エディトリアル   March 2010

加藤弘一 Jan 2010までのエディトリアル
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3月 1日

 2月18日にニューヨーク連邦地裁で Google Book Search訴訟に関する公聴会が開かれたが、これに出席した山田健太ペンクラブ言論表現委員会委員長の報告会があった。

 公聴会ではGoogle和解案を支持する4団体・企業と反対する21団体・企業、それに米国司法省と当事者のGoogleと和解弁護団が意見を述べたが、マイクロソフト、AT&Tなどライバル企業の陳述は自分自身もGoogleと似たような線を狙っているからだろうか、腰が引けたものだったという。本の供給をGoogle Book Searchに依存しているソニーは和解案支持の立場で陳述したが、内容は要領をえず、裁判長の苛立ちをかった。Googleと和解弁護団の陳述も朦朧としていて、積極的に質問していた裁判長もとうとう匙を投げたそうである。

 むしろ鋭く迫ったのはドイツ政府と米国司法省で、米国司法省が独占と集団訴訟の問題点を明確に指摘したことは訴訟の行方に大きな影響をもつはずである。

 さまざまな団体がさまざまな立場から和解案を批判したことも大きく、これだけ反対論が多いと和解案が認められる可能性はかなり低いという見方がもっぱらのようだ。

 日本ペンクラブは言論の自由という、審理の流れとはすこしずれた視点から陳述したが、発言者に手きびしい突っこみをいれる裁判長は遮ることなく、最後まで聞いてくれたとのこと。

 山田委員長の公聴会派遣までには紆余曲折があったが、実際に出席した効果は確かにあって、裁判長が国際的な影響を云々する場合はドイツ・フランス・日本を必ずセットにして言及したという。

 日本国内では和解修正案で日本語書籍がはずされたことをもって、日本だけがバスに乗り遅れるという論調が出てきているが、実際は日本語書籍だけがはずされたのではなく、ドイツやフランスなど、ヨーロッパ諸国の書籍も和解修正案からはずされた。はずされたというより、米国・英国・カナダ、オーストラリア・ニュージーランドといった著作権制度の似ている旧英国植民地発行の書籍に限定されたといった方が正確である。

 訴訟関係者の間では、この公聴会後、Googleと和解弁護団は新たな修正案を出してきて降り出しにもどるのではないかという見方が浮上しているようだ。

 Google Book Searchの足踏みで漁夫の利をえているのは Kindleである。ソニーもシェア的は健闘しているものの、Google頼みなので汚い表示の古い本しかなく、きれいな表示の新刊本を提供できる Kindle優位は動かないだろうとのこと。実際、空港やホテルは Kindleで本を読むビジネスマンだらけだという。

 ドイツやフランスの場合Googleに対して政府が訴訟を起こす一方で、書籍の電子化を国家事業としておこなっている。Google訴訟は文化戦略という大きな構図の中でおこなわれているのである。

 ところが日本はGoogleを訴えているのは一民間団体にすぎず、政府に書籍電子化のビジョンがあるわけでもない。最近、『ネット帝国主義と日本の敗北』という過激な題名の本が出たが、このままだと失われた十年どころではなく、失われた百年、いや千年になりかねない。

3月 3日

「のんちゃんのり弁」

 入江喜和の同題のマンガの映画化である。主演は小西真奈美。監督は緒方明。原作は「モーニング」に1995年から1998年にかけて連載され、1997年と1998年には渡辺典子主演でテレビドラマ化されているが、いくら人気があったとはいえ10年ちかくたって映画になるのは珍らしい。

 妻子がいるのに親の脛かじりをしている夫(岡田義徳)に愛想をつかした小巻が一人娘を連れて家を飛びだす場面からはじまる。小巻は京島の実家に帰るが、父はすでに亡く、年金と着物着付教室の講師で暮らしている母(倍賞美津子)におぶさるわけにもいかない。小巻は自活しようと焦るが、資格なし、職歴なしで子供のお弁当を作るくらいしか能のないバツイチ三十女にできる仕事などなく、水商売をはじめても生来の潔癖症ではつとまるはずもない。

 八方ふさがりの時に戸谷(岸部一徳)というオヤジのやっている小料理屋の鯖の味噌煮に出会う。味に感動した小巻は弁当屋を開こうと思いたち、その場で戸谷に弟子入りを願いでる。戸谷は軽くあしらうが、思いこむと周りが見えなくなる小巻は押しかけ弟子になって店を手伝いだす。はたして小巻は無事弁当屋が開けるかというお話。

 のり弁の内部構造と下町情緒も楽しいが、あくまでこれは小西真奈美の映画で、身近にいたら辟易するような女性を実に可愛らしく演じていて、応援したくなるような錯覚にまでおちいる。現実にこんなのが寄ってきたら、すぐさま逃げだすところであるが。

 キャストはおおむね適材適所で、楽しい映画である。出番はすくないが元夫役の岡田は気持ち悪くなりかねない役をあっさり演じていて秀逸。戸谷の岸辺は関西風の丸っこさに異和感がないわけではないが、芸達者にまとめている。

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「女の子ものがたり」

 西原理恵子の自叙伝風マンガの映画化である。監督は「問題のない私たち」の森岡利行。

 スランプにおちいったマンガ家(深津絵里)が彼女のファンだったという新米編集者(福士誠治)に「彼氏も友達もいない人に、人生の機微なんか描けるはずがない」と言われ、自分にも友達がいるとかつての親友二人を回想し、現在の物語と過去の物語がカットバックされる。過去篇の主人公は大後寿々花。

 Avex製作だけにキャストは豪華だが、映画としてはゴミに近い。主人公は母(奥貫薫)の再婚で新しい父親(板尾創路)と暮らすようになるが、新しい父親は娘の進学資金で博打を打つようなギャンブル狂だから暮らしは貧しい。

 ところが彼女の親友になるきみことみさはそれよりさらに下の貧乏な家の生まれで、常識からして違っている。高校になるとヤクザの情婦に転落し、同棲してDVを受けてもヘラヘラ笑っている。

 学校のイジメを描くのとはわけが違い、森岡監督は完全に腰が引けている。悲惨な世界をユーモラスに描こうと考えたのだろうが、悲惨な世界がまったく描けておらず、上っ面をなぞるだけ。当然、ユーモアも情感も生まれるはずがない。

 現在の方もスランプの描写がゴネているだけにしか見えず、リアリティ皆無。そもそも最底辺の世界を見てきた主人公が収入の道を別に確保もせずにマンガの仕事を放りだすわけがない。現在篇の設定は映画独自だろうと思うが、女性はは恐ろしく現実的である。

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3月 4日

「こまどり姉妹がやって来るヤァ!ヤァ!ヤァ!」

 新文芸座恒例の前年公開の日本映画特集で見る。

 こまどり姉妹といっても若い人は知らないだろう。双子の演歌デュオで、1961年から連続7年間紅白歌合戦に出場をはたした60年代のスターである。関心がないので知らなかったが、その後も週刊誌ネタになるようなことがいろいろあって、古希をすぎた今も現役で歌いつづけていた。

 映画は健康ランドの歌謡ショーからはじまる。お婆さん二人が厚化粧の振袖姿で登場し、歌よりも飄々としたトークで会場を湧かせる。自虐ネタでも暗くならず、「わたしたち、好きで歌ってきたわけじゃないのよ」とさらりと言う。

 ここで過去にさかのぼって生い立ちがたどられるが、これがド演歌の世界なのである。北海道の炭鉱町で生まれ、父親が樺太の炭鉱に移ったので7歳まで樺太で育つ。この頃は裕福だったので、洒落た洋服の写真が残っている。  敗戦で北海道に引きあげてくるが、父親は肺をやられ炭坑夫をつづけることができなくなり、一家は夜逃げをする破目に。母親は声がよかったので流しをやろうと馬市の開かれる帯広にゆくが、相手にされず。お客に双子の娘に歌わせてみろといわれ、姉妹が歌ったところ受けて流し生活がはじまる。

 北海道である程度人気が出たところで上京することになるが、スカウトされたわけでもなく、両親にいわれたわけでもなく(両親はむしろ反対した)、二人の決断だった。山谷の安宿を拠点に浅草に流しに出たが、そこでコロンビアにスカウトされ、レコードでビューとなる(冒険を嫌う両親はまたしても反対したという)。

 スターになり家を建て、蓄えもできて、そろそろ隠退しようかと考えていた矢先、巡業先で妹がファンに刺されるという事件が起こる。治療費の上に公演のキャンセル料で、仕事をつづけなければならなくなる。その後も波瀾万丈で、結局、一生歌いつづけることに。

 まさに演歌というしかない暗い話の連続だが、達観した語り口で暗いと感じさせないのはさすがだ。好きで歌っているわけではないというが、この二人は運命に選ばれた人たちなのだろう。

 上映後、こまどり姉妹のトークショーがあった。映画では妹の方ばかり喋っていたが、トークショーでは姉の方がよく喋った。振袖ではなく洋装だったけれども、かわいいお婆さんたちである。

 二本立てなのに併映の「SOUL RED」と客種が違う。休憩時間にロビーで挨拶をしている人が何人もいた。昔からの友人やファンらしい。

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「SOUL RED」

 松田優作のトリビュート・フィルムである。アンディ・ガルシアや浅野忠信、香川照之、仲村トオルらが松田優作の思い出を熱っぽく語り、最後に松田龍平と松田翔太のインタビューで締める。アンディ・ガルシアは映画を一本撮っただけのつきあいなのに、本心から敬服しているようだった。

 登場したのは男優ばっかりだったが、紅一点の吉永小百合は本人は顔を出さず、スチール写真にインタビューの声だった。この趣向は洒落ている。

 松田優作には興味がないので、そんなものですかというくらいの感想しかないが、ファンとおぼしい人たちはウルウルしていた。

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