フランスにおける安部公房研究の第一人者であるジュリー・ブロック女史は、1998年2月に、『仔象は死んだ』のビデオ上映会をパリをはじめ、各都市で催した。フランスでは安部公房は暗く、救いがないと受けとられていたが、後期の演劇・映像作品である『仔象は死んだ』は軽やかで、エネルギッシュで、従来の安部公房像を一新する衝撃をもたらした。
安部公房がフランスで知られるようになったのは、1964年のカンヌ映画祭で『砂の女』が外国映画賞をとってからだが、小説にくらべると、映画・演劇の紹介は遅れ、安部公房が演劇人・映像作家としても第一級の仕事をしたことはほとんど知られていなかった。フランスの観客は安部公房の多彩な才能を知って、あらためて驚嘆している。
この催しは、安部公房の作品にフランス語字幕をつけて公開しようというプロジェクトの第一段としておこなわれたもので、今後、『時の崖』、『燃えつきた地図』などが予定されているという。(Mar05; Updated on Apr16)
新国立劇場中劇場で5月12日から31日まで、『幽霊はここにいる』が上演される。演出串田和美、衣装ワダエミ、音楽朝比奈尚行。出演は上杉祥三、串田和美、馬渕英里何、小川真由美、小日向文世ほか。
入場料は S席6300円、A席5250円、B席3150円(税込)。前売りは 3月22日から。(Mar05)
4月15日午後 6時30分から、飯田橋の日仏学院で『仔象は死んだ』のビデオ上映と、ジュリー・ブロック女史の司会によるイベント開かれる。
出席者は安部ねりさんと『仔象は死んだ』に出演した旧安部スタジオのメンバーの予定。(Apr03; Updated on Apr16)
4月14日午前1時15〜3時30分まで、「20世紀演劇カーテンコール」という枠で、俳優座が上演した『どれい狩り』(千田是也演出)が放映された。(Apr16)
4月15日午後 6時30分、日仏学院で「安部公房を巡って」が開かれた。
まず、フランスにおける安部公房研究第一人者であるジュリー・ブロック女史が世界における安部研究の現状と、2月にフランス各地でおこなった『仔象は死んだ』の上映会の反響を報告した。
ブロック女史によれば、安部公房は小説やエッセイでは、集団に脅かされる個人を描き、出口のないペシミスティックな世界を示したが、映像作品には出口が示されている。『仔像は死んだ』でいえば、「酔いはさめる。でも、夢はさめない」という、何度もくりかえされる台詞だ。日本のような集団の圧力の強い社会で、個人が個人として生き延びるためには、芸術が救いとなるというメッセージがこめられているのではないか。
この見解に対しては、つづいて演壇に立った安部ねりさんから反論があった。『仔像は死んだ』の初演を見た際、ペシミスティックな印象が強かった。「夢はさめない」という台詞は「魔法のチョーク」の最後同様、閉塞感を感じる。
『仔像は死んだ』のビデオ上映後、佐藤正文氏をはじめとする旧安部スタジオのメンバー三名が登壇し、スタジオ時代の思い出や『仔像は死んだ』制作時のエピソードを語った。この芝居は20いくつのシーンからできているが、一つ一つのシーンは、数十の候補をつくり、その中から選んでいったもので、背景には厖大な作業があることを知って欲しいと語っていたのが印象的だった。
質疑応答からいくつかを紹介する。
月曜から土曜まで、柔軟体操の後、安部システム独特の生理感覚の訓練をおこなった。柔軟体操は役者の中の体操が得意な者が指導者になり、ル・コックの体操をとりいれたり、ボクシングのトレーニングをとりいれたりした。生理感覚の訓練は安部公房がつきっきりで指導した。
安部システム独特の「台詞術」はなく、こういうしゃべり方は駄目というように、既成の台詞術にたよった喋り方から脱却することが求められた。既成の台詞術でなければ、役者の自由にまかされていた。
しかし、劇中の個々の台詞については、もっと高くとか、もっと強くというように、演出段階の指定はあった。
ビデオ版は舞台の上演を記録したわけではなく、スタジオを借りて撮影した。安部は映像にきわめて詳しかったので、俯瞰で撮影したり、屋外のカットを入れるなど、細部は変えている。しかし、流れは舞台そのままといっていい。
安部公房はバッハからバルトークまで、ひじょうに詳しく、折に触れて音楽の話をしてくれたが、劇中の音楽は作曲からシンセサイザーの演奏まで、すべて安部一人が作った。コードをつなぎ変えて音質を調整する原始的なシンセサイザーで手作りし、場面にはめていった。安部公房は自作の音楽には絶対の自信を持っていてた。
季刊「せりふの時代」に清水邦夫が連載中の「魔の家」に、安部公房の戯曲がとりあげられている(1998年春号)。
わずか四頁の短いエッセイだが、戯曲の処女作「制服」と三島の戯曲処女作「火宅」の比較、『砂の女』発表時の思い出、安部公房スタジオの頃の安部と中味が濃い。次回も安部戯曲をとりあげるらしい。(Apr26)
リービ英雄氏の中編集『国民のうた』(講談社)に、NHKの取材で満州時代に安部公房が住んでいた家を訪ねた体験を題材にした「満州エキスプレス」が収録されている。(Apr26)
近藤一弥氏による『安部公房全集』の装丁が、TokyoADC(東京アート・ディレクターズ・クラブ)の 1998年度原弘賞を受賞した。原弘賞は、装丁家として大きな足跡を残した原弘氏を記念した賞で、一年間に刊行された本のうち、もっともすぐれた装丁をデザインしたアート・ディレクターにあたえられる。
『安部公房全集』はシンプルで格調高いデザインを基本に、箱の裏側に安部による写真をはりこむという箱男を思わせる遊び心をくわえた斬新な装丁で、投票では圧倒的多数の票を獲得した。
受賞対象となった一〜九巻は、リクルート銀座ビル内のクリエイションギャラリーG8で、他の部門の受賞作品とともに、7月31日まで展示されている。