エディトリアル   June 2005

加藤弘一 May 2005までのエディトリアル
Jul 2005からのエディトリアル
Jun02

 spamメールの蔓延は社会問題化しているが、CNETによると、ニューヨーク在住の弁護士がspam業者と広告主を相手取って「メールアドレスを悪用された」と提訴したそうである。

 提訴したのはスコット・ジーグラー弁護士で、4月29日から5月3日にかけて自分のメールアドレスを偽装したspamメールを発信されたために、何千通ものバウンスメールでメールボックスがパンクしてしまい、この5日間、仕事のメールを受信することができなくなり、損害をこうむったというもの。相手は広告主のチャイナ・デジタル・メディア社(ネバダ州)と、同社からspamメール発送を請け負った姓名不詳の複数のspam業者である。チャイナ・デジタル・メディア社はジーグラー氏の抗議に対し、spam業者を雇ったことを認め、メールで謝罪したものの、spam業者の名前は明かさず、同氏のメールアドレスを偽装したspamメールの発送には一切かかわっていないと主張しているそうである。

 spamメールには必ず広告主がいる。spam業者をつきとめるのは困難だが、広告主は連絡先を明示している(そうでないと、商売にならない)。spamメールを減らすには広告主を訴えるのが早道だろう。

 日本ではspamメールは件名に「未承諾広告」と書くことになっているが、フィルタリングを避けるために、実際にはほとんど守られていない。「未承諾広告」と書かないspam業者を使った広告主を連帯責任で営業停止にするくらいのことをしないと、spam蔓延を防ぐことはできないだろう。

「桜の園」

 前半(1幕+2幕)はtptの舞台とは思えないほどひどかった。床を板ガラスにした舞台装置もアイデア倒れに終わっている。

 ところが、後半(3幕+4幕)は見違えるくらいおもしろかった。理由ははっきりしている。演出の熊林弘高はこの芝居をラネーフスカヤに対するロバーヒンの片恋の物語として演出したのだ。千葉のロバーヒンは桜の園を買って、おやじも爺さんも農奴だったとはしゃぎまくるが、その後ろにはラネーフスカヤへの恋の断念が見え隠れする。佐藤ラネーフスカヤが千葉ロバーヒンにしがみつく場面は鬼気迫る。

 果たして四幕の見せ場は、ロバーヒンがワーリャにプロポーズしようとして、果たせない場面だった。中川安奈のワーリャは女として義母に負けたのだ。

 佐藤オリエのラネーフスカヤはロバーヒンやワーリャの思いには気づかず、蝶のように軽やかに飛びまわる。ピーシチクをからかう場面の甘酸っぱい香りは絶品。この場面は永遠のお姉さん、佐藤オリエにしかできない。

 ロバーヒンの片恋という解釈はおもしろい。前半もそれに徹っしていたらどうにかなったと思うが、欲を出しすぎて焦点が定まらなかったのだろう。

Jun16

「山猫理髪店」

 1998年に木山事務所が三木のり平主演で上演した舞台の再演で、民藝初の別役戯曲だそうである。三木のり平(最後の舞台となった)が演じた理髪店の親方は大滝秀治で、見習いは初演と同じ円の三谷昇が客演している。演出は別役戯曲を多く手がけてきた円の山下悟。

 入り組んだ作りだが、思い切り単純化すると、朝鮮半島への密航を斡旋していた理髪店が再開発で取り壊されることになったが、そこへ「強制連行」の記憶を無意識の内にうけついだ青年や、炭鉱から逃げた「強制連行」の被害者らしい老人、理髪店を買い取って保存しようとする在日朝鮮人の老夫婦、帰国事業で北朝鮮にわたった日本人妻の親族らしい女たちがあらわれ、アイデンティティ探しをするという設定である。別役が政治的主題をあらわにとりあげるのは、初期作品以来のことで、初演を見た時は戸惑ったものだ。

 今回は別の意味で戸惑った。1998年の時点では、在日韓国・朝鮮人が強制連行の被害者とその末裔であるという神話がまだ健在だった(わたし自身、不勉強で、強制連行神話を事実と思いこんでいた)。しかし、この7年間で状況は一変した。拉致問題や韓国の反日ヒステリーがマスコミで報じられるようになり、日韓・日朝の歴史に関する情報が急増した。鄭大均『在日・強制連行の神話』や呉善花『生活者の日本統治時代』のような本が出版され、在日朝鮮人の多くは朝鮮戦争の災禍を逃れてきた難民であること、日本の敗戦以前から日本に住んでいる者も、徴用で日本に連れてこられてきて留まった者は245人にすぎず(外務省の数字)、ほとんどは『血と骨』の主人公のように自らの意志で日本に渡航してきたことが広く知られるようになった。日本の統治政策によって朝鮮の民族資本が壊滅させられ、日本に出稼ぎに来ざるをえなかったという説も、エッカート『日本帝国の申し子』が邦訳された今となっては、ただのお伽話にすぎない。もはや戯曲の前提は崩れてしまったのだ。

 この戯曲をあえて再演したのは、日本の「右傾化」を食いとめようという底意からかもしれないが、いくら新劇村の中でも、今さらそんな左翼メッセージは通用しないだろう。

 というわけで、かなり意地悪な興味で見たのだが、芝居の出来自体はかなりよかった。初演では童話的な前半と、政治的な後半がうまくつながっていなかったが、山下演出は前半の理髪店の親方と青年の軽妙なやりとりを志賀直哉の「剃刀」のような、自分がうっかり人を殺してしまうのではないかという漠とした罪悪感を基調に描き、後半のアイデンティティの不安につないだ。

 アイデンティティの不安を漠とした罪悪感に重ねあわせるのは、「進歩的」知識人の心理構造を考える上で示唆的だが、スピーカーから「おい、日本人」という異様な呼びかけが流れた瞬間、罪悪感のマジックが破綻した。あの呼びかけは、今となっては、北朝鮮秘密工作員の声としか聞こえないからだ。初演時点では、山猫理髪店は日本軍国主義に対する抵抗の拠点という意味をもちえたかもしれないが、現在では北朝鮮軍事政権の対日秘密工作拠点でしかない。

 はからずも、この芝居はアジアに対する贖罪意識を自己の優位性の根拠とする「進歩的」知識人の病理を浮かびあがらせる結果となった。その意味で、この戯曲は作者の意図を越えた「古典」になっているのかもしれない。

Jun17

「ミザリー」

 映画にもなったキング作品の舞台化である。

 キャシー・ベイツが演じたアニーに渡辺えり子、ジェームズ・カーンが演じた小説家のポールに小日向文世という、聞いただけで笑ってしまう、適材適所の配役である。

 配役に引かれて見たのだが、1+1=2の出来で、3にはならなかった。二人とも芸達者だし、戯曲もよくできていて、料金分おもしろかった。渡辺えり子は、尿瓶を使うポールをさりげなく覗きこんだり、可愛らしく愛敬を振りまいたり、しきりに小技を使うが、ちょっとやりすぎ。

 映画では怪我が治りかけたポールの自由を奪うために、アニーはハンマーで彼の膝の骨をたたき潰すが、舞台ではもっとひどいことをやっている。どうも原作がそうなっているらしい。読んでみようか。

Jun20

 テレビ東京の「ザ・真相」が北朝鮮の後継者問題をとりあげていた。

 金正男はマスコミ的は子供をディズニーランドで遊ばせるために入国したということになっていたが、もちろん、そんなはずはなく、本当の目的はイラクに密輸した兵器の代金を受けとる隠し口座が日本にあるので、決済に来たのだと取り調べで素直に語ったそうである。

 報道では贋旅券で入国しようとしたために収監したと報じられたが、金正男一行がもっていたのはドミニカの正規の旅券で、素直に北朝鮮国籍であることを認めたからよかったようなものの、もしドミニカ人だと主張されたら、日本の面子が丸つぶれになるところだったという話は意外だった。

 後半は昨年、亡くなったとされる高英姫夫人の話だった。高氏が在日朝鮮人出身であることは有名だが、金正日が拉致を認め、謝罪する決断を下した背景には、高氏の説得があったという説があるそうである。

 それにしても、成分表で敵対階級に分類されている在日朝鮮人が「国母」に上りつめたのは異例中の異例といっていい。

 番組によると、高英姫一家は帰国の時点から特別扱いだったようだ。というのも、1961年に北朝鮮に「帰国」したことになっているが、帰国者名簿を探しても、それらしい家族は見つからないからず、特別なルートで「帰国」した可能性があるのだそうだ。それには東京オリンピックがからんんでいる。

 高英姫夫人の父親は済州島出身の柔道家で、高文太といった。高文太は同じ在日朝鮮人の力道山がプロレスで成功したのを見て、極東プロレス協会を大阪で旗揚げしたが、小柄なので人気がぱっとしなかった。その高文太を北朝鮮は柔道のナショナルチームの監督に抜擢し、「帰国」させたというわけだ。

 柔道は1964年の東京オリンピックから、オリンピックの正式の種目となった。日本統治時代に柔道が広まっていた北朝鮮が、国威発揚のために柔道チームに力をいれたというのはありうる話である。

 高文太が指導した北朝鮮チームは、しかし、オリンピックには出場できなかった。IOCが北朝鮮選手の登録を一部拒否したために、オリンピック開幕直前になって、北朝鮮選手団は帰国してしまったからだ。

 北朝鮮では親の出身成分が悪いと、どんなに実力があっても、いい地位につけないといわれている。娘の高英姫が万寿台芸術団の団員になれたことからすると、オリンピックに出場できなかったことは高文太の失点にならなかったのだろう。逆に、もしあの時、北朝鮮チームが成績をあげられなかったら、高英姫が金正日の目にとまることはなかったかもしれない。

Jun22

「恐竜博2005」

国立科学博物館で「恐竜博2005」を見た。

 もっとも巨大で完全なティラノサウルスの標本といわれるスーの骨格の複製標本が呼び物のイベントで、会場にはいると、正面のモニターに上野の街をスーが闊歩する3分ほどのSFX映像が流れている。スーはガードをくぐって、坂を上り、科学博物館までやってくるのだが、歩いてきたばかりの道なので、よりリアルに感じる。

 最初のコーナーを曲がると、いきなりこちらを向いたスーが立っている。ライティングがうまいのだろうが、すごい迫力である。

 スーの骨格標本はオークションで十億円の値段がついたことからもわかるように、数奇な運命をたどっていて、興味のある方は『SUE スー 史上最大のティラノサウルス発掘』を読むとよい。

スコッティという綽名のティラノサウルスの頭骨

 昔の少年サンデーの二色のページには怪獣の解剖図が載っていたものだった。故大伴昌司氏のプロデュースだったそうで、荒唐無稽な代物だったが、今はティラノサウルスの体内が実証的にかなり解明されていて、『立体モデル大図鑑 恐竜のからだ』という本も出ている。

 このイベントは副題が「恐竜から鳥への進化」となっていて、展示の後半はティラノサウルスと鳥類は共通の祖先からわかれたという説にしたがい、小型獣脚類と鳥類の標本をならべている。鳥そっくりに体を丸めたメイなど、おもしろい標本もあったが、小さいものが多いので、昨年のなんでもありの「驚異の大恐竜博」と較べると、展示的にはさびしかった。

 展示がさびしい分、図録は読み物が多く、独立のムックとして通用するくらいおもしろい。恐龍=鳥説には時代のパラドックス(鳥ともっとも近いと考えられる獣脚類であるディノニコサウルスは始祖鳥の後に出現)と、三本指パラドックス(獣脚類の三本指は1〜3指だが、鳥の三本指は2〜4指)という有力な反論が存在するが、図録によると解決するかもしれない材料が出て来ているそうである。

羽毛恐龍エウマニラプトル
Jun23

 先日、マイクロソフト社が中国政府のblog検閲に協力しているというニュースが話題になったが(ITmedia東京新聞)、Hotwiredの「「MSのブログ検閲は中国政府より過激」著名ブロガーが批判」によると、マイクロソフト社ほど露骨な形ではないが、検閲は他のblogサービスでもおこなわれているという。

 マイクロソフト社が開設した中国語ポータル、MSN共享空间 のblogサービスで「台湾独立」、「ダライ・ラマ」、「人権」、「自由」、「民主主義」といった語句を含む文章を登録しようとすると、「そうした表現は禁じられている」というメッセージが出て、登録を拒否することが問題になった。他のblogサービスの場合、「民主主義」や「人権侵害」という語そのものは禁止語ではなく、中国以外の場所で起きた人権侵害にふれた文章なら登録できるが、「中国には民主主義が必要だ」と書いたり、中国国内の人権侵害をあつかうとブロックされるそうである。

 ところが、マイクロソフト社は「民主主義」や「人権侵害」という語を一律使用禁止にしてしまい、さらには中国政府が検閲の対象とすることを求めていない「自由」という語まで禁止語のリストに加えていた。マイクロソフト社は露骨に中国政府におもねろうとしたのでニュースになったが、blog検閲は見えにくい形で広くおこなわれていたのだ。

 大手企業が提供するblogサービスではなく、個人の運営するサイトにMoval Typeなどのblogツールをインストールし、blogを運営すれば禁止語規制にひっかからなくてすむはずだが、それが不可能になりつつあるのだ。

 ITmediaによると、中国政府は中国国内で開設されたWebサイトとblogに対し、6月30日までに登録と開設者の完全な身元情報の提示を義務づけた。すでに75%のサイトが登録をすませており、未登録サイトを特定し、遮断するためのNight Crawlerというツールの運用がはじまっている。

 問題は個人blogサイトの登録が事実上不可能になっていることだ。ITmediaから引く。

 ある中国のブロガーが同団体に匿名で語ったところによると、このブロガーは登録していないという理由で上海の警察からサイトを遮断された。そこで情報産業部に電話で登録方法を聞いたところ、「独立したブログが出版許可を得られる可能性はない」ため「手間をかけて登録することはない」と告げられたという。

 登録制度自体問題だが、禁止語規制のできない個人運営のblogサイトはその登録すらできないようにしているのである。

 もちろん、インターネットには国境がないので、他国のサーバーにWebサイトやblogサイトを開設したり、他国のblogサービスを利用するという抜道もあるが、そうなると悪名高き「万里の長城ファイアーウォール」が立ちはだかり、中国国内から閲覧することが困難になるのだ。

 しかし、いくら規制したところで、情報は流れこんでいく、時間はかかるが、中国共産党の独裁はいずれ維持できなくなるだろう。

「死の棘」

 額縁舞台にあたる場所は黒一色。白木の簀子の廊下が正面に伸び、やはり簀子の円形舞台が黒い枠の中に収まっている。枠の内部は黒く、よく見ると水が張られている。円形舞台の真ん中には長方形の穴がくりぬかれ、手前には水道の蛇口が立っている。蛇口からはバケツに水滴が滴り落ちている。円形舞台の左前には座り机が置かれている。

 廊下を橋懸かりよろしく伝って役者たちが出てくる。舞台中央にトシオ(松本きょうじ)とミホ(高橋惠子)。二人を囲んで、学生服の男(石橋祐)、海軍中尉の夏の制服の男(高田恵篤)、背広の男(小嶋尚樹)がシンメトリーを保って立つ。しだいにわかってくるが、三人の男はそれぞれの年代の島尾敏雄で、二人のやりとりにちゃちゃをいれたり、時に作中人物を演じたりする。

 原作は途中までしか読んでいなし、映画も見ていないが、どういう話かは知っている。果たして、ミホはトシオの浮気を執拗に問い詰め、なじり、怒鳴り、水を浴びせ、出刃包丁をふりまわしながら取っ組みあうという修羅場が演じられる。革靴のまま水の中にはいり、跳ね散らしながら歩きまわる場面は剥きだしの暴力を感じさせる。

 暴力はガジラの舞台の常だが、この芝居は不思議に静謐である。ミホが一方的に責め、トシオは平身低頭するだけで、怒鳴りあいにはならないということもあるが、それだけではなかった。ラスト、ミホは精神に異常をきたし、リヤカーで精神病院に運ばれていく。病院に着いたミホが白い着物を脱ぎ捨てると、モンペをはいた娘にもどる。加計呂麻島で特攻隊員だったトシオと神話的な恋愛をした頃の彼女である。

 ここで、はっと気がついた。この芝居は鐘下版『惑星ソラリス』だったのだと。円形の舞台はソラリスの海に浮かぶソラリス・ステーションであり、トシオを執拗に責めつづけるミホはハリーなのだ。

 水の多用といい、この見立ては間違っていないと思う。

 終演後、鐘下と劇場スタッフのトークショーがあった。高橋源一郎氏の予定だったが、高熱のために、急遽、鐘下が登場したもの。『ソラリス』との関係を質問しようかと思ったが、どうせしらばっくれるだろうからやめておいた。

Jun26

 この2月、北海道羅臼町の海岸で12頭のシャチが流氷に閉じこめられ、うち9頭が集団座礁死マスストライディングする事件があったが、DNA検査の結果、母親に率いられた群れの可能性が高いことがわかったという(北海道新聞MSN)。

 たまたま昨日のNHK「サイエンスZERO」で、鯨・イルカ類のマスストライディングをとりあげていた。

 番組によると、ストライディング自体は超音波の反射が返ってきにくい遠浅の海岸で頻発するが、群れごと座礁するマスストライディングは起こしやすい種と、起しにくい種にはっきりわかれるという。

 起しにくいのはハンドウイルカやスジイルカで、年齢構成を見ると、4〜12才の雌がすくなく、雌は思春期になると自分が生まれた群れを離れ、別の群れに移籍するためではないかと推測されている。

 それに対して、マスストライディングをよく起すカズハゴンドウなどは年齢構成が一様で、雌は生まれた群れで一生をすごすという。

 マスストライディングを起さない種は他人が集まって群れを作っているのに対し、よく起す種は強固な母系集団で群れを作っているのだ。

 座礁した個体を海に帰そうとしても、群れの仲間が座礁したままだと、帰ろうとしない例がよく見られるそうだが、鯨・イルカ類には血縁に対する感情があるのかもしれない。

 テレビ東京の「日高義樹のワシントン・リポート」が「北朝鮮の核問題の解決策は空爆か」という物騒な題名でウールジー元米CIA長官のインタビューを放映した。

 以前、対北開戦をにおわせる題名で、中味のともなわないインタビューを流したことがあったし、ウールジー氏はクリントン政権時代にCIA長官だった人物なので、どうせ題名倒れだろうと思ってTVをつけていたら、北朝鮮の核問題はもはや話しあいでは解決できず、もはや空爆しかないとする過激な内容で、思わず見いってしまった。

 ウールジー氏は自らも係わったクリントン政権による枠組合意は失敗だったと言いきり、アメリカは北朝鮮に11年間、騙されていたと語った(すごい迫力)。北朝鮮は麻薬や贋札を密売しているように、核物質をテロリストに売る危険性がある。核物質の密売はミサイルの輸出よりも簡単で、金になる。核物質を手にいれたテロリストは、核爆弾よりもはるかに容易なダーティボムを作る可能性が大きい。マンハッタンでダーティボムを爆発させれば、数十年間、人間が立ち入れなくなり、アメリカの受ける打撃は9.11どころではないだろう。したがって、核実験をやるかどうかは関係ない。

 ブッシュ政権はこれまでの4年間、中国による北朝鮮説得に期待していたが、数ヶ月前、中国が説得する意志を急速になくしていることがわかったという。話しあいによる解決が不可能な以上、アメリカに残された選択肢は空爆しかない。空爆するとすれば、寧辺に対する限定爆撃では長距離砲や弾道ミサイルで同盟国に被害が出るので、6隻か7隻の空母の艦載機と、B52、B1、B2の戦略爆撃機による全面空爆にならざるをえない。

 中国が北朝鮮説得を放棄した理由として、ウールジー氏は金正日体制崩壊後の混乱を恐れている点と、中国軍部中枢が北朝鮮に対して伝統的に親近感をもっている点をあげていた。

 中国軍部の北朝鮮に対する親近感はともかくとして、金正日体制崩壊後の混乱をおそれているという理由は不可解だ。

 確かに、核兵器を放棄したなら、金正日は軍部を抑えられなくなり、クーデタで失脚する可能性がある。優遇されているはずの兵士までもが飢えて観光客に食料をねだったり、脱北する現状では、クーデタが引金となって、そのまま体制崩壊に進むかもしれない。

 しかし、アメリカが全面空爆に踏み切ったなら、金正日体制は100%崩壊し、難民が地続きの中国に押し寄せてくるだろう。核兵器の放棄だけなら、金正日体制が生き残る目はあるが、アメリカが全面空爆し、軍が打撃を受けたら存続の可能性はゼロである。

 本当に混乱を恐れているなら、中国はなんとしても北朝鮮を説得しなければならないはずである。それなのに、ウールジー氏の言うように、北朝鮮説得を放棄したのだとしたら、中国は実はアメリカに空爆させたがっているということではないのだろうか。

 そう疑うにはそれなりの理由がある。アメリカはイラクに陸軍兵力をとられているために、北朝鮮に対しては空爆以上のことはできないからだ。韓国も南北統一後の経済負担を考えると、北進には踏み切れないだろう。今は南北和合のムードが盛りあがっているが、極端から極端に動くお国柄からいっても、脱北者に対する風当たりからいっても、飢えた難民が押し寄せてくる事態が現実になったら、北朝鮮排斥にひっくり返る可能性がある。となると、金正日政権崩壊後の北朝鮮の混乱をおさめることができるのは、中国人民解放軍だけということになりはすまいか。

 北朝鮮は中国製品が流れこんで、自国製品が駆逐され、通貨まで人民元の方がウォンをしのぐようになっていると言われている。経済的にはすでに中国の一部なのだ。アメリカが空爆に踏み切り、金正日体制が崩壊すれば、中国は国際的な非難をほとんど受けずに、北朝鮮地域を手中に収めることができる。中国はそれぐらいのことは考える国である。

Jun24

「この世の外へ クラブ進駐軍」

 阪本順治が監督なので期待したが、ぬるい青春映画で終わっている。焼跡闇市時代の世相、進駐軍のクラブ、進駐軍のお家事情、戦後ジャズのルーツと、おもしろくなりそうな材料はあるが、焦点が絞りきれず、どのエピソードも中途半端なのだ。登場人物も多すぎる。

「渋谷物語」

 最近では安部譲二の親分として有名な元安藤組組長、安藤昇(村上弘明)の自伝の映画化である。『餓狼の系譜』という題名で、漫画にもなっているようである。

 特攻帰りの安藤は法政大学に籍をおきながら、愚連隊を率いて渋谷の闇市を制覇し、安藤組を立ちあげる。徒手空拳、既存のヤクザ組織と戦って、のしあがっていくくだりはおもしろい。

 安藤組は渋谷で地歩をえて安定するが、仲井英麿(風間トオル)と、その背後にいる財界の大物、天野政道(津川雅彦)を懲らしめようとしたことから、運命が暗転する。仲井は横井英樹をモデルにした人物で、警察は横井を狙撃させた安藤を指名手配にする。安藤は一ヶ月あまり、逃げまわるが、その間に安藤組幹部は次々と検挙され、安藤の逮捕により組は解散に追いこまれる。

 一暴力団が国家権力に歯向かったわけで、ロマンといえないことはないが、無意味に意地を張ったようにしか見えない。前半が面白かっただけに、尻すぼみ気味である。

 最後に、本物の安藤昇がお付きをしたがえ、現在の渋谷を歩く姿が映るが、意外に背が低く、ただの好々爺にしか見えなかった。

Jun29

うら騒ぎ /ノイゼズ・オフ

 抱腹絶倒。新国立劇場で、こんなに笑いをとった芝居が上演されたのははじめてではないだろうか。

 幕が開くと、一階と二階で扉が八もあるセットに、家政婦役の沢田亜矢子が登場し、主人夫婦がスペイン滞在中で、ずっと留守番をしていること、今日の午後は休みをもらったが、外出しないでサッカーの試合を見るつもりだといった事情を問わず語りに説明し、引っこもうとすると、客席の演出家から駄目だしがはいる。その駄目だしが「沢田さん」と、沢田個人を名指したのだ。

 実名の効果は大きく、これだけで、舞台ががらっと変わってしまった。

 この芝居は「ナッシング・オン」というドタバタ喜劇を演ずる一座を描いたバックステージ物なのだが、役者はすべて実名で登場する。ほとんど下着姿で通すアイドル女優が井川遥、ボケかかった老優が森塚敏、生意気な若手実力派俳優が今井朋彦、おせっかいな中堅女優が山崎美貴、たよりない中年俳優が羽場裕一という、いかにもそれらしい配役である。しかも、女癖の悪い演出家役の白井晃は、この舞台の本当の演出家でもあるのだ。

 第一幕は開演前夜のゲネプロだが、18時間後に幕を開けなければならないのに、全然仕上がっていない。劇中劇の「ナッシング・オン」はドアの出入りの行き違いを使った、タイミングが命のドタバタ芝居なので、もうハチャメチャ。

 幕間に演出家役の白井が登場し、もう自分の出番はないから、客席の一番いい場所を占めている演出家席に座ってもらってかまわないと客席に呼びかけ、手を上げた人がいると、あれこれからかう。客をいじって笑いをとるという、新劇にあるまじき演出だ。新国立劇場で、こんなことをやっていいのか。

 二幕は福岡の中日だが、舞台装置が回り舞台で半回転し、文字通りの「バックステージ」である。ベニヤ板剥きだしで殺風景だが、舞台裏の人間関係はそれ以上に殺伐としていて、スタッフまで含めて、ややこしいことになっている。出番がないはずの白井は、東京に帰ると駄々をこねる井川のご機嫌をとるためにあらわれるが、白井と関係のあるスタッフの女の子(谷村実紀)がそれに嫉妬すし、いよいよ収拾がつかなくなる。舞台装置の裏側で、劇中劇が進行しているというのも妙なものである

 三幕は千秋楽。人間関係は完全に壊れ、舞台の上にプライベートな喧嘩をもちこむようになっており、それでも芝居をつづけるために、代役や代役の代役が出てきて、舞台は大混乱。

 昔、民藝がイタリアのドタバタ喜劇を上演して、笑いころげたことがあった。真面目な新劇俳優がドタバタをやると、本当におもしろい。

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