人の住める星がいくつあるかって? それは「住める」と「星」のとり方しだいだな。ふつう「住める」というのは、特別な機械やしかけなしで住めることで、「星」の条件としては、小さすぎず、遠すぎずが妥当なところだ。だから、ルーレッテンヴェルトとケントロン=コスモンは小惑星以外のなにものでもなく、星と呼ぶには小さすぎる。では、ホーキィ星などはどうか? あるいは、はるかかなたにあるという、旅人の土産話でおなじみの星々は?
バトラーが人の住める星としてあげている天体は十七だけである。一応の大きさで、まぁ住みごこちも悪くない、太陽系とケンタウリ連星系の惑星に限られているため、一ヶ所にかたまってしまている。大昔、二重星や三重星は不安定なので、惑星を持っていないといわれていたが、幸いなことに、その説は誤りだった。
さて、太陽系で人の住める星はガイアだけだが、プロクシマ星(グリアン太陽)系にはケンタウロン=ミクロン、カミロイ、アストローブ、ダハエがあり、アルファ星系にはスカンジア、プディブンディア、アナロスに加えて、名前は似ているが、高等動物の動物相は似ても似つかぬプロアヴィタスとパラヴァータ、そしてスコクンチャック(シェルニの星)がある。ベータ星系には三つの商人惑星、エンポリオン、アパテオン、クレプティスがあり、油断もすきもない星という評判だ。しかし、商人惑星を油断できないといっていたら、ベータ星のあとの三つの星はどうなるのか? アフソニア(別名、絶倫世界)、ベロータ(もっと大きな天体でも小惑星あつかいなのに、バトラーはこの星を惑星として数えている。彼いわく、ベロータは目下創造のまっさいちゅうで、調査時よりもはるかに大きくなっているはずだ云々。わけのわからぬ話だ)、そしてアラニー(またの名を蜘蛛惑星)である。
右の三惑星はあらゆる点からいって、人間が住めるはずだったが、実際は無人のままであり、その理由もひとしなみ判然としなかった。いま、アフソニアこと絶倫世界に調査隊をのせたホヴァーが降下していたが、その任務は無人の理由と入植を阻む原因をあきらかにすることにあった。
「今回の派遣が決ったのは、あの一言のせいだ。五人の指揮官が異口同音にその一言を口にし、厳粛な軍法会議の席でも撤回しようとしなかった」独身主義の指揮官、フェアブリッジ・エクセンダインは感に堪えぬようにいった。「あの一言はずっと頭にこびりついている。「どうせ信じはすまい」という言葉だが、五つの調査隊の誰一人として、いゃ、二十数次の調査隊の誰一人として、それ以上のことは語ろうとしない」
「わたしだって、信じられない」ジュディ・ブリンドルスビーは言った。「まだこんなに高度がある。まるで、地面がこっちへ飛び上がってくるみたいだわ。たしかに、こんな星ってあるかしら──高空から、こんなにすごい眺めを見せてくれるなんて。あの大陸がエーゲアね。眼も覚めるような美しい海や、陸に深々と食いこむ内海! あの河はフェスティナチオ河。諸惑星中、真水では最大の河! あれがミゼリコルス火山ね! だけど、どうして河の名前が「ワレ急ゲリ」(フェスティナチオ)で、火山の名前が「慈悲深キモノ」(ミゼリコルス )なの?」
「そう名づけたのは、ジョン・チャンセルだ」あの偉大な探検家を語る時におなじみの最大級の敬意をこめて、ラシュモア・プランダが言った。「ここが最高の星で、手を触れずにおくべきだと最初に言ったのも彼だ」
絶倫世界に偉大なるジョン・チャンセルが足跡をしるしたのは、わずか五十年前のことである。彼は多くの星にガイア人としての最初の一歩をしるしていた。当初、ジョン・チャンセルは、絶倫世界は男だけがいく場所で、女子供を連れて入植するようなところではないと言っていたが、後に前言を悔い、あの星には何人たりと足を踏みいれるべきではないと言うようになった。
チャンセルによれば、絶倫世界のようにふところが深く、めぐみゆたかな星はどこにもない。あのとびきりの歓待をうけたら、誰だって頭のネジがゆるんでしまうはずだ。これこそ、その昔(カミ)の旅人の土産話にいう「目まぐるし星」だと断言し、事実、その目まぐるしいことといったら、眩暈がするほどだといっている。また、彼によると、絶倫世界でもっとも名高い産物──ゴルゴス──は千倍以上にうすめて使わなければならない。
ゴルゴス、この魔法の動植物ホルモンは絶倫世界の産物だった(本当はホルモンではないが、そう言っておいた方が通りがいい)。千倍に希釈しても、それは依然として魔法の成長促進因子だった。ああ、いったいぜんたい、どうして薄めたりするのか? ふんだんに満ちあふれるかの星でのように、なぜ、生のままで使わないのか? すばらしすぎるからといっておじけづくのは、子供じみてはいないか? 「諸君、この星の調査にあたり、科学者として、大人としてふるまおう」ホヴァーの高度が下がると、フェアブリッジは言った。「われわれは任務を自覚した、分別ある人間なのだ」
任務を自覚した分別ある人間とは、次の七名である。慎重居士の指揮官、フェアブリッジ・エクセンダイン。ジュディとヒラリーのブリンドルスビー夫妻。エルマとラシュモアのプランダ夫妻。リゼッタとブレーズのカーウィン夫妻。三組の夫婦と孤高の独身主義者──完璧な小宇宙ではないか。
一行は地面間近に浮いたホヴァーから、のんきに何事もなく降りたった。これまでの二十二次(ジャン・チャンセルの単独探検も数えれば二十三次)にわたる調査隊も、同じようにのんきに降りたったのだが。彼らが思わず驚嘆したのは、あたり一面傍若無人にはびこる緑の旺盛さだった。用心は無用。絶倫世界では、病気にかかった者はおろか、かすり傷をおった者さえいないのだから。どんな心身の持主だろうと有頂天になることうけあいの歓待だとは、彼らの実感だった。絶倫世界を相手に科学者として、大人としてふるまうのは、そもそも至難のわざではあるまいか。
それならばいっそ、おおいに愉しむがよかろう。七面倒な調査は後回し。おっと、調査の際にも、愉しさをそこねることのないように。お膳立てがととのいすぎているからといって、悪いことがあろうか。
一行が着陸したのは段丘の上だった。「──この段丘のことは、ジョン・チャンセルは一言もふれていないわね」エルマ・プランダは黄金のからだ全体で胴ぶるいした。「後の調査でも、段階的にしか話に出てこない。これだけの高台が50標準年で出来上がったというの?」
くだんの段丘は階段状の長大な溶岩台地で、くまなく沃土におおわれていた。ホヴァークラフトの降りた緑一色の広大な高台から、70メートル下の河岸まで、二十数段の巨大な段差をつくってなだれおちている。火山と河の間はこの段丘でしめられ、河の中にまで大きく押し出して、たおやかなせせらぎをつくり、水泡が調べ高くはじけている。
「そうとも。段丘は五十年かけて盛り上がったか、慈悲深キモノ(ミゼリコルス)という名の火山から吐き出されたか、どちらかだろう」とフェアブリッジは言った。「チャンセルは火山と河の間に平原が広がっているとしるしているが、段丘があるとは一言も書いていない。彼は平原のまん中に記念の石塔を建てたが、いまはどこにあるのか。たぶん、段丘の下に埋まってしまったのだろうが、わたしはなんとしても探し出すつもりだ。もう一つ、後の調査で、この台地は「墓場」と呼ばれることがあるが、その理由もつきとめなくては。どの隊も全員無事帰還していて、ここに葬られた者はいないのだからな。なんだか急にやる気が湧いてきたぞ。発掘にとりかかるとするか」
言い終えるやいなや、フェアブリッジ・エクセンダインは掘削機で段丘を堀りはじめた。
「こっちもやる気むんむんだわ」ジュディ・ブリンドルスビーは喇叭の大群もかくやとばかり、大音声をはりあげた。「ヒラリー、わがボンクラ頭の英雄、二人で肉欲生活をはじめるのよ。夜も昼もはなさないわ」
ジュディは大女だったが、スタイルのよさ、品格の高さは格別で、ホヴァークラフトもかくやとばかり。その髪は茶、黒、赤のまだらで、どっしり重く、体をすっぽりおおいかくすほど──並の女性ではとても立って歩けまい。実はその髪はかの地の草の葉同様、毎分毎分生長しているのだった。いかな絶倫世界だとて、草の葉がのびていくのを眼のあたりにすることはかなわない。だが、耳には聞こえた。草の葉はシュルシュルと小気味よい音をたててのびる。それと同じ急調子の音楽はジュディの重量級の髪のまわりでも聞かれた。まさしく髪の毛はぐんぐんぐんぐん生長している。
「やはり火山灰だな」ラシュモア・プランダは言った。彼は掘削機にかかりきりのフェアブリッジを手伝いにきた。「やけにフワフワしている」灰はきめこまかな白色で、真珠色がかっている。その時である。緑色の細片がひとひら機械から吐き出され、つづいてどんどん混ざるようになった。
「第一層を突きぬけたな、フェアブリッジ」ラシュモアは言った。「いま掘りだしているのは、ぺしゃんこにつぶれた植物の層だ。まだ青々としている。最近まで第二層の上に生えていたものだな──おそらく、ごくごく最近まで。この段丘には妙なものが埋まっている」
「おお、これこそ神聖なるピラミッドだわ」エルマ・プランダはあたりを指さしながら、「われら聖なるもののため、火山は特にこの段丘を盛り上げてくださった。ジョン・チャンセルは言った。新惑星に最初の一歩をしるす時、いつも自分が聖者になったように感じると。いま、わたしも同じ気分。わたしは聖女」
「そんなもの食べるな、聖女」夫のラシュモアが言った。「チャンセルは何ごとにも節制をすすめているぞ。目についたものなら、何でも口に運ぶのか? 何から何まで食べなきゃおさまらんのか?」
「そうよ、おさまらない、おさまらないわ! それに(この土地に最初に警戒をうながしたのもそうだけど)、絶倫世界には毒になるものは一切ないと言明したのは、偉大なるジョン・チャンセルではなくて? おお、こうも言っているわ。ここでは度を過ごすのではないかなどという心配は必要ない。ゴルゴスのエッセンスに服用制限はなく、あるような建前をつくっただけだ。ここでは口に入るものなら、何を食べようと、飲もうと、安全なものばかり。動物にかまれる心配もなければ、虫に刺されたり、蛾になやまされたりすることもない。極端な暑さ寒さだってない。自転と連動した九十九日周期の極の反転のおかげで、いたるところ風がかよい、活気がムンムンあふれている。そう、そうだわ、ムンムンして、むせかえりそう。いいえ、むえかえるなんてもんじゃないわ。こんなにセクシーな星が本当にあったのね。ここに着陸しただけで、ムラムラしてくるんですもの。ムラムラしてきて──」
「いったいどうしたんだ、みんな?」フェアブリッジは女性隊員たちに言った。彼はひどくおろおろし、困惑しているといってもいいくらいだ。「いつもと違うじゃないか。そんなにみだらに目をキラキラさせて」
「かわいそうなフェアブリッジ」ジュディ・ブリンドルスビーは彼をからかった。「しょげないでね。あなたにも恋人をつくってあげるから。フェアブリッジ、一標準月以内に恋人をつくってあげる。約束するわ」
「出来っこないよ、かわいいジュディ。君が自分の配偶者を殺しでもしない限りね。この星にはまる一年滞在することになるが、調査が片づかなければ滞在は長びくかもしれない。その間、新しく訪れるものはないんだよ。どこから女の子を連れてくるんだい?」
「わからないわ。でも、あの岩たち、こう歌ってる。娘ができるよ、ジュディ、一月でできるよ、老いぼれフェアブリッジに嫁ぐ娘が、と」
「ゴルゴスはただの成長ホルモンではない」とラシュモア・プランダは語り出した。突然生まれかわったような、みずみずしい魅力的な声だった。「いまわかったが、ゴルゴスは新しい生き方なのだ。わたしの妻はしゃにむに食べているが、そんなことには無関係に、ゴルゴス流の生き方に変わっていくのだ。あらゆるものがゴルゴス流に変わっていく。それは新しいテンポであり、新しい生活の形なのだ」
「それにしても、そのテンポは速すぎはしないか」フェアブリッジは水を差した。
「同じことだ。この星にはただ一つのテンポしかないのだから。聞くがいい、あそこではしゃぎまわる鳥たちの歌を! あのリズムはそっくりではないか、ゴルゴスを処方されたガイアの狂人が、確実に快方に向かいはじめるやいなや、歌いはじめる歌のリズムに。胸いっぱい吸いこむがいい、この星の手の舞い足踊る、酔っぱらいそうな香を! 目ではわからなくとも、匂いでかぐと総毛だってこないか。すべて立派な匂いは(「立派な匂い」なんて言い方があるかって? もちろん、あるとも)記憶を刺激するものだが、この匂いは未来の記憶をよびさます。なるほど、ここにはかぐわしいカビの薫りがたちこめているが、それは過去のものではない。未来に属するものだ。長い準備期間のすえに、いま、にわかに花開こうとしている未来の薫りなのだ」
「殿方はワインを待っているだけで酔っぱらってしまったのかしら」とリゼッタ・カーウィンがいった。「わたし、いいことを思いだしたの。偉大なジョン・チャンセルの日記に、絶倫世界でモーニング・ワインを九分間でつくる秘訣が書いてあったの。仕こみはすみました。あとは待つだけ」
リゼッタは紫色の果実をつぶして手製の大きな花杯(カラトス)の中にいれた。その柄なしの容器は巨大な花の蕾から花冠を引きぬいてつくったもので、文字どおりの花杯だった。
「九分間で果実から飲用アルコールをつくることは化学的には可能だが」とブレーズ・カーウィンはいった。「しかし、ワインにはならない。芳香がつかないし、それに──おや、いい香りだな。もうワインの香りがしている。しかも、だんだん強くなる。おいおい、一口味見を──」
「駄目、駄目。まだだったら」リゼッタは抵抗した。「ブクブク醗酵してるでしょ。いま、杯を酔っぱらわせているところよ。蛇みたいにかみつくから」
「なんと、蛇とつるんだな。イブめ、こっちから噛みついてやる。覚悟しろ!」酔っぱらった顔面蒼白の杯をひったくると、ブレーズ・カーウィンはゴクリと一口飲んだ。顔から血の気が引いたが、顔面蒼白は愉しきかな。声つぶれ、喉笛かきむしりながら片足で踊りまわったが、これまた実に愉しきかな。世の中には待ちきれないほどすてきなことだってあるのだから。
「もうちょっと」リゼッタはいった。「あと四分」
ブレーズは依然として口がきけなかったが、いましがたの青息吐息の出会いのすばらしさを伝えるためなら、うめけば事たりた。やがてほどなく、まさにほどなく、歌いさざめく強烈な酒に一同そろって正体をなくした。まったく、絶倫世界相手に、科学者として、大人としてつきあうのは、至難のわざである。
かくして、惑星調査はおそろしく非科学的でガキっぽいものになっていった。例外はフェアブリッジとラシュモア、二人はあいかわらず段丘の地層を掘りかえしていた。とりわけ有頂天に狂いまくったのは三人の淑女で、この豊饒の地はことごとく彼女たちの踏破するところとなった。ノロマの巨獣はとらえられて、バシバシ乗物にされた。チャンセルらの言った通り、この星ではすべてが安全無害なのだ。フェスティナチオ河では、お化けヒトデとレスリング。オオトカゲにいたっては、切り離し式の尻尾が淑女たちの賞味するところとなり、後足でたって、泣きながら逃げだす始末。なに、心配にはおよばない。尻尾はまた生えてくるのだから。
「例の五人の指揮官だけど、「どうせ信じはすまい」という言葉、ゲラゲラ笑いながら書いたんじゃないかしら」ジュディ・ブリンドルスビーは発掘現場に登ってくるなり、大声で質問をぶつけた。
「一人ぐらいは笑いながら書いた者もいたろうよ、ジュディ」フェアブリッジは言った。「しかし、断言してもいいが、おぞ気をふるって書いた者も一人はいたはずだ。あとの三人は知らんが」
「思うんだが、フェアブリッジ、五メートル四方の地面を掘りかえして、第一層をそっくり剥ぎとってみたらどうだろう」ラシュモア・プランダが言った。「間違いなく、ここには前代未聞の謎が眠っているはずだ」
「よし、それでいこう」フェアブリッジは同意した。「すくなくとも、足下になにが埋まっているかぐらいははっきりするからな」
「そこじゃない!」ジュディは奇声をあげて二人を制した。「掘るならここ。みんながいるのはこっちよ」
「誰のことを言ってるんだ、ジュディ?」フェアブリッジはいらだった。「この星の土を踏んだことのある人間は、全員、行方がはっきりわかっているんだぞ」
「あの人たちの行方をつきとめるまでは、全員とはいえないわ。じゃ、誰なんだって聞かれても、わたしわからない。まだ掘りだしてないうちから、それは無理よ。でも、慎重に掘るのよ。ここには本当に人間がいるんだもん。まったく、たいした穴掘り屋さんね。どこに人が埋まっているかもわからずに掘ろうというんだから」
「お説のとおりに掘るよ、ジュディ。君は人をまるめこむのがうまいな」
「でも、一日中掘ってばかりいては駄目。あなたはそこがわかってないのよ。人生は今日一日一夜のうちにもあるのに」彼女はきびすを返し、一段三メートルの段をぴょんぴょん降りていった。
「あいつの話はわからん」フェアブリッジはそう言うと、掘削機を始動させ、トテモユックリ運転にあわせた。「一度だってわかったためしはないが」
「わたしにはわかるような気がするがね、フェアブリッジ」ラシュモアが薄気味悪い声で言った。人間のものとは思えない含み笑いを浮かべて。
かくして掘削機は作業をつづけ、植物の下のサクサクした火山灰を掘りだしていった。灰にはまぎれもなく神秘が秘められていた。その粉は妙に生あたたかったのである。
「ここに来てよかったことのひとつは、隊の人数がちょうどいいことだよ」フェアブリッジは問わず語りに語り出した。その時、何かが埋まっている手ごたえがあり、掘削機をトッテモトッテモユックリ運転にした。「七人だ。ちょうどいい。実にうまい具合だ。これ以上多いと、ゴタゴタする。人は一人だけでは不自由なものだ。そうだろ、ラシュモア? 七人がいいよな? ラシュモア?
おいてきぼりか。隊はもう七人ではない。一人だ。わたし一人だけだ。それにしても、みんなはさぞいい目を見ていることだろう。なんと、ジュディの言ったとおりだぞ。すごい手ごたえだ。だが、連中など知ったことか。埋まっているのは、まさにここなのだからな。このまま掘りつづけるんだ」
フェアブリッジは掘りつづけ、ついに人間にぶつかった。
夜だった。小さな月、アンチラは頭上にかかり、大きな方の月、マトローナはちょうど顔を出したところである。フェアブリッジは仲間の三組の夫婦をさがしにいった。「連中はやる気ムンムンで、日に夜にあけず肉欲生活にはげんでいる。しかし、この発見は伝えておかねば」
一番見つけやすそうなのは、もっとも気炎をはいているジュディ・ブリンドルスビーだろう。彼女がどこにいようと、男なら近くへいっただけでピンときた。フェアブリッジは第六感の命ずるまま川辺の低湿地へおりて、丈高い葦のしげみにわけいった。あたりの葦はシュルシュルと小気味よい音をたて、にわかに促進された生長のまっさいちゅうだった。ジュディはボンクラ頭の英雄にして夫のヒラリーといっしょに寝そべっていた。
大の字になった堂々たるジュディは睡りながらケタケタ笑っていた。喜色満面のヒラリーは彼女にのしかかり、クスクス忍び笑いしながら、大バサミで彼女の髪を刈っている。──驚異の髪、刈れども尽きせぬ髪、たちまち山なす髪を。切り落とした髪の毛で大きな山がいくつもできていたが、おそらくひと山二十キロはあるだろう。だが、それだけ刈りとっても、なお、昼間よりさらに倍する髪が盛り上がっている。
「すっかり葦の下になっていたぞ、ヒラリー」フェアブリッジはいった。「ジュディに男の第六感を刺激するところがなかったなら、見つけだせなかったところだ」
「やあ、フェアブリッジ」ヒラリーは上機嫌であいさつをかえした。「ここで横になった時は葦はなかったんだが、ちょっとの間にこの通りさ。ジュディに触れたものは何でもかんでも育ちだすんだ。こいつの方もここの地面に触れていると、どこだろうと元気モリモリになる。こいつの髪を見ろよ、フェアブリッジ。こいつはこことは相性がいいんだ。ゴルゴスだか何だかの成長促進因子とな。わたしも同じだが」
「段丘で人間が出たんだよ、ヒラリー」
「知ってるよ。ジュディはあそこに人間が埋まっていると言っていたもの」
フェアブリッジとヒラリーはウシクサヶ丘へおもむき、エルマのまどろむ腕からラシュモアをつれだした。そのあと、果樹林からリゼッタとブレーズのカーウィン夫妻が出てくるのに出くわした。
「リゼッタから聞いたが、人間を掘りだしたんだって?」とブレーズは意気こんで訊いた。「さあ、現場へ行こう! 豊穰なるアフソニアのためだぞ」
「掘りだしたのはその通りだが、どうしてリゼッタにわかったんだ」フェアブリッジはいぶかしんだ。
一同は段丘の最上段にのぼり、露天堀りの竪穴へおもむいた。
「残りの砂礫や溶岩塊はあとでかきだすことにしよう」とフェアブリッジはいった。「老いぼれベータ星が出れば、よく見えるようになるんだが」
「あら。これくらいの明るさで十分だわ」リゼッタ・カーウィンがいった。「それにしても、すてきな方たち。とても気さくそうで。まぶしい太陽の昇る前に、お近づきになっておきましょうよ。これはという方とは暗いうちに知りあっておくのが一番。特に、あちらがとんでもない体験をくぐってきたばかりの時にはね。それでこそ、朝日を笑顔でむかえられるというもの」
そこには十二人の人間がいた──十二人の大人たちが。夜目にも明かなとおり、石椅子について、石卓を囲んでいる。火山性の砂礫を取りさり、ベータ星が昇れば、細かいところまでわかるだろう。十二人は祭の日のようにうつくしく着飾っていた。宴たけなわの時に噴火がおそったはずだが、とりみだしたところはなかった。彼らを生埋めにした噴火は局所的なものだった。火山灰の降下や溶岩の流出は裾野つづきの段丘に限定されていた。この生き物たちは座して生埋めを待つ必要はなかったのだ。周辺の平原は無傷だったから。
「まあ。この方たちは愉しげに死んでいてよ。それに、ちっとも傷んでいない」リゼッタは声をあげた。「こんなにすてきな方たちが本当にいたのね。みんなも、そう思わない? あら、なつかしい感じのする人もいる──どこかで会ったことでもあるのかしら」
「死後、どれくらいだろう?」フェアブリッジはヒラリー・ブリンドルスビーに尋ねた。
「おそらく二年。古くともそれくらいだ」
「馬鹿な、ヒラリー。君は細胞屋だろ。さっさとサンプルを採取したらどうなんだ」
「もちろん、採取するとも。しかし、どう見ても、死後二年というところだな」
「だとすると、ホワイトオーク隊が調査していた時期、彼らは生存していたことになる」
「おそらくな」
「じゃ、なぜホワイトオーク指揮官は彼らのことを報告しなかったんだ?」
「ホワイトオークも例の一人じゃなかったか、フェアブリッジ、「どうせ信じはすまい」という一言をいった」ラシュモア・プランダが割ってはいった。「たぶん、彼はそういえば十分だと思ったのだろう」
「しかし、彼らは何者なんだ?」フェアブリッジは固執した。「今までのどの隊も行方不明を出してはいない。この連中はわれわれと同じ人間だが、ホワイトオーク隊の者ではない。わたしはあの隊の全員に会ったことがあるし、彼らは全員無事帰還している」
「ホワイトオーク隊の者じゃないだって、フェアブリッジ」ブレーズは閃いたというように言った。「これ以上明るくならないように祈った方がいい。いまならまだ幻もうろついていよう。そこにもいくつかちらちらしている。耳とか眉とか顎の線とかの幻が。あそこの女性だが、見おぼえないか? われわれが会ったことのあるある女性そっくりじゃないか──妹か娘だといっても通りそうだ。ほら、あちこちにホワイトオーク隊の何人かと生き写しの特徴がぞろぞろ目につく」
「馬鹿な。ホワイトオーク隊はここに六標準月いたんだぞ。もしこのなぞめいた生き物と出会っていたなら、報告書に書くはずじゃないか」
作業はそれまでにして朝を待った。彼らは相当量の砂礫を運びあげ、底をもう少しさらえた。
「地盤を残して、彼らをこの通り保存したまま、下を掘れないかしら?」リゼッタ・カーウィンが尋ねた。
「できるが、どうして?」フェアブリッジはピリピリしていた。こんなにすてきな人々とめぐり会えたのに、そのすばらしさに気づく余裕さえないようだった。
「あら、この人たち、今までに何度も使われた場所を選んだんじゃないかと思って」
日が高くなると、ジュディ・ブリンドルスビーとエルマ・プランダがにぎやかに騒ぎながら、一同のいる段丘の最上段にあらわれた。
「ねえ、みんな、わたしたち、ものすごく吐き気がするのよ!」ジュディが大声をとどろかせた。「でも、わたしの方がひどいかな。エルマよりも月数がたっているんだもの。リゼッタ、わたしたちの吐き気がうらやましいでしょ?」
「何を言うの。わたしだって吐き気がするもん。わたしも夜のがあける前に気がついたんですからね。ね、わくわくしない?」
「もちよ。こんなにわくわくする吐き気は生まれてはじめてだわ」そして、ジュディはわくわくしながら戻したのだった。
三人の女性がそろって妊娠の最初の徴候をしめすとは、すこしばかり尋常ではない。三人同時のつわりというのも、妙な話だ。わけても奇怪なのは、彼女たちが吐き気に大喜びしていることだった。絶倫世界にはすべての経験を──嘔吐さえも──幸福なものにかえる何かがあるらしい。
さて、段丘の死者たちだが──
「──こんな幸せそうな死者に会ったのは、はじめてだわ」とエルマ・プランダは断言した。「何がうれしくてこんなにしあわせなのか、つきとめなくちゃ。じかに教えてもらえるかもしれない、この人たちの話がきける耳があれば。わからないってば、そんな風に話しかけたって。え、何? 何といったの?」
「何も言ってないよ、エルマ」とラシュモアが答えた。
「あなたに言ってるんじゃないわ、ラシュモア」そう言って、エルマは黄金のからだをブルッとふるわせた。「え、何よ? よく聞きとれない」エルマ・プランダはそこでお腹をトントンとたたいた──そうすると感度がよくなるとでもいうかのように。
「お腹に耳はついてないよ、エルマ」ラシュモアはたしなめた。
「あら、ついているかもしれなくてよ。だって、たたくと、しあわせの理由が少しづつわかってくるんだもの」
幸せな死者たちは火山性の砂礫によって保護されてきたが、それにはおそらくゴルゴスのエッセンスか絶倫世界固有の他の物質の力もあずかっていたはずだ。彼らは死人には見えなかった。感触はかなりやわらかかったし、あたりの大気と同じに生あたたかく、ひんやりしてはいなかった。指でおすと、かすかな弾力さえあったが、これはふつう生体にのみ見られ、死体ではあるはずのないことだった。彼らは絶倫世界独特の軽やかな衣装をまとっていた。はっきりとは断定できなかったが、なんらかの形でホワイトオーク隊のメンバーと血縁関係にあった。うつくしい謎めいた人々だが、といって、ことさら謎めかしている風ではない。もし死者の舌と生者の耳を橋渡しする手段がありさえすれば、知りたいことには何でも答えてくれるだろう。
だが、いささかお調子者という印象を、この新来の探検家たちはひとしなみ死者から受けなかったろうか? しかり。お調子者をうかがわせる面はそこここに散見した。しかし、誰がそれを責められよう?
「だけど、ちょっと待って」リゼッタ・カーウィンは死者・生者の両方に向かって言った。「あなた方、この星でのよき友であるみなさんの服装のことを、わたしたちは「絶倫世界独特の軽やかな衣装」と言ったり、考えたりしてきました。事実、われらがよき指揮官であるフェアブリッジは、手帳にその通りの言い回しで書きつけたところです。でも、これが「絶倫世界独特の軽やかな衣装」だなんて、どうしてわかるの? 第一、それがどんなものか、誰も見たことがないのよ。しかも、記録によれば、絶倫世界にはいまだかつて原住民もいなければ、人間の赤ん坊が生まれたこともない。何もかもくさいわ。魚みたいにプンプンにおわない? におうでしょ? なにしろ、いま思いだしたけど、絶倫世界の魚はかぐわしい果物の香りがするんですもの。さあ、みなさん、気長にやりましょう。死んでいるのなら、急いではいないでしょう。わたしも同じ。だけど、この話が通じたのなら、すぐに答えて」
第一の竪坑の横に第二の竪坑が掘られた。陽気な死者の土台下には補強梁が通され、ずれや転倒を予防した。はたして第二の竪坑は砂礫の堆積をつきぬけ、次の植物層にとどいた。思いもかけないことが判明した。同じ作業が前にも行われていたのだ。彼らは以前の掘削跡を掘っていたのである。
死者たちの真下を掘りぬくと(あらゆる痕跡からして、前にも空洞がうがたれていたことは明白だった)、不吉な予感が的中した──またしても死者の一団と出くわしたのである。前もって予想していたとはいえ、一同の縮みあがったことといったら、最初の発見・報告の時以上だった。
「いったいぜんたい、こんなことがあと何回つづくんだ?」フェアブリッジは驚きもさめやらず、一同に問いかけるのだった。
「二十二回さ」とヒラリーは目をすがめ、「段丘は全部で二十二段あるからな」
「二十二回も同じ悪戯をくりかえしたりするだろうか、それがどんなにあきれた悪戯者、邪悪で崇高で神をうやまいないがしろにする悪戯者だろうと。二十二回もくりかえしたら、自分でもうんざりしてしまうだろうじゃないか」
「しないわ」エルマがいった。「雷が何億回、何兆回といたずらに鳴りつづけているけど、それはあいもかわらず面白がる誰かがいるからよ。そいつは雷を落しては大笑いしている。今度、稲妻が光ったら、耳をすますがいい。雷鳴にかぶさってケタケタ笑いが聞こえてくるから」
今回の一団もほとんど違いはなかった。第二層の死者は十一名の大人だった。死亡時期は多少古かったが、それでも四、五年とはさかのぼるまい。保存の良好なこと、表情の幸福なことは上の段の紳士淑女と同様である。これでまた謎がいくらか深まった。
フェアブリッジと仲間と掘削機は作業を続行し、掘削はほぼ一日一層の割りで進んだ。深くなるにしたがい、竪坑は何回も掘りかえされているようになった。第五層では石塔の先端にぶつかったが、これはジョン・チャンセルが火山と河にはさまれた平原に立てた塔である。彼らはよく承知していた。その塔が段丘より古く、地底の平原に基壇が据えられているはずであることを。そして、塔が建設後五十年しかたっていないことも。
この層には十六人の優雅で愉しげな死者がいた。石塔の先端は地面から顔をのぞかせていたが、それを囲む形で円環状の石卓がすえられている。彼らは石卓で酒宴に興じながら、「慈悲深キモノ」という名の火山に生き埋めにされるのを待っていたのである。それにしても何者なのか──これほどうつくしく、これほど愉しげで、数年おきに、それぞれの地層で死を迎えたこの者たちは?
「謎はどんどん深くなる」フェアブリッジは重々しくいった。
「そうとも。日に三メートルは深くなる」ヒラリーはニヤリとした。「もはや、これにつけくわえることができるような奇怪な話はあるまい」
「いいえ、あるわよ」ジュデイはみんなに言った。「きっと、ひどく急な話だと思うでしょうね。わたしだって、ここまで来ているとは思わなかったもの。こんなことが絶対あるはずないのは承知しています。でも、わたし、いまにも産まれそうなの」
一同は茫然として彼女を見た。
「今にもと言ったのよ、ヒラリー」ジュディはほとんどこわばった声で夫にせまった。「わからないの、今にも子供が生まれてしまうのよ」
さて、ジュディは大女だったが(しかし、スタイルのよさと品格の高さはホヴァークラフトに匹敵する)、胎児がきわめて小さいのは一目瞭然だった。しかし、全員が科学者の目をそなえ、大小を見わける訓練をつんでいたとはいえ、ジュディのさしせまった出産に気づいた者は一人もいなかった。
もちろん、心配はなかった。ヒラリー自身、医者だったし、ブレーズもしかり。それを言うなら、リゼッタ・カーウィンもそうだった。もっとも、リゼッタは間近に迫った自分のお産で手いっぱいだったが。だが、心配は無用。絶倫世界では、すべては簡単に、気持ちよく、自然に運んだ。ジュディ・ブリンドルスビーは簡単に気持ちよくお産をすませた。とても小さな女の子が生まれた。
はたして、この子はつねの赤ん坊と違い、醜悪でもなく、赤い肉のかたまりでもなく、すこぶる容姿がととのっていた。しかも、たいそう小さかった。みんなは堰を切ったようにほめそやしたけれども、この小さな娘の尋常ならぬ端正さを伝える言葉はなかった。
「なんてかわいいんだ。おっと、自分の口から赤ん坊のことをこんな風にほめるとは、夢にも思わなかったよ。いくらわが子でもね」ヒラリーは誇らしげにぼやくのだった。「この子はとってもちっちゃいが、どこも非のうちどころがない。こんなに小さなお姫様ははじめてみたよ」
「すてき。きれい。これだけの子供は天地開闢以来だわ」ジュディは我を忘れてほめたたた。「この子は完全無欠。この子は燃える星、まぶしい大海原。この子は世にもまれな名花。この子は──」
「ねえ、冷静になって、冷静に。お母さま」とちい姫が言った。
この翻訳はSFマガジンに発表したものに、多少手をいれたものです。最近、早川SF文庫から出た『次の岩につづく』に浅倉久志氏の訳が出ましたが、浅倉氏はあとがきで、本来だったら加藤訳を収録したかったが、かなわなかったので加藤訳に教えられながら新たに訳稿をおこしたと、最大限の賛辞を呈してくださいました。別にぼくが断ったわけではなく、そもそも収録したいなんて話は聞こえてこなかったのですが(笑)、浅倉訳と拙訳とどこがどう違うか、読みくらべてみるのも一興でしょう。