エディトリアル   April 2005

加藤弘一 Mar 2005までのエディトリアル
May 2005からのエディトリアル
Apr07

「母、アンナ・フィアリングとその子供たち」

 シアターXが二年がかりで進めていた「ブレヒト的ブレヒト演劇祭」の掉尾を飾る公演。千秋楽のせいか、当日組の列ができていて、客入れのために開演が10分遅れた。

 イスラエルの女流演出家、ルティ・カネルの脚色・演出で、『肝っ玉おっ母とその子どもたち』を2/3くらいに圧縮している。「肝っ玉おっ母」ではなく、「アンナ・フィアリング」を題名にしたのは、アンナの弱い女の部分を前面に出すためだろう。吉田日出子が「肝っ玉おっ母」なんてと思わないではなかったが、この演出ならベストの配役だ。ソングはこの公演のために新太に作曲されたもので、騒々しくも物悲しいユダヤ風のメロディだ。

 舞台はシンプルだ。舞台上に装置はなく、奥に古ぼけた茶色のトランクがブロック塀のように積んであるだけ。天井からは先に鉤のついた太い綱が垂れ下がり、両サイドには工事の足場が組まれている。狂言回しの三谷昇と長畑豊が登場し、舞台を一周したとたん、奥のトランクの壁を崩して、土木作業員姿の役者たちが飛びだしてくる。綱の先の鉤にトランクを七、八個くくりつけたのは馬車の見立てで、三人の子供たちが後ろから押して、舞台の上をぐるぐる回りはじめる。

 二人の狂言回しのかけあいでつないでいくが、流れ者たちが『肝っ玉おっ母』の筋立てを借りて、即興芝居を演じているようにも見える。フットワークが軽く、特に意識したわけではないだろうが、異化効果が実に自然な形で実現されている。『肝っ玉おっ母』は栗原小巻主演のを俳優座で見たことがあるが、地であるリアリズムの演技を無理に「異化」しようとしていたのとは対照的だ。

 はじまりは地味だったし、大げさな芝居は一切ないが、悲劇的な出来事が重なるにつれ、テンションが高まっていく。役者では吉田日出子が断然光っている。銃殺されそうな次男の身代金を値切ろうとするくだりや、料理人に結婚を申しこまれるくだりは、彼女独特のとぼけた芝居のおかげで余韻が深まっている。

 クライマックス、娘のカトリンが屋根の上で太鼓をたたく場面は、女優がロープをよじのぼって、空のトランクをたたくことで表現している。ここは泣かせる。

 吉田日出子と真名古敬二が出ているからというわけではないが、オンシアター自由劇場に近いという印象を受けた。多分、オンシアター自由劇場の軽演劇風のテイストはブレヒトから来ているということだろう。

公式サイト
Apr16

 このところ、Winnyがらみの流出というか、晒し事件が続発している。Winnyはやっていないが、つい先日、「大航海」の「無頭の悪意」という文章でWinnyについてふれたばかりなので、昨今の動向は気になる。

 まず、国税庁元職員のハメ撮り写真流出事件(ZAKZAK)。同僚や家族、大学時代の友人とおぼしい人物30名余の写った写真400枚以上が流出し、そのうち150枚は4人のガールフレンドとの行為中の写真だったというもの。女性のスカートの内部を撮影した、盗撮とみられる写真もふくまれていたそうである。

 国税庁のケースでは内部資料の漏洩はなかったが、鳥取赤十字病院のケースでは小児科の患者60名分のカルテ(!)が流出している(Mainichi)。秋田県湯沢市では、全市民の1/5にあたる1万1255人の名簿と市町村合併に関するアンケートの回答、全職員名簿、市町村合併の内部資料などがWinnyネットに出ている(Mainichi)。アンケート対象者の名簿には「入院中」「4月まで関東方面」「居所不明」など、プライバシーに係わる情報が日付とともに記されているという。

 Winnyがらみの事件は、いわゆる「キンタマ」ワーム出現直後に起きた京都府警北海道警の捜査資料流出が有名だが、その後も新種のワームがあらわれ、個人情報の暴露がつづいていたわけである。

 ITmediaによると、目下、猛威をふるっているのは、デジタルカメラのデータを専門にねらう「欄検眼段」と、「キンタマ」ワーム系の「仁義なきキンタマ」だという。

 「仁義なきキンタマ」は、昨年11月に出現した「仙台ギャラクシーエンジェルズ」の改良版とみられており、Outlook系メールファイル、Excel、Word、PowerPointのファイルにくわえて、InternetExplorerの Cookieまで流出させるという。IDとパスワードを記憶させていたなら、Winnyネットにばらまかれてしまうわけで、なりすましによる二次被害はまぬがれない。

 ご存知のように、いったんWinnyネットにばらまかれたら、流出ファイルはいつまでもネットを漂いつづけ、削除のしようがない。Winnyを「撃破」すると称するサービスもあるが、同じ名前のダミーファイルをWinnyネットに大量放流し、本物のファイルを手にいれにくくするというもので、確実に削除できるわけではない。被害者は永遠に晒されつづけることになる。

 悪辣というほかはないが、晒し系ワームの作者はおそらく、被害者は自業自得と自己正当化しているだろう。P2Pはファイル「共有」とはいうものの、実際は「他人の物は自分の物」という一方的な著作権侵害にすぎない。晒し系ワームが感染すると、「自分の物は他人の物」になり、はじめて相互的な「共有」が成立するわけだ。

 もちろん、どんな理屈をこねようと、プライバシー侵害が許されるわけではないが、晒し系ワームには相手の倫理的弱みにつけこむ、いやらしい部分がある。

 それは、Winnyとは無関係だが、晒し系第一号といっていいSirComですでにみられたことである。SirComは感染に成功すると、MyDocumentに保存されているファイルをOutlookExpressの住所録に載っている人に手当たり次第に送りつけるという。受けとった人が、知人のプライバシーを覗きたいという欲望に負けて、ファイルを開いてしまうと、その人も感染してしまい、個人的なファイルを知人にばらまかれることになる。クラッカーの悪知恵には感嘆せざるをえない。

Apr19

「ディープ・ブルー」

 BBCが7年がかりで全世界200ヶ所で、延べ7000時間にわたって撮影したフィルムを90分にまとめた海洋ドキュメンタリー映画。

 すごいとは聞いていたが、本当にすごい。波打ち際で遊ぶオットセイの子供に巨大なシャチが飛びかかる場面や、夜の海底すれすれにサメの大群が遊弋し、共食いをはじめる場面、海鳥がつぎつぎと海面に突っこみ、海の中を飛行して(そう見える!)、マイワシの群れを襲う場面など、どうやって撮影したのか、想像もつかない映像がこれでもか、これでもかと登場する。

 流氷に閉じこめられたシロイルカの群れが、呼吸のための水面を確保するために、氷床にあいた穴に交代で飛びだして、凍結を防ぐ様子が描かれるが、それだけでも珍しいのに、ちょうど白熊がやってきて、水面に出てきたイルカに襲いかかる。こんな偶然が本当にあるのだろうか。

 撮影できたこと自体すごいのに、どの場面も最高のアングルで撮られており、透明感のある映像は美しいの一言に尽きる。

 まもなく発売されるDVDには168分の特典映像がつき、監督の音声解説やメイキングがあるというから、ぜひ買わなくては。

公式サイト
Apr26

 YOMIURI ON-LINEの「オンライン書店 急成長」によると、オンライン書店の売上はこの5年間で6倍に増え、出版界の全売上の3%を占めるまでになったという。

 3%という数字がどういう意味をもつのかよくわからないが、売上ランキングが本の売行を左右するアナウンス効果を発揮しはじめており、中小書店の中にはオンライン書店のランキングを参考にするところも出てきているそうである。

 試しにAmazonの「今売れている本」を開いてみたが、『半島を出よ』以外は、手にとることのないであろう本がずらりと並んでいた。

 コンピュータ・ネット関係が1/4を占めるのはオンライン書店だからだろうが、それを割り引いても、リアル書店の平台とはずいぶん顔ぶれが違う。平台に並んでいる本は売れている本ではなく、書店側が売りたい本だということだろう。

 オンライン書店側は将来的には全売上の30%を占めるようになるといっているそうだが、利便性を考えると、希望的観測とばかりはいえないだろう。電子本まで含めれば、売上の過半をオンライン書店が占める時代は、そこまできているかもしれないのである。

 そうなれば、中小書店の多くは消えざるをえない。

 駅前から中小書店が消えても、本が趣味の人間は困らないが、本を読む習慣のない人は、本に接する機会がほとんどなくなってしまうかもしれない。それは、社会における本の存在感が小さくなることを意味する。中小書店という毛根を失ったなら、出版界が根腐れしていく恐れはないとはいえない。

Apr27

「コンスタンティン」

 SFXが売りの映画。キアヌ・リーヴスが一本調子のために、「マトリックス」の二番煎じに見えてしまう。予算をかけただけに、ディティールはよくできているが、ブツブツ切れていて、クリップ集にしか見えない。

 シリアスにはじまるが、要は「ゴースト・バスターズ」の悪魔版で、「MIB」の要素もある。本質的には冗談映画なのに、自殺という重いテーマをもってきているので、笑うに笑えず、もやもやが残る。

 唯一の見どころは、レイチェル・ワイズの美貌。表情自体にドラマがあり、いつまで眺めていても飽きない。

公式サイト
Apr30

「インストール」

 最年少で芥川賞を受賞した綿矢りさ『インストール』の映画化である。恋人の死をきっかけに不登校になった女子高生が、パソコンの得意な小学生と知りあい、ネット風俗嬢をはじめて自分を取りもどすという話。女子高生が上戸彩、小学生が神木隆之介(どうでもいいが、この二人、姉弟という設定ではないのに、顔がよく似ている)。

 演出の片岡KはTVの深夜番組送で出てきた人で、この映画も深夜の不思議ドラマのテイストで作られている。最初の10分ほどは好調だったが、だんだんだるくなってくる。半分を過ぎたあたりからは、もう惰性。30分でまとめていたら面白かったかもしれないが、94分引っ張るのは無理。

 失敗の最大の原因はフワフワ映画になってしまったこと。うぶな主人公が訳知りの先輩に案内されて、未経験の世界に足を踏み入れていくという設定の日本映画を勝手に「フワフワ映画」と呼んでいるが、主人公にはもともと自分がなく、先輩との間に知識の圧倒的な差があるので、対立は生まれようがない。こういう設定の映画は外国にもないわけではないが、日本映画の場合、先輩にあたる人物が日本社会から逃げだした「変な日本人」なので、フワフワ度が余計ひどくなる。最近では『深呼吸の必要』、『マナに抱かれて』などがこれにあたる。

 主人公をひっぱりまわすフワフワおじさんが小学生という点は目新しいけれども、異文化をちょっとだけかじり、また元の日本社会にもどっていくという結末はフワフワ映画そのもの。

 どうしようもなく退屈な映画だったが、上戸彩が時々見せる妖しげな表情が唯一の見どころだった。

公式サイト amazon

「銀のエンゼル」

 「インストール」の併映で見たが、こちらの方が面白かった。北海道の田舎町でコンビニを経営する一家の話で、半分以上の場面はローソン内部で撮影されている。当然、ローソンがバックアップしたらしく、ローソンのサイトには提携ページができている。こういう映画が公開されているということすら知らなかったが、北海道ではかなり評判だったらしい。題名の「銀のエンゼル」とは、チョコボールの箱の当りマークのこと。

 たよりないお父さんが小日向文世、しっかり者のお母さんが浅田美代子、町を出て東京の美大に行こうと頑張る一人娘が佐藤めぐみ、訳ありの深夜勤務の店員が西島秀俊、お父さんの幼なじみでスナックの美人ママが山口もえ、妄想気味の警官が嶋田久作という顔ぶれ。浅田美代子がちゃんとしっかり者に見えるから、不思議だ。

 娘の上京願望が引き起こす家族の葛藤が軸になるが、コンビニという角度から切り取られた田舎町の人間模様がおもしろく、良質の喜劇にまとまっている。ただし、クライマックスは苦しい。田舎町の淡々とした日常だけでは映画が終わらないので、なんとかして盛りあげようとした努力はわかるが、無理がありすぎる。

 ラストで娘は上京するが、一年後を描いた小説がすでに出版されているそうである。続編が映画になったら、見てみたい。

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