R.A.ラファティ「絶倫世界」3

加藤弘一
承前

 「何もかもとことんやってしまった」ある日、チャラ・プランダは言った。「いく人か、半分か、いいえ、あたしたち全員、もう何もかもやりつくしてしまった。今こそ最後の仕上げにとりかかるとき。すべてをやりつくすのって、うっとりしてしまう」

 「でも、おまえはやりつくしてなんかいないわよ、あつかましい子ね」リゼッタは言った。「子供を生んだことがある? お母さんや、お祖母さんのわたしみたいに」

 「ええ、生んだわ。あたし、あたし自身を生んだわ。母さんのコーラを生んだわ。あなた、お祖母さんのリゼッタも生んだわ。あらゆる人を生んだわ──絶倫世界生まれの人も、他星生まれの人も。あたしたちは何もかもを、個人としてじゃなく、共同でやったんだわ。あたしたちの種族は、もう、何もかもやりつくしてしまったのよ──あたしと同じように。だから、あとは結末をつけるだけ」

 絶倫世界種族の美々しい若者八名は、やるべきほどのことはすべてやりつくしたと、全員同時に悟ったのだった。あちこちに散らばった彼らはたがいに呼びかわしあい、知らせはウシクサヶ丘から果樹林、山々とかけめぐった。そのことだけを頭いっぱいにして、彼らは全員戻ってきた。集合場所は段丘の頂である。若者たちはそこにすえられた石卓につくと、年長のガイア種族に食事の用意を言いつけた。

 「精いっぱいやるんだよ!」エクセンダイン家のちい姫は年長者に命令した。「今まで考えもつかなかったような最高のご馳走におし。同席は許さない。これはあたしたちだけの晩餐だもの。おまえたちは給仕するだけ。食べたければ、灰でも食べるがいいのさ」

 かくして、絶倫世界生まれではない年長者たちは、一堂に会した若者たちのために給仕をはじめた──しかも、喜々として。胸ときめくすてきな終幕が彼ら全員のために待ち受けているとでもいうのだろうか。

 おそらく、フェアブリッジの顔や身ごなしには「恐怖の喜劇」が最前にもまして色濃く影を落していたが、それでもこの劇は深層の喜劇群のひとつにすぎないのである。いま、フェアブリッジは無惨で索漠とした行く末を予感している。彼は「世界の終焉の喜劇」と「超絶する愛の喜劇」という一対の狂言の真の内容を直観し、おぞけだつのだった。だが、絶倫世界では恐怖さえ喜劇の題材であり、それにはあのギザギザの刃がついているはずだった。

 「あたしたちの持物を全部もっておいで。工芸品も全部だよ」酒と料理に興じながら、チャラは命令した。「楽器、衣装、飾り板、自由彫刻もさ。晩餐を十回開けるくらいの食物を積み上げるんだ。緑の死に装束も用意しな」

 「ひょっとしたら、何かしのこしたことがあるかもしれない」すべてが積みあげられていく中、苦悩に顔蒼ざめたフェアブリッジは思いあまっていった。「本当にすべてをやりつくしたかどうか、考えてみようじゃないか」

 「やめな、やめな。良き父、良き夫、良き恋人、良き先祖にして良き子孫、わが良きフェアブリッジ」ちい姫はいった。「すべてはやりつくした。おまえの心に浮かぶことぐらとうにやりおえたさ。だって、フェアブリッジなるものの心を底の底まで見透かすなど、手もない技だもの。それに、もし、本当にやりおていないことがあったのなら、死んでからやればいいのさ。いまだって、睡りながら、自由自在に心を通じあっているじゃないか。それなら、死にながらもできようし、現に段丘の死者たちがやっているよ。フェアブリッジ、わが情熱、わが泣き虫、わが玩具、わが愛、火山のところへいき、時がいたったと伝えておいで」

 「火山にどうやって話しかけろというのだ?」

 「どうって、じかに話しかければいいのさ、フェアブリッジ。ガイアのことわざにいうじゃないか。乞食が馬に、猫が王様に話しかけるように、火山に話しかけろと」

 「では、何と伝えよう?」

 「ただ、時がいたったと」

 フェアブリッジ・エクセンダインは段丘をたって、ミゼリコルス火山の急峻な東斜面を登っていった。彼はスリ鉢状の火口に出た。火口はぎざぎざになった笑う口だ。眺望を顔に見立てたなら、顔全体が笑いで歪んでいる。片眼は来た斜面のふもとはるか下にえぐられ、もう一方の眼はウシクサヶ丘にあたっている。左右の耳はとんでもない方角に飛び離れ、額ははり裂け、顎は崩れかけた山腹のガレ場だ。みごとに陽気な、これは火山の顔であった──いささか寄せあつめめいて、まとまりを欠いてはいたが。

 とはいえ、この火山は分泌器官としての比重の方がはるかに大きいのではないか。ああ、この山はりっぱに分泌腺として機能していた。絶倫世界全体の必要量をまかなうゴルゴス腺という役割こそ、この火山のものだったのである。

 「ほんとうにこれがそんなに滑稽かね」フェアブリッジはポッカリと口をあけた山にしわがれた声で語りかけた。「どうもわたしの滑稽の観念ではまかないきれないようだ。すこしばかり頭を切換えろというわけか」

 両者はしばし無言で向かいあった。

 「ああ、若い連中に命令されたのさ。時がいたったと伝えてこいとな」フェアブリッジは不機嫌に言った。火山は一吹き、火炎を噴き上げた。残酷な笑い声のまざった轟音が──いや、鼻息がとどろきわたった。フェアブリッジは火山は人間的というより、動物に似ていると思った。

 ついで、火山はひどいしゃがれ声で口汚くわめきだし(「これはさしずめ、わたしの最後の名文句だな」とフェアブリッジは喉の奥でつぶやいた)、ゴロゴロ、ゴウゴウと地をどよもし、噴煙と硫黄臭と熱風を噴出した。フェアブリッジは心の高ぶるまま、火口をあとにした。

 彼はふたたび裾野つづきの段丘に向かった。ガイア星の人々は口々に彼に呼びかけ、ホヴァークラフトが離陸準備を終えている下の平原に降りて来るようにいった。彼は仲間を一顧だにしなかった。彼はそのまま段丘最上部、絶倫世界生まれの世代のところへ向かった。彼の踵に接して、シューシュー息を吐く火の蛇さながら、溶岩流が押しよせた。あたりは窯場で、まるでフイゴで火勢をあおられた高炉の内部だった。

 フェスティナチオ河はたぎりたっていた。河水は沸騰し、身ぶるいするように波が走った。ありとある魚類が水の上にはねた。鈍亀や烏賊も例外ではなかった。火山は噴火の頂点で、かならず河に襲いかかる。新たな段をつくる溶岩が河になだれこんだ。河は煮えくりかえったが、誰も驚きはしない。火山周期のドラマに立ち会ってきた者、一役買ってきた者がどうして驚いたりしよう。

 フェアブリッジは段丘の上、死に臨んだ若者たちのところにたどりついた。

 「ここにいてはならない」ヒーローズは言った。「あなたには資格を得ることは何としてもかなわぬのだ。われらは成就しているが、あなたはそうではない」

 フェアブリッジは、しかし、大地に身を投げ出した。段丘の地面はすでにくすぶりはじめている。

 「あなたはここにいてはいけないのよ、あたしの愛のかたみ、命のかたみ」ちい姫はいった。しかし、彼は乙女の足元につっぷし、足首をかき抱くのだった。

 「あの子たちをこのまま段丘で焼け死にさせていいの? 灰の下にしていいの?」下の平原でジュディ・ブリンドルスビーはいたたまれずに問いかけた。

 「これでいいんだ。なりゆきにまかせるしかない」ヒラリーが言った。

 「でも、星中が焼けるわけではないわ。段丘だけよ、灰と溶岩の下になるのは」

 「そうだ」

 「あの子たちはあそこに坐りこんで、食事をたのしんでる──もう匂う、足の肉が焦げる。みんな花の盛りなのに。どこかに避難すれば、もっと長生きして、もっと幸せに暮らせるのに」

 「そんなことわかるものか。これ以上生きられるかどうか、われわれの理解をこえたことだ」

 「でも、あの子たちは、わたしたちの子供なのよ」

 「そうだ」

 「テーブルから食べ残しを投げてほしい? まるで犬ね、足にまといついて」ちい姫はフェアブリッジに言った。「すぐに行きなさい。ここで死ぬことはないわ。あの人たちと行くのよ。せっかく苦痛と危険の中を、むかえにきてくれたんじゃない」

 ラシュモア・プランダとブレーズ・カーウィンは彼らのところへ来ると、フェアブリッジを引きずって煙をあげる段丘最上段を脱出し、火山灰まじりの溶岩がトカゲのようにはい降りる段々をくだった。みんな火傷を負い、フェアブリッジは大火傷を負った。

 一同はホヴァークラフトに乗りこんだ──絶倫世界生まれではない七人の面々は。彼らは火山の噴煙をついて上昇し、空中で停止した。

 若者たちは──絶倫世界の人々は、焦熱地獄の段丘で石卓についたまま、酒宴に興じていた。熱い灰まじりの赤熱した岩漿が押しよせ、彼らを呑みこまんばかりに盛りあがった。熱い火山灰が彼らを包みこむようにかたまり、護ってくれた。最後まで灰におおわれなかったのは、段丘のいちばん河寄りにすわったちい姫だった。乙女は機上の面々に幸福そうに手を振った。母親のジュディが答えて振りかえした。

 ちい姫の正餐の皿にはとうに熱い灰が山盛りになり、杯には溶岩が沸騰していた。彼女はこともなげに微笑み、炎の液体を飲みほすと快活に死んだ。つぎの瞬間、乙女は溶岩流の下に消えた──すでに見えなくなった仲間たちのように。

 火山は段丘をあらたに二メートルかさ上げして、彼らを埋めてしまった。火山はさらに河にいどみかかって、暴威をふるった。

 「あんなことは起こらなかった。起こるはずはなかったし、起こってよいはずもない」とフェアブリッジ・エクセンダインはうつろに呟きかえすのだった。しかし、フェアブリッジはいま、心ここにあらずの状態だった。彼の心は体を脱け出して、段丘のあらたな最上段、慈悲深き火山灰の中にすわるちい姫のもとに参じていたから。

 「報告書が一苦労だな」ヒラリーは言いにくいことをいった。「いったい、どう説明する? ここにはまともな植民は不可能だとか、結局、あのあわただしい生と死に行きつかざるをえないとか、絶倫世界文化は、本質上、一回ごとに完結する文化だとかを」

 「何を悩むことがあって?」依然として黄金のからだ、エメラルドの眼のエルマ・プランダが言った。「前の調査隊と同じような書類をでっちあげればすむことじゃない。ええ、その通り。わたしたちも彼らと同じように失敗組の烙印を押されるでしょうね。でも、他にどうしろというの?」

 彼女は軍法会議ものの書類をたちまち仕上げた。

 「釘をさされたじゃないか、例の文句を使ったら首くくりものだって」ラシュモアはつっかかった。

 「くくれるものなら、くくればいいんだ」エルマは言いはなった。「ほら。一件落着。もっとも、例によって、誰も納得しはしないでしょうけど」

(Jun 1984 SFマガジン)
続く
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