館が「無料貸本屋」ではないことは誰しもわかっているが、貸出数は数字として出てくるので、反論しにくい。貸出数至上主義におちいると、住民の希望するままに、大量の副本をいれて、貸出数をかせぐことになる。
図書館側でも副本に疑問を感じている人はすくなくない。文藝家協会は貸出数とは別の評価尺度を、図書館側とともに考えるようにした方が建設的だろう。