エディトリアル   October 2006

加藤弘一 Aug 2006までのエディトリアル
Nov 2006からのエディトリアル
Oct09

 北朝鮮は地下核実験に成功したと発表した。実験場所は日本海に近い咸鏡北道花台郡の金山地帯で、時間は午前10時35分頃。北朝鮮は実験20分前に中国に事前通告し、中国はただちに六者協議参加国に伝達した。

 実験の規模と成功したかどうかについては見方がわかれている。中国におこなった事前通告では10ktということだったが、韓国は0.4〜0.8kt、ロシアは5〜15ktという数字を出している。東大地震研は0.5〜3ktと推算している。どうも失敗していた可能性が高い。

 いきなり小型核弾頭を実験したという見方もあるが、ミサイルの精度がお粗末なのに小型核弾頭を開発しても意味がない。失敗と見た方がいいのではないか。

 失敗していたとしたら、燃えきれなかった核反応物質が大量に残っていることになり、地下水経由で長期的に汚染が広がりかねない。日本海に流れだすだけでなく、鉱山の採掘にも影響するのではないか。

 初回の核実験では複数の試作品を試すものらしい。パキスタンの実験では初日5回、翌日1回の計6回おこなっている(その中に北朝鮮製の核爆弾が含まれていたという説もある)。失敗だったとしたら追加実験をおこなうのではないか。実際、それをうかがわせる徴候もある。

 成功したにせよ、失敗したにせよ、国際世論を無視して核実験を強行したことに変わりはない。核実験を国内的に大々的に予告していたことから明らかなように、北朝鮮は核実験を国内引き締めの手段として使っている。核兵器でしか将軍様の威信が保てなくなっているとしたら、北朝鮮が核兵器を放棄することは絶対にない。

 北朝鮮のような最貧国が核保有国として認知されるようなことになったら、核拡散の歯止めがきかなくなる。中国もそんな事態は望まないはずであって、国連安保理で第七章をふくむ制裁案が上程されても拒否権は使わないだろう。

 中国は東北部の経済開発を大々的に進めようとしているが、核保有国家北朝鮮が隣に存在していては外資が入ってこない。また、北朝鮮軍部は経済解放に反対しており、北朝鮮の地下資源と港を東北部開発のテコにしようという中国の思惑とはあいいれない。中国にとって金正日体制の北朝鮮は邪魔物となっている。

 ここで興味深いのは、江沢民派のエース、陳良宇上海市書記が失脚したという報道だ(宮崎正弘の国際ニュース)。目下、開催中の六中総会では江沢民派が粛清され、胡錦濤国家主席の権力基盤が盤石になると見られている。

 江沢民派は反日と北朝鮮擁護の牙城だっただけに(江沢民派は上海から外資を逃がさないために、東北部の発展を妨害していたという説もある)、胡錦濤国家主席は六中総会で対日政策だけでなく、対北朝鮮政策でもフリーハンドを確保したわけだ。

 もう一つ、先月末、金正日の妹婿の張成沢が交通事故で重傷を負ったという報道も見逃せない(朝鮮日報聯合ニュース)。朝鮮日報によれば、ある当局者は「北朝鮮で最高位クラスの権力者が交通事故を起こすというのはあり得ないことで、万が一情報が事実なら、権力争い説が有力視される可能性があるといえる」と語っている。

 張成沢は経済解放路線を推進した人物で、2004年に失脚したが、中国の強い後押しで今年復活したばかりだった。また、中国が庇護している金正男ときわめて近いとも言われている。東北工程をめぐる一連の軋轢から考えても、中朝間の緊張は外部から想像する以上に高まっている可能性がある。東亞日報によれば、中朝国境の物資の行き来も半減しているという。

 中国は七章を含む安保理の制裁決議に反対しないだろうが、すぐに本格的な制裁に踏み切るわけにはいくまい。中国が物資を止めたら、北朝鮮は暴発するか自然崩壊してしまうからだ。

 そんなことになったら難民が中朝国境に押し寄せるだけではなく、中国資本が北朝鮮でおこなっている巨額の投資が危険にさらされる。中国資本を保護するためにも、中国は北朝鮮の暴発や自然崩壊を避けなければならない。北朝鮮を占領する準備が整うまでは中国は本格的な北朝鮮制裁に踏み切れない。逆にいえば、中国が北朝鮮援助をつづけているからといって、東北工程に示された北朝鮮に対する領土的野心がなくなったわけではないのだ。

Oct12

「書く女」

 樋口一葉役に寺島しのぶが挑む話題作である。二兎社なのでシアタートラムだと思いこんでいたが、世田谷パブリックシアターの方だったのであわてた。客席は満員の盛況。寺島人気はすごい。

 樋口一葉を主人公にした芝居には井上ひさしの「頭痛肩こり樋口一葉」という傑作があるが、「頭痛肩こり」が意図的に家庭内に舞台を限定したのに対し、永井愛は半井桃水(筒井道隆)、「文學界」同人、萩の舎の朋輩という三つの軸を導入し、樋口一葉を家庭外の世界につなごうとする。

 「文學界」の若い同人や萩の舎の朋輩だけでなく、桃水まで樋口家に押しかけてくる。樋口家はてんやわんやで、有名な貧乏も殺気だった様相を見せてくる。古典的完成度を誇る「頭痛肩こり」に対抗するには、玩具箱をぶちまけたような趣向しかなかったということだろう。

 注目すべきは半井桃水を通じて日清戦争が視野にはいってくることだ。半井桃水は対馬藩の御殿医だった関係で釜山で育ったが、朝日新聞に連載した小説に朝鮮の話があり、日清戦争のために連載を中断させられたことまでは知らなかった。

 意欲作といえるが、出来はいいとはいえない。一幕は往年の小劇場演劇風でおもしろかったが、二幕がいけない。特に緑雨との対決がお粗末。文学史の講義が未消化な形でぶちまけられているだけで、聞くに耐えない。文芸批評家としても一家をなす井上ひさしとの差がもろに出た。

 中心が定まらないために、冗漫で騒がしいだけの駄作に終わってしまった。作家を主人公にするのはそれだけ難しいわけだが、あらためて井上ひさしは偉大だと思った。

Oct15

 国連安保理は対北朝鮮制裁決議を全会一致で採択した。ぎりぎりになって中国とロシアの要求で表現が弱められたので、マスコミは後退とか抜け道だらけと報じているが、今回の決議で武力制裁を定めた42条に踏みこまないのはアメリカの規定方針だった。核実験姓名からわずか5日で7章を明記した決議に中国・ロシアを賛成させたのだから、アメリカの外交的勝利といっていい。

 中国は北朝鮮を庇いつづけているように見えるので、またぞろ北朝鮮鉄砲玉説が出てきた。人民解放軍の一部や上海閥が北に肩入れしているのは確からしいが、胡錦濤政権は北朝鮮切り捨てに舵を切っていると思う。

 まず、北朝鮮に投資をおこなっている中国企業に撤退の動きがある(Sankei Web)。また、7月のテポドン発射以来、北朝鮮に対する原油供給を1/3に減らし、丹東の税関の検査を強化しているという(朝鮮日報)。

 しかも、中国は難民対策だろうか、鴨緑江の水深の浅い区域にフェンスを作っている(asahi.com)。さすが万里の長城を築いた民族だが、せっかく人工飼育した東北虎620頭を中朝国境地帯に放し飼いにするという話は冗談がきつすぎる。なぜ、よりによって、中朝国境なのか。動物学者は「大っぴらに密猟が行われているなど、生息環境が整わない状況で放し飼いにする場合、 現在の計画は水泡に帰すことになりかねない」と警鐘を鳴らしている。本当にそんなことがおこなわれるかどうかわからないが、朝鮮族の農民が虎に噛まれて重傷を負う事件(朝鮮族ネット)が先月も起こっていることからすると、虎を放ったという噂を広めて難民を威嚇するつもりなのかと勘ぐりたくなる。

 中国は北朝鮮に何度も面子をつぶされたが、それ以上にいらだっているのは北朝鮮産麻薬の流入が急増していることだ(asahi.com)。日本では今年にはいって北から麻薬がはいらなくなり、価格が急騰しているというが、日本へ密輸できなくなった分が中国に流れているのだろう。

 北朝鮮は最大の支援国に麻薬を密輸したり、贋人民元をつくったりと、やりたい放題だが、それくらい追いつめられているということでもある。北朝鮮専門家の多くは現体制が何年もつづくと言っているが、重村智計氏はこのままでは来年の5月(春窮の季節だ)には崩壊すると明言した。金融制裁にくわえて、7月の水害が決定的だったらしい。毎日新聞も切羽詰まった状況を伝えている。

 注目すべきは人民解放軍瀋陽軍区で兵士の休暇が取り消され、化学戦の演習をおこなっているという報道だ(CNN)。化学戦とは穏やかではない。

 化学兵器は難民にあつかえるような代物ではないし、中国側が難民に使うこともありえない(使ったら、北京オリンピックは吹き飛んでしまう)。

 化学戦があるとしたら、人民解放軍が北朝鮮に侵攻した場合に限られるだろう。北朝鮮は一昨年脱北者対策のためと称して中朝国境地帯の軍を増強したが、その主力は開店休業状態の海軍の陸戦隊だった。朝鮮人民軍の主力は38度戦にはりついており、虎の子の戦車や重砲、ロケット砲などは地下の永久陣地に隠されており、動かすことはできない。もし中国人民解放軍が侵攻してきたら、朝鮮人民軍は化学兵器を使うしかないのだ。

「フラガール」

 常磐ハワイアンセンター(現スパリゾートハワイアンズ)誕生物語を背景にした駄目チーム奮闘ものの映画で、炭鉱の娘たちがプロのハワイアンダンサーになるまでを描く。大枠は実話ということだが、中味は相当脚色してあるようである。松雪泰子演じるダンス教師のモデルとなった女性は東京から通っていたし、経歴もまったく違う。また、3ヶ月で本番ではなく、実際は8ヶ月だった。「ブラス」や「リトルダンサー」を思わせる箇所もある。

 なかなかおもしろかったが、韓流映画よろしくベタな泣かせどころをこれでもかこれでもかと詰めこみ、途中で食傷してきた。

 女優陣はみな健闘している。主演級の松雪と蒼井優は特にいい。

「ワールド・トレード・センター」

 9.11事件の実話もので、ワールド・トレード・センターの瓦礫の中から生還した二人の警察官を描く。事件が事件なので、ほとんど事実通りらしい。

 われわれが9.11事件として知っているストーリーは最初の30分だけで、ビルが崩落して以降の90分間は、生き埋めになって声をかけあう二人の警官と、行方不明の知らせに狼狽する家族の話になる。事件らしい事件がない苦しい条件だが、オリバー・ストーン監督は力業でねじふせた。

 意外だったのは二人を発見したのが救助隊ではなく、事件を知ってオクラホマからやってきた、やや神がかりの元海兵隊員だったということである。彼は同じような押しかけボランティアの元海兵隊員と出くわすと、二人でチームを組んで生存者を探しはじめる(多分、他にもいただろう)。海兵隊の迷彩服を着ていれば、立ち入り禁止地区にフリーパスではいれたのである。

 アメリカでは海兵隊員はそれだけ尊敬されているわけだが、海兵隊の軍服を悪用したテロが心配になる。

Oct18

「女の小箱」より 夫が見た」

 黒岩重吾の同題の小説の映画化。増村+若尾コンビの傑作とされている作品の一つで、確かに凄い。

 那美子(若尾文子)のガラス越しの入浴シーンからはじまる。もちろん吹替だろう。彼女は夫の誠造(川崎敬三)を待つが、なかなか帰ってこない。ようやく帰宅すると、酔っていてすぐに寝てしまう。若妻の悶々とした不満が息苦しいほど画面に充満する。

 誠造の会社は石塚(田宮二郎)に乗っ取りをしかけられていて、株式課長の誠造は対策で多忙をきわめていた。石塚は裸一貫でのし上がったナイトクラブの経営者で、大したバックもない。誠造は株の買い占め資金の出所をさぐるために石塚の秘書のエミ(江波杏子)と懇ろな関係になり、石塚が愛人の洋子(岸田今日子)に色仕掛けで資金を調達させている事実をつかむ。

 那美子は女学校の先輩の女医に誘われてナイトクラブに出かけるが、その店が石塚の店だったことからドラマが動きだす。石塚は株主名簿を手にいれるために那美子に接近するが、一途な那美子に本気で引かれていく。

 色と欲のドロドロした物語だが、石塚に夢をとるか、自分をとるかと迫る那美子の気迫と、夢を捨てて那美子をとると決断する石塚の颯爽とした姿が作品の格を大きくしている。

 石塚は2億円という巨額の売却益(今なら20億円くらいか)を洋子にわたし、方をつけようとするが、彼に身も心も捧げてきた洋子は納得せず、凄まじい結末になだれこんでいく。岸田今日子の鬼気迫る演技は見もの。

 那美子の行動は世間知らずの我儘ということになるのだろうが、若尾がやると人間の尊厳にかかわる行為に思えてくる。こんな誇り高い女性を演じられる女優が日本にはいたのだ。

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ただれ

 徳田秋聲短編を新藤兼人脚色で映画化。原作は大正期の話だが、現代(1962年)に移している。

 二号さんばかりが集まっている高級アパートという人を食った設定が笑わせるが、話がどんどんシリアスになっていき、笑えなくなる。

 増子(若尾文子)はキャバレーの女給だったが、やり手の自動車セールスマンの浅井(田宮二郎)に囲われ、アパートで半同棲生活を送っている。そこへ郷里から姪の栄子(水谷良重)が転がりこんでくる。栄子には素封家の息子との縁談がもちあがっていたが、真面目すぎると嫌がり、東京に出てきたもの。

 浅井は陰気な妻を非情に離縁し増子と結婚するが、若い栄子の誘惑に心が揺れる。正妻になり、守る立場になった増子は反撃を開始する。

 キャバレーの先輩で、落ちぶれた芸人と所帯をもった幸子(丹阿弥谷津子)など、一癖ある女たちが登場する。女は男しだいだった時代の嫉妬模様が凄まじい。一応、ハッピーエンドだが、後味はよくない。

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Oct20

「青空娘」

 源氏鶏太のラジオドラマ(小説にもなっている)の映画化。予告編が恥ずかしかったのでパスしようかと思ったが、見てよかった。増村+若尾コンビの第一作がコメディだったというだけでも驚きだが、しかも傑作なのである。

 有子は伊豆の漁村で祖母に育てられたが、両親と兄弟は東京にいて、高校を卒業したら東京の家にもどるのだと言いきかされてきた。体が弱いので祖母に預けられたというが、有子は健康そのものだし、両親が一度も会いに来ないのも変だ。卒業式の日、祖母は心臓の発作を起こし、有子は実業家の父が女子社員に産ませた子供だと言い残して死ぬ。有子の母は別の男と結婚して満洲にわたるために、祖母に有子を預けたのだ。

 上京の父の家は青山の立派な屋敷だったが、ちょうど父(根上淳)は出張中で、腹違いの兄弟たちからは女中あつかいされ、義母(沢村貞子)は有子を階段下の納戸に住まわせる。

 父は出張から帰ってきたものの、婿養子の立場なので、義母に強いことが言えず、有子を銀座に連れだして服を買ってやるくらいのことしかできない。

 女中(ミヤコ蝶々)と末の弟は有子の味方だったが、義母は夫を奪った女にそっくりに育った有子に敵愾心を燃やし、義姉(穂高のりこ)とともに継子いびりをする。シンデレラ物語そのままに、大会社の社長の息子の広岡(川崎敬三)がかいがいしく働く有子を見そめたために、義母と義姉は有子を追いだしてしまう。

 有子は上京して広告会社に勤めている元美術教師の二見(菅原謙二)をたよろうとするが、恋人と称する女が居座っていたので、広岡に旅費を借りて故郷にもどるが、二日前に母が訪ねてきたことを叔母から知らされ、東京にもどって母を探す決心をする。

 最後はハッピーエンドだが、病床についた父を見舞いにいく有子の「これからお父様をいじめてきますわ」という台詞がかっこいい。

 臭い台詞やアナクロの場面がそこここにあるが、若尾文子の若々しい輝きは圧倒的で、一生のうちのあの時期にしか撮れない映画である。

 作品自体もしっかり作られていて、ぼやきながらも人間を見るしっかりした目をもつ女中を演じたミヤコ蝶々の演技が一本筋を通している。有子は父を本気だったことがあるのかと問いつめるが、その問いは7年後に製作される「夫が見た」に引き継がれる。「夫が見た」は、この作品で人のいいお坊ちゃんを好演した川崎敬三が対照的な顔を見せるという意味でも特別な関係があるが、テーマ的にも本作と直結していると思う。

 DVD化のためにニュープリントされたフィルムなので状態がいい。

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「最高殊勲夫人」

 源氏鶏太の同題の小説の映画化。白黒だが、ニュープリントなので状態がいい。「青空娘」の大ヒットで作られたようだが、二番煎じに終わらず、勝るとも劣らぬ傑作に仕上がっている。

 豪華な結婚式の場面からはじまる。中堅商社の三原商事の社長の弟が社長夫人の妹と結婚したのだ。

 社長夫人の桃子(丹阿弥谷津子)は貧乏サラリーマンの娘だったが、社長の一郎(船越英二)の秘書になって彼をつかまえ、早くも尻に敷いている。桃子は地位を盤石にするために次女の梨子(近藤美恵子)を次男と結婚させ、次は三女の杏子(若尾文子)を三男の三郎(川口浩)とくっつけようと画策している。

 杏子と三郎は桃子の狙いに気づき、二人とも絶対に結婚しないと宣言するが、しだいに引かれていき、最後はゴールインという定石どおりの展開。恋敵にTVプロデューサーや前衛芸術に凝るお嬢様など、新風俗をとりいれているが、それよりおもしろいのは三原商事の社内の描写。桃子の差し金で杏子は一郎の秘書になるが、独身社員が彼女を射止めようと一斉にアタックしてくる。源氏鶏太の「サラリーマン小説」は読んだことがないが、こんなノリだったのだろうか。

 タイトルバックに市田ひろみの名前があった。どこで出てくるのかと思ったら、噂好きのOL役で登場した。顔が濃いので、すぐにわかった。

 「青空娘」のような凄みはないが、洒落たコメディに仕上がっていて、今見ても新鮮だし、笑える。

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Oct23

 9月30日、ヒマラヤの雪原を越えて亡命しようとしたチベット難民の列を中国の国境警備兵が狙撃した。難民は75名で41名が子供だったが、ネパールに脱出できたのは43名にすぎず、32名(うち14名は子供)は行方不明だという(SaveTibet.org大紀元)。

 日本のマスコミは産經新聞以外、このニュースを無視してきたが、先ほど、命からがらネパールに脱出した子供たちのインタビューを時事通信が配信した(OCNニュース)。人権侵害に熱心なはずの朝日新聞はあいかわらず報道していない。

 今回はたまたまルーマニアのTV局のクルーが撮影し、YouTubeで公開されたために世界的な話題になったが(同じ映像の日本語字幕版)、中国は共産主義イデオロギーを奉じる独裁国家であり、ウィグルや内モンゴルでも、こういう暴挙は日常的に起きているはずである。

 中国は北朝鮮脱北者に対しては強制送還するくらいだったが、金正日政権崩壊となれば、それではすまなくなる。外国人記者の眼のある国境地帯では人道的にふるまうだろうが、北朝鮮内部ではなにをするかわからない。その時、日本の左翼マスコミがどのような態度をとるか、今から興味津々である。

「刺青」

 谷崎潤一郎の処女短編を大胆に脚色した作品。谷崎の世界というより西鶴に近いと思うが、凄絶な官能美の極致というべき作品にしあがっている。増村+若尾コンビの最高傑作といっていい。

 雪の夜、質屋の跡取り娘、お艶(若尾文子)は両親の不在をとらえて、かねて懇になっていた手代の新助(長谷川明男)をそそのかして駆け落ちする。二人は権次(須賀不二男)の船宿に匿われるが、権次は仲裁にはいるふりをしてお艶を徳兵衛(内田朝雄)に売り飛ばしてしまう。新助は殺されそうになるが、逆に権次の手下を殺して逃亡する。

 徳兵衛はお艶を苦界に沈めるために刺青師の清吉(山本學)に命じて背中に女郎蜘蛛を彫らせる。一服盛られたお艶が悶え苦しむ姿をカメラはねちっこく追っていく。

 実直な新助は人を殺めた罪障感にさいなまれながらも、必死にお艶をさがし、ついに深川で再会するが、お艶はすっかり伝法な芸者になっていて、苦界の生活を楽しんでさえいた。

 ここからは若尾の独擅場で、彼女を食い物にしようとした悪党たちを次々に返り討ちにしていく。あの気迫、とても大店の娘には見えないが、背中の女郎蜘蛛が乗り移ったのだろう。

 原作では語り手だった刺青師の清吉は背後霊のようにお艶につきまとうだけではなはだ影が薄いが、それが最後の場面に生きてくる。

 一歩間違うとヤクザ映画だが、若尾の気品のおかげでぎりぎりのところで踏みとどまっている。不良旗本の佐藤慶もかっこよかった。

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「卍」

 谷崎潤一郎の原作ののかなり忠実な映画化である。光子に若尾文子、語り手をかねる弁護士夫人の園子に岸田今日子、二人に翻弄される弁護士の姉内に船越英二、光子につきまとう綿貫に川津祐介、園子の告白の聞き手に三津田健という堂々たる布陣。1964年の作品だけに若尾のヌード場面は吹替が多いのだろう、つなぎがぎこちない。

 原作の大阪弁の嫋々たる語りと周到にしかけたどんでん返しをよく活かしているが、光子と園子の年齢が近すぎる。というか、美少女役には薹が立ちすぎていたのだ。「青空娘」の次に撮っていたらと思う。

 岸田をはじめとする他の役者はすべて適材適所でみごと。船越は意志の弱い男をやらせたら天下一品だし、川津は「赤い天使」の役に通ずる変態の役だ。三津田は谷崎とおぼしい小説家の「先生」だが、台詞が一つもないのに岸田に拮抗している。

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Oct25

「妻二人」

 パトリック・クエンティンの『二人の妻をもつ男』の映画化。翻訳ミステリらしい骨太のドラマで、見ごたえがあった。

 大手出版社で、主婦向けの商品の販売も手がける「主婦の世界」の事業副本部長の健三(高橋幸治)はたまたまはいったバーで昔の恋人順子(岡田茉莉子)と再会する。健三はかつては小説家を目指し、OLだった順子に養ってもらっていたが芽が出ず、「主婦の世界」に就職する。健三は社長の娘の道子(若尾文子)と結婚し、遣り手の道子の引きで出世街道を歩みはじめる。捨てられた順子は仕事をやめて健三の前から姿を消す。

 順子は大阪でホステスをやっていたらしく、体をこわしていた。健三は店で倒れた順子を送っていくが、順子の住居は倉庫の二階の殺風景な部屋で、今の恋人の正太郎(伊藤孝雄)の紹介だという。正太郎も小説家志望で、順子が養っていた。

 正太郎は健三のところに強引に原稿を持ちこんできて、たまたま居合わせた道子の妹のリエ(江波杏子)に接近する。二人は意気投合し、結婚すると言いはじめるが、潔癖症の道子は絶対反対だ。

 道子が関西に出張した夜、正太郎から部屋を追いだされた順子が健三を頼って訪ねてくるが、順子の部屋では正太郎が何者かに殺され、リエと順子に嫌疑がかかる。健三は順子の無実を知っているが、義父の命令でリエの架空のアリバイを証言したので、順子が逮捕されてしまう。健三は順子を見殺しにするのか。

 原作はどうなっているのかわからないが、映画では真犯人は最初から明らかにされているので、サスペンスはもっぱら主人公たちの倫理的決断にかかっている。筋立自体はTVの二時間ドラマと変わらないが、『罪と罰』ばりに倫理的決断を山場にするところが決定的に違う。高橋幸治と若尾文子は倫理的決断の苦悩をみごとに演じきり、深い余韻を残している。並の役者がやったら、そらぞらしくなっていたことだろう。

 岡田茉莉子は可愛い女の役で、儲け役である。はねっかえりのお嬢さん役の江波杏子、いかがわしさをぷんぷんさせた伊藤孝雄も好演。

「痴人の愛」

 谷崎潤一郎の原作を現代(1968年)に置きかえての映画化。譲治は石油コンビナートの技師、二人が住む文化住宅は湘南の別荘地に変更している。

 譲治は小沢昭一、ナオミは安田道代時代の大楠道代という豪華版だが、期待はずれだった。

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Oct26

「千羽鶴」

 川端康成の同題の小説の映画化で、タイトルバックに「ノーベル文学賞受賞記念」とある。若尾文子の一番脂ののった時代の作品だけに、女盛りのフェロモンを全開にして鬼気迫るほどだが、増村+若尾コンビの最後の作品となった。

 父(船越英二)の没後、息子の菊治(平幹二朗)が父の二人の愛人に翻弄される話だが、予想を裏切る展開に唖然とした。原作は未読だが、俄然、読みたくなった。

 映画は菊治が父の元愛人で、茶の宗匠をしている栗本ちか子(京マチ子)が鎌倉の古刹で開いた茶会からはじまる。ちか子は両親を亡くした菊治の親代わりのつもりになっていて、菊治を招いたのは貿易商の令嬢(南美川洋子)と見合をさせるためだったが、その席には父のもう一人の愛人である太田夫人(若尾文子)と娘の文子(梓英子)が来ていた。菊治の父はちか子を捨てて、未亡人となった太田夫人を愛人にしたので、ちか子は太田夫人を憎んでいた。太田夫人は控えめなたたずまいにもかかわらず、菊治に父の思い出を語り、文子に制止される。茶会が終わった後、太田夫人は菊治を食事に誘い、彼にすがりつき、そのまま同衾してしまう。それからはジェットコースターである。川端康成は過激だ。

 若尾文子は弱さを武器に年下の菊治に迫り、心臓病にあえぐ姿さえ媚態に変えてしまう。淫靡というか、猥褻ですらある。仇役の京マチ子も凄い。父に捨てられてからは茶の世界で女一人で生きてきたしたたかさもさることながら、ちか子はライバルで憎んでいるはずの太田夫人を実は菊治に近づけようとけしかけていて、胸の黒い痣(!)とあいまって、得体の知れない存在感をもっている。

 後半のヒロインになる梓英子もいい。母への反発から凛とした禁欲的な態度を取ろうとしているが、それだけに触れなば落ちん風情が悩ましい。婆や役の北林谷栄もうまい。

 海外も含めてVHSだけでまだDVDになっていないが、DVD化されたら、即、買いである。

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「女体」

 紛争で騒がしい大学にミチ(浅丘ルリ子)がケバイかっこうで乗りこんできて、理事長の小村(小澤栄太郎)に面会をもとめる。小村の秘書で娘婿の石堂(岡田英次)が応対に出ると、小村の息子に強姦されたので慰謝料をよこせと要求する。調べると事実だったので、小村は学生に攻撃の材料をあたえてはまずいので金で解決するように石堂に命じるが、小村の娘で石堂の妻の明恵(岸田今日子)は自分が金額を値切ると言いだす。明恵は慰謝料を半額にするが、ミチに同情した石堂はミチの言い値通りを払ってやる。感激したミチは石堂に接近し、二人は男女の仲に。

 石堂は典型的なヒステリー性格のミチに振りまわされるまま、どんどん深みにはまっていき、ミチのヒモで自称画家の五郎をはずみで殺してしまう。

 情状が酌量され、石堂は保釈される。彼は大学を辞め、小村から預かった裏口入学の金を横領し、ミチと同棲をはじめる。

 ミチの求めるままバーをはじめるが、ミチの気まぐれな性格のために店は赤字つづき。ミチは商売に身をいれるどころか、石堂の妹(梓英子)の実直な婚約者(伊藤孝雄)を奪おうとつきまといはじめる。妹を親代わりに育ててきた石堂にとって、それは絶対に許せないことだった……。

 「痴人の愛」と「妻二人」を足して二で割ったような話で、増村らしいストーリーではある。寡黙な男を演じる岡田英次はすばらしいし、梓英子と伊藤孝雄もいい味を出している。しかし、肝腎のミチに魅力がないので、失敗作に終わったというしかない。浅丘ルリ子はあられもない格好で、いわゆる「体当たりの演技」をやっているが、頑張れば頑張るほど、ミチはただの神経症患者に見えてくる。台本がまずかったのだろう。

Oct27

「ルーマーズ」

 黒柳徹子は毎年秋にル・テアトル銀座で海外コメディを上演している。前から気になっていたが、今年は20回目なので見てみた。

 ル・テアトル銀座は普段は空席が目立つが、今日はほぼ満席の盛況。ロビーには「徹子の部屋」グッズの売店が店開きし、休憩時間になると海苔巻きやサンドイッチを持ちこんで食べはじめる人がいつになく多い。大体がオバサンで、昔の芸術座の雰囲気に似ている。黒柳徹子ファンのお祭りといったところか。

 出し物はニール・サイモンのシチュエーション・コメディで、話をおもしろくするために舞台は二階建で大きな階段がある。ニューヨーク市長代理のチャーリーの結婚20周年のパーティーに四組のセレブの夫婦が招かれるが、主役のチャーリーは銃で自分の耳たぶを撃ち、パニック状態。夫人とメイドの姿はなく、料理は途中で放りだしたまま。

 最初に到着した顧問弁護士のケン(益岡徹)とクリス(黒柳徹子)の夫婦は銃声を聞き、二階の寝室で耳から血を流しているチャーリーを発見する。状況はわからないが、政治家にスキャンダルは致命傷なので、つづいて公認会計士の夫婦が到着するが、買ったばかりのBMBが乱暴運転のポルシェにぶつけられ興奮状態。ケンとクリスは事実を隠そうとジタバタするが、結局打ちあける破目に。次に精神分析医の夫婦が来ると、ケンたち4人で事実を隠そうとするが、またバレる。最後に上院議員候補夫妻が到着するが、夫の浮気が原因なのか、険悪な雰囲気。結局、バレてしまい、みんなで料理を作ってパーティーらしくなるが、チャーリーは睡眠薬を飲んだのか、朦朧としていて真相はわからないまま。

 ここまでは仲間うちだからいいが、二幕では警官がやってくる。一同はあわて、拳で負けた公認会計士をチャーリーに仕立てることにし、二階の寝室で待機させる。警官が来訪したのは公認会計士夫妻の事故の件とわかったので、ケンが公認会計士になりすます。これで落着したかにみえたが、署から銃声がしたので調べるように連絡があり、いよいよ抜き差しならない状況に。

 ここで二階からチャーリーになりすました公認会計士が降りてきて、辻褄あわせの与太話を滔々と述べはじめる。果たして警官は納得するかと固唾を飲んでいると、思いがけないオチがつく。

 要するにドタバタ喜劇で客席は湧きに湧いていたが、ニール・サイモンらしい洒落た芝居ではない。特に主役はいないが、最初と最後の台詞は黒柳なので、それなりに目立つポジションではある。

 料金分は楽しんだが、もっとましな台本の時に見ればよかった。

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