ヘンリー・ジェイムズ中期の長編、『ある夫人の肖像』の映画化である。
よほど客がはいらなかったらしく、劇場公開はすぐに終わり、名画座にも落ちなかった。映画評はかんばしくなく、たいした作品ではないのだろうと思いこんでいたが、これは傑作である。ジェイムズ・アイヴォリーの口当りのいい葡萄酒のような映画でヘンリー・ジェイムズを知った人は、キンキンに冷えたウォッカのようなこの作品に面食らうかもしれないが、これもヘンリー・ジェイムズである。
森の中で現代の娘たちが踊り戯れている映像の後、本篇に移るが、前置を飛ばし、最初の山場であるウォーバトン卿のプロポーズを断る場面からはじまる。いきなりニコール・キッドマンのハイテンションの演技を見せられても、原作を読んでいない人にはわかりにくいだろう。オズモンドとの結婚までが60分、結婚後が80分という配分なので、せめて粗筋を知っていることが、この映画を見る前提になる(興行的に失敗した原因はここにあるかもしれない)。
プロポーズ拒否にはじまり、冷えきった結婚生活を描き、臨終のラルフとの心のかよいあいが唯一の愛の確認というように、カンピオン流のフェミニズムが色濃く出ているが、ヘンリー・ジェイムズにはそうした面はあるのである。ニコール・キッドマンの抑圧の強い表情がこの作品にあっている。アイヴォリー作品を否定するわけではないが、『ある貴婦人の肖像』はカンピオンが監督して正解だったと思う。
激情のドラマを支えるのは緊張感のあふれる映像である。どの場面もピシッと構図が決まって、何度見ても飽きない。衣装、セットは華麗という方向ではないが、渋い中に繊細をきわめている。カンピオンの美意識が細部まで貫徹されている。みごとというしかない。
初期のDVDなので画質は期待しなかったが、限界はあるものの、予想以上にいい。暗い場面が多いが、黒つぶれはすくない。音は2chだが、音場が広く、人物の移動感が自然である。
特典はインターナショナル版の予告編と、カンピオン、キッドマン、マルコヴィッチ三名の文書資料だけ。