エディトリアル   December 2012

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12月26日

 今年最後の仕事が先ほど終わった。やれやれ。

 先日友人と久しぶりに食事をしたが、その折同業者を紹介される。最初は警戒しあっていたが、左翼ではないとわかってお互いほっとする。聞けば保守系の出版社出身だそうだ。出身校が同じとわかり、有意義な時間がすごせた。

 物書きには左翼が多いが、特に文芸評論家には左翼が多い。「群像」で賞をもらった後、同業者の集まりに呼ばれたが、そこで最初に聞かれたのはどこのセクトに属していたかだった。学生運動の経験はなく、ミステリクラブでSFと推理小説ばかり読んでいたと言ったらあきれられた。

 あの頃は柄谷行人の影響もあって、『資本論』は文芸評論家の必読書だった。『資本論』を読んでいないと、同業者が何をいっているのか訳がわからなかったのだ。

 一方、まったく変わらない世界もある。日本ペンクラブがそのさいたるもので、オールド左翼の友人がたくさんできてしまった。20代はおろか、30代、40代の会員もほとんどおらず、10年後には自然消滅が噂されている。

 最近は文芸評論の世界も保守化しているらしい。保守系のメルマガを読んでいたら、T氏の愛国講演会の告知があってびっくりした。T氏の御父君は社会党の理論的指導者だったのだが。

 丸谷才一氏の全集は文藝春秋社が引き受けることになったらしい。残念ながら著作集+αにとどまるようで、『安部公房全集』のような本当の全集にはならないらしい。今の出版界の状況では出るだけでも大変なことだ。

12月28日

 「フランケンウィニー」を3D日本語吹替版で見た。ディズニーの白雪姫城のオープニングロゴが脱色され、みすぼらしくなっていく。登場人物はみな目の周りに隈をつくっている。この不健康さは妙になじむ。話もおもしろかった。ティム・バートンは実写版はもう出がらしだが、アニメはまだまだいける。

 タワーレコードでハイドンの9枚組の声楽集を買った。CDは本当に安くなったが、円安になると値上がりしていくのだろう。

 危ういところだったが、2000ポイント無駄にするところだった。タワーレコードのポイントは獲得後一年で失効するので気が抜けない。

 新文芸座の立川談志追悼落語会にいった。通常は三席だが、最初に水道橋博士と志らくのトーク、次に志らくの「黄金餅」、中入りがはいって最後が6月に上演された志らく脚本・演出の舞台「ヴェニスの商人?黄金餅後日談」の映画版上演という構成。

 志らくと水道橋博士のトークは面白かった。両氏は同期のライバルだったそうで、20年前、高田杯の年間最優秀賞をめぐって浅草キッドと立川ボーイズ(志らくと談春のユニット)が対決、全力投球の浅草キッドではなく軽いノリの立川ボーイズが優勝したことから水道橋博士は怨念をいだいていたよし。

 両氏ともまだ鞄持ちだった頃、それぞれの師匠が銀座のバーで飲んでいる間に外で待っていて知りあったのがそもそも出会いだったそうだ。

 ちょうど「永遠の1/2」と「KENNY」(下半身がない少年の実録映画)が公開中で、志らくが二本立てだったら面白いのにと危ないギャグをかましたのを水道橋博士は鮮明に憶えていて、そのことから1987年のこととわかったそうである。

 たけしは理詰の人で、弟子と話す時にも徹底的に理詰だそうだ。一方談志は感情の人で、感情を正当化するために理屈にならない理屈をこねるのだそうだ。志らくは談志原理主義者なので、理屈にならない理屈の裏に隠れている感情を読みとるのにたけているという。

 志らくの「黄金餅」はあまり面白くなかった。例によって荒っぽく押しつけがましいのだ。この人は談志から威勢のよさだけ受けついだらしい。IQは高そうだが、落語はIQではない。

 メインの「ヴェニスの商人?黄金餅後日談」は舞台の映画化としてはまあまあの出来。談志の好きなものを全部詰めこんだそうだが、要は1950年代のロマンチックなハリウッド映画である。談志というと辛口のイメージがあるが、実は甘いロマンチックなものが好きだったのだな。

 いまさらだけれども、来年1月22日(安部公房の20回目の命日)に『(霊媒の話より)題未定 安部公房初期短編集』(新潮社 予価1,680円)が刊行される。全集でしか読めなかった10編と新発見の「天使」が収録されている。

 みんながみんな『安部公房全集』を買えるわけではないので、単行本未済録作品を集めたこの本を待望している人は多いと思う。従来の安部公房のイメージを一新するような内容なので、ぜひ一読を。

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