文庫担当者に聞く

加藤弘一

講談社文芸文庫 橋中雄二部長

 文学全集がほぼ壊滅状態の現在、新しい読者が日本文学の旧作・名作を読むのはきわめて困難になっているが、その中で講談社文芸文庫はスタンダードの掘おこしを着実につづけてくれているありがたい存在である。
 同文庫には、別掲のリストのように、石川淳は十一点もはいっており、小説、エッセイ、戯曲の代表作をひととおり読むことができる。このうれしい環境を用意してくれた同文庫担当の講談社の橋中雄二部長にお話をうかがった。

──文芸文庫は初版五千部くらいから出されるということですが、石川淳の本の売行きはどうなんでしょうか?

橋中 文芸文庫にはもともと爆発的に売れるという作品はありませんが、石川先生の本も同じように考えてくださってけっこうです。

──11点も出されているわけですが、どのあたりが売れていますか?

橋中 『鷹』『紫苑物語』『安吾のいる風景・敗荷落日』それから『江戸文学掌記』あたりが版を重ねていますね。最初の3冊は4版、5版、7版と出ていて、文芸文庫の中でも売れている方だと思います。

──どんな読者が多いのでしょうか?

橋中 特に石川先生の読者がどうかは把握していないのですが、文芸文庫全体としては20代、30代が多く、40代が少なくて、50代がまた増えるという読者構成になっていますから、石川先生も同じような傾向だろうと思います。

──読者からの要望とかはありますか?

橋中 時々あります。

──要望を出すと通りやすいということはありますか?

橋中 文芸文庫の場合、要望が多いから、即、出すというものではないので。

──石川淳の本が11点というのは、文芸文庫の中でも多いと思うのですが、売れているということでしょうか?

橋中 文芸文庫はこの12月10日に350点になるのですが、その中で石川先生の11点というのは、もっとも多いのです。ですから、常識的に考えれば、一番売れているのだろうと思われるかもしれませんが、そういう基準で出しているわけではないのです。実は350点になるのを機に、新しい「文芸文庫解説目録」を出すのですが、それをご覧になっていただければ、どういう基準で選んでいるかおわかりになると思います。

──それは楽しみです。残すべきものを残そうとしているということですね。

橋中 そう考えてください。

──今後のご予定はどうでしょうか?

橋中 詳しい予定は申しあげられないのですが、『白描』あたりは出したいですね。『夷斎俚諺』なども、組み合わせるものがあれば出す方向で考えています。

(Nov10 1995)

ちくま文庫 加藤雄彌部長

 石川淳は和漢洋に通じた現代日本を代表する知識人でもあったが、その厖大な学識を背景に、『古事記』から『宇比山踏』にいたる古典の現代語訳を残している。石川のことだから、逐語訳などというまわりくどい話ではなく、古典の核心を鷲づかみにした思いきった意訳である。わかりやすいのはもちろんだし、独立の作品として読めるすばらしい日本語になっているが、これまでは脇道の仕事としてあつかわれがちで、本の入手も困難だった。
 その状況を変えてくれたのが、この数年のちくま文庫である。『新釈雨月物語・新釈春雨物語』『新釈古事記』『癇癖談』と出て、いまや石川の現代語訳が手軽に読めるようになった。この意表をついた企画を実現させたちくま文庫の加藤雄彌部長にお話をうかがった。

──石川淳の古典の現代語訳を出すというのは、いかにもちくま文庫らしいですが、読者の反応はいかがですか?

加藤(雄) 出すまでは不安だったんですが、ひじょうに反響が大きく、驚いています。昔からの石川淳のファンの方は「よく出してくれた」と喜んでくださっていますし、『古事記』、『雨月物語』あたりは、石川淳を御存知ない方もたくさん読んでくださっていて、中学生や高校生からもおもしろい、よくわかったと読者カードをいただいております。

──中学生や高校生が石川淳を読むんですか!

加藤(雄) ええ。芝居にしたいから許可してくれという申しこみも三つ四つあって、驚かされました。

──芝居ですか。うーむ。あの文章を口で言ってみたくなるのはわかりますが、すごいですね。

加藤(雄) そうですね。どういう形で上演したのか興味がひかれます。

──『森外』はちくま学芸文庫の方から出ましたが、ちくま文庫のカラーとはちがうということですか、それとも部数的な問題ですか?

加藤(雄) 学芸文庫をにぎやかにしたいという意味あいが強かったですね。当時、ちくま学芸文庫を創刊して間もない頃で、これとちくま文庫の住みわけにちょっと腐心していました。

──古典の翻訳は従来の石川淳の読者をこえた読者をつかんだわけですが、もう『義貞記』くらいしか残っていないですよね。今後のご予定はどうなんでしょうか。

加藤(雄) 具体的な話がすすんでいないので、まだ申しあげられませんが、ちくま文庫らしい秘策を練っています。期待していてください。

──ちくま文庫は、柳田国男全集など、得意の全集を文庫化していますが、石川淳全集がそのままでるということは?

加藤(雄) いずれやりたいと考えております。このことも含め、石川淳をどういう形で文庫にして、若い読者に提供していくか、いろんな角度から石川夫人とも話し合っています。

──石川淳は中国や日本の古典だけでなく、フランス文学でもすばらしい翻訳を残していますが、その方向はどうですか?

加藤(雄) あ、それは考えていなかったな。

──ぼくが読んだのは『背徳者』『法王庁の抜穴』くらいなんですが、すらすら読めて巻をおくあたわずでしたし、日本語の散文としては古典といっていいくらいすばらしい訳業です。アナトール・フランスなんか、石川淳訳で読んでみたいと思うのですが。

加藤(雄) それもいいですね。考えておきます。

(Nov10 1995)
Copyright 1996 Kato Koiti
This page was created on Nov11 1995; Last updated on May06 1996.
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