エディトリアル   April 2006

加藤弘一 Nov 2005までのエディトリアル
May 2006からのエディトリアル
Apr04

「ふたりのベロニカ」

 ル・シネマで4月8日まで「ふたりのベロニカ」のニュープリント版を上映しているので、あわてて見てきた。キェシロフスキー原案の「美しき運命の傷痕」の封切を記念して、2週間限定で上映されたが、ほとんど宣伝していない(わたしは別の映画の上映時間を調べていて、偶然発見した)。どうせすいているだろうと思ったら、案の定、すいていた。しかし、夕方でも30人くらいははいっていた。熱心なファンはいるものである。

 2000年10月に早稲田松竹で見て以来だから、5年半ぶりである。キェシロフスキー作品のうち、なぜかこの作品だけは日本でもアメリカでも、DVDが出ていない(フランスでは出ているようである)。VHSでは出ていたが、画質が悪かった。

 2006年11月に紀伊國屋から待望の日本語版DVDが出た。スタンダード版と3枚組のコレクターズ版がある。

 ニュープリントということで期待したが、1991年の作品なので、特に違いは感じなかった。ただし、二ヶ所のぼかしはとれていた(露出狂の場面と、フランスのベロニカのベッドシーン)。

 1992年の封切時はキェシロフスキーの知名度は低く、イレーヌ・ジャコブという無名の新人がカンヌの主演女優賞をとったくらいしか売物がなかった。そのために2週間か3週間しか上映されず、パンフレットも部数がすくなかったらしく、ずっと入手できずにイタ。今回、そのパンフレットが売られていた。封切時の復刻版で、新しい記事が追加されているわけではないようであるが、ル・モンドの記事の「魂の家族」という表現には同感した。

 「トリコロール」のサントラは売っていたが、肝腎の「ふたりのベロニカ」の方はなかった。ポーランドのベロニカは声楽家としてのデビュー公演中に命を落とすが、その時演奏する「18世紀オランダの歌曲」は実はキェシロフスキーの盟友であるズビグニュー・ブレイスネルのオリジナルなのである。「ふたりのベロニカ」のテーマは、「トリコロール」の「青」のテーマとともに、映画音楽の枠を越えた傑作だと思う。「トリコロール」と「デカローグ」のサントラはもっているが、「ふたりのベロニカ」は注文してもずっと品切だった。今回、調べたら、フランスでは出ているようである。

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 NHKが「ドキュメント北朝鮮」を4月2日から三夜にわたって放映した。第1集「個人崇拝への道」はソ連から送りこまれた金日成が独裁権力を確立し、生みの親であるソ連を振り回すようになるまでを、第2集「隠された“世襲”」は他の社会主義国の目を欺いて権力を金正日に世襲させるまでを、第3集「核をめぐる戦慄」は危機を演出して軽水炉と重油をただで手に入れながら、裏ではちゃっかり核兵器を完成させていた二枚舌外交を描いている。

 特に新しい情報はなかったが、旧ソ連や旧東ドイツの直接の関係者にインタビューし、本人の口から語らせたのは凄い。こういうことは民放では不可能だし、歴史的に一級の資料になる。意外だったのはソ連は軍事同盟をネタに北朝鮮に振りまわされ、アメリカとの不本意な戦争に引きずりこまれるのではないかとはらはらしていたというのだ。ソ連共産党で長年朝鮮問題を担当していたワジム・トカチェンコ氏はプエブロ号事件の時の緊迫した状況を語り、最後に

「北朝鮮は、ソビエトにとって常に頭痛の種でした。……私は時折思います。このような人々と、全く関わりを持たないほうがいいと。不用意に関わると、こちらが病気になり、傷付くことになるのです」

と吐き捨てるように言った。

 見ごたえのある番組だったが、気になることもいくつかあった。「金日成」贋物説が1945年当時からあったことは紹介していたが、1994年に死んだ「金日成」の本名が金成柱だということはスルーしていた。また、ソ連が顧問団として送りこんだカザフスタンの朝鮮族の由来に触れてほしかった。

 中国の関係者の証言がまったくなかったのも残念だ。中国政府が取材を許していないのだろうが、旧ソ連の関係者があれだけ憤懣をためていたのだから、中国側の関係者も言いたいことはたくさんあるだろう。金正日体制が崩壊したら、ぜひ中国側の証言を集めた番組を作ってほしい。

Apr05

「さよならみどりちゃん」

 南Q太の同題のマンガの映画化である。

 星野真理がはじめてヌードになったというので評判になったが、彼女のコアなファンならともかく、売物になるほどのヌードではない。ああいう胸なら、さらさない方がよかったと思う。

 ヌードはともかく、映画はマイナー趣味が横溢していて、悪くはなかった。

 OLのゆうこ(星野真理)は学生時代にアルバイトをしていたスナックの店長のユタカ(西島秀俊)と関係ができるが、最初から沖縄に行っているみどりという彼女がいると宣告される。それでもゆうこはユタカに引かれ、尽くしつづける。近所の有楽というスナックでアルバイトしろと言われれば、昼の仕事とかけもちでアルバイトをはじめる。

 星野はバカな女を懸命に演じようとしてはいるが、バカな女にはなりきれていない。最後まで顔のわからないみどりというライバルに対する敵愾心だけから、無茶をやっているようにしか見えない。だから、可愛くない。ヌードになったくらいでは、プライドはとれないのだろう。

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「帰郷」

 東京で就職している晴男(西島秀俊)のところに、千葉の漁村で一人暮らしをしている母親(吉行和子)から、突然、再婚するという葉書が届き、結婚式に出るために帰郷する。

 二次会で行った友人がやっている寿司屋で、晴夫は初体験の相手であるミユキ(片岡礼子)と再会する。彼女は他の町に嫁いだが、離婚して、子供を連れて帰っていたのだ。

 三次会を断った晴夫はミユキとまた関係するが、彼女は娘の父親は晴夫だとほのめかし、翌日、娘に会いに来てくれと言いだす。

 ミユキの家に行ってみると、千春という娘がいるだけで、ミユキはいない。昼に帰ってくるというが、なかなか帰宅せず、勤め先のスーパーに電話すると風邪で休んでいるはずだという。そこへ寿司屋の友人から、昨夜の会計が会わないという電話がかかってくる。晴夫はミユキは失踪したものと思いこみ、千春とともに母親探しをはじめる。

 前半部分はとにかくおもしろい。片岡礼子は出番はすくないが、強い印象を残す。しかし、疑似父娘のロードムービー部分は中だるみするし、結末は安っぽい。

 低予算で現地の人の好意にすがったという感じありありの、マイナー臭濃厚な映画。もうちょっと予算をかけていれば、面白くなったかもしれない。

 ラストはあっけない。もう一捻りほしかった。

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Apr08

 アメリカ地理学協会は名のみ知られていた「ユダの福音書」のコプト語写本を入手し、解読に成功したと発表した(日経BPニュースasahi.comSankei Web)。写本の実物は4月6日から、ワシントンD.C.の同協会本部で展示されているという。

 「ユダの福音書」は異端の書として、初期キリスト教文献に言及されていたが、写本は残っていないとされていた。1970年代にパピルス13葉からなる写本が発見されたが、長らく買い手がつかなかったためにアメリカの銀行の金庫に死蔵され、どういう文書であるかもわかっていなかった。2001年からアメリカ地理学協会の支援する国際チームが文書の修復と解読にとりかかったが、冒頭に「イスカリオテのユダとの対話でイエスが語った秘密の啓示」と、文書の最後には「ユダによる福音書」と記されていて、幻の福音書と判明したもの。オリジナルはギリシャ語で、3世紀ぐらいに書かれたグノーシス文書らしい。

 新約聖書編纂にあたってはずされた福音書は他にもある。「ヤコブ原福音書」、「ペテロ福音書」、「ニコデモ福音書」、「マリア福音書」などの断片が残っており、講談社文芸文庫の『新約聖書外典』で読むことができる。『トマスによる福音書』はグノーシス文書としてが有名だが、あれもエジプトで発見されたコプト語写本だった。

 新聞では「ユダは裏切り者じゃない?」、「ユダの裏切りはイエスの指示?」のようなセンセーショナルな見出しがついているが、グノーシス文書なら、そういう内容であってもおかしくはない。ユダの行為をそのように解釈した一派が存在したということであって、史実かどうかとは別の話だ。

 なお、詳しい記事が4月28日発売の「ナショナル・ジオグラフィック 日本版」に載り、5月には『ユダの福音書を追え』という単行本が出るそうである。

「レイクサイド マーダーケース」

 東野圭吾の『レイクサイド』の映画化。最初の一時間は毒のある二時間ドラマという感じで、なかなか面白かったが、後半がよくない。

 湖畔の別荘で三組の家族がお受験のために合宿している。一家で合宿するのは両親の面接の練習もあるからだ。

 主人公の並木俊介(役所広司)は遅れて到着する。彼は内心、お受験に批判的だったし、新しい愛人ができて、妻の美菜子(薬師丸ひろ子)とは別居中だった。ただでさえ浮いているのに、愛人で女流カメラマンの高階英里子(眞野裕子)が仕事の資料を届けると称して別荘にやってくる。彼女は志望先の名門中学の出身であることがわかり、夕食に参加することになる。

 俊介は英里子と密会するために、仕事で東京にもどると称して別荘を出るが、彼女はホテルにいない。仕方なく別荘にもどると、英里子は居間で殺されており、妻の美菜子に自分が殺したと告白される。

 俊介は警察に連絡しようとするが、お受験合宿で妻が愛人を殺したということが公になれば、子供の将来が滅茶苦茶になると別荘の持ち主の藤間(柄本明)に止められる。俊介は妻が犯人という負い目もあり、ずるずると死体処理に加担していく。

 ここまではよいのだが、この後のどんでん返しで失速してしまう。原作がどうなっているのかはわからないが、映画は説明不足で、構図の嘘臭さを中途半端なお受験批判を声高にくりかえしてごまかそうとしている。

 柄本明はよかったが、他の出演者はリアリティなし。殺される眞野裕子は美人だし、プロポーションがすばらしいが、映画に生かされていない。ローラ・パーマーのように死体をビニールに包むなら、もっと見せ場があったはずだ。

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カナリア

 オウム事件から想をえた映画だが、カルト宗教そのものがテーマではなく、身勝手な親に振りまわされる子供がテーマである。この映画は公開時期の近かった『誰も知らない』と比較され、貶されてきた。どちらも現実の事件に取材しており、12歳の少年が無責任な親に代わって家長となろうとする話なので、較べられるのは当然だが、実物を見てみると、『誰も知らない』に勝るとも劣らない傑作だとわかった。どっちが上かという議論は不毛だが、この作品はまだ正当な評価がされていないと思う。

 主人公の岩瀬光一(石田法嗣)は母親の道子(甲田益也子)に連れられて、妹ともにカルト教団ニルヴァーナで出家させられ、親と別れ、教団施設で暮らすようになる。母親は大幹部に出世し、兄妹のいる施設を訪れることもあるが、二人が駆け寄ると、修行のためだと突きはなす。

 教団は無差別大量殺人事件をおこし、母親は実行犯の一人として指名手配になる。警察は施設にいた子供たちを保護し、児童相談所に収容する。祖父は妹は引きとったが、光一の引き取りは拒否した。光一は妹を祖父からとりかえすために、滋賀の児童相談所を脱走し、東京の祖父の家に向かおうとする。

 途中、父親から虐待され、援助交際で小遣い稼ぎしている由希(谷村美月)という同年齢の少女と知りあい、いっしょに東京にいくことになる。レスビアンのカップルが二人を助けてくれるが、年上の女(りょう)には子供がいて、勝手をやって、子どもを泣かせているらしい。彼女は親としては無責任だが、女としては輝いている。そういう現実を光一は知る。

 二人はやっと祖父の家にたどりつくが、娘を教団大幹部にした責任を問う落書だらけで、家は無人だった。当然、引越先はわからない。

 二人は途方にくれ、金もなく東京をさまようが、運よく教団で子供の世話係だった伊沢(西島秀俊)に拾われ、元信者が身を寄せあって暮らしているリサイクル店で世話になる。このコミュニティはかなり肯定的に描かれているので、反発する人がいるかもしれない。子供に全財産を寄進されてしまい、行き場所がなく出家した盲目の老婆(井上雪子)のエピソードは泣かせるが、似たような話は現実にもあったようである。

 伊沢のおかげで祖父の転居先がわかり、二人はそこへ向かうが、駅前の食堂でオムライスを食べていると、光一の母親が他の幹部とともに集団自殺したというニュースが放映される。ショックを受けた光一に代わり、由希は一人で祖父の家に乗りこんでいく。

 『カルトの子』に出てくるようなエピソードもあるが、教団はあくまで背景であって、作品の本質は家族回復のロードムービーである。こんなに美しくも痛ましいロードムービーは『パリ、テキサス』以来だ。

 『パリ、テキサス』のトラヴィスは家長になれずに去っていくが、光一は幼い家長になろうとする。今の日本でそんなことは不可能であり、家長としての責任を妹の埋葬で示した『誰も知らない』の結末に一歩を譲るが、こういう結末しかなかったのかもしれない。

公式サイト amazon
Apr12

 11日、日本政府はDNA鑑定の結果、拉致被害者の横田めぐみさんの夫が、やはり拉致被害者である韓国の金永南キム ヨンナム氏である可能性がきわめて高いと発表し、民間団体の招きで「北東アジア協力対話」のために来日中の北朝鮮の金桂冠外務次官に口頭で伝えた(asahi.com朝鮮日報)。

 この事実は7日に韓国の中央日報がスクープしたが、日本政府はまだ鑑定結果は出ていないとして確認していなかった(Sankei Web)。六ヶ国会議の代表者が顔をそろえるので、ミニ六ヶ国会議とも呼ばれている「北東アジア協力対話」にぶつけるとは、日本もやるものである。

 北朝鮮は「北東アジア協力対話」に六ヶ国会議の首席代表と次席代表を送りこんできた上に、首席代表の金桂冠外務次官は来日早々、ヒル国務次官補と会談したいと積極的な姿勢を見せていた。これまでの北朝鮮は出席したり、会談に応じるすること自体を交渉カードにしてきた。アメリカの経済制裁がよほどこたえているのだろう。

 日経の田村秀男氏の「プロの視点」というblogの「ブッシュ・小泉と北朝鮮問題の深層」に恐ろしいことが書いてある。田村氏は小泉政権発足直後にワシントンを訪れたが、ホワイトハウス高官から小泉首相に対する異例なほどの支持を聞かされたという。アメリカがそこまで支持するのは、小泉首相は北朝鮮のダーティマネーに汚染されていない唯一の日本の政治家だからだというのだ。

 このとき、ホワイトハウスには日本の不良債権問題や北朝鮮問題に関する精緻な報告書が寄せられていた。その要点は(1)不良債権問題については日本の裏社会が深く関与しているうえに、一部の政治家、官僚、企業までが闇勢力に取り込まれている(2)日本の有力政治家の中で資金面を含め北朝鮮とのいかなるつながりもないと断言できるのは小泉純一郎だけだ――。
……中略……金正男(北朝鮮の金正日書記の長男)は2001年5月に成田空港の入国管理局に拘束されたが、それまでは成田空港で正規の入国手続きを経ずに何度も日本に出入りし、東京都内の高級マンションや赤坂に出没していた。航空会社乗務員専用の出入り口から入出国していた疑いがあるが、特殊な政治的はからいがなければ不可能だったはずだ。

 朝鮮総聯の家宅捜査が可能になったのは野中元幹事長が政界を引退したからだと勝谷誠彦氏が書いていたが(2006/03/24の項)、こういう話がようやく表に出てきたのである。

 さて、金正男氏であるが、あいかわらず、趣味生活を楽しんでいるらしい。Mainichi Interactiveから引く。

 韓国のテレビ局が年末に放送する歌謡大賞やコメディー大賞などの授賞式を録画して送ってほしい−−。12日付の韓国紙、東亜日報は北朝鮮の金正日(キムジョンイル)総書記の長男、金正男(キムジョンナム)氏が、中国にいる工作員や韓国にいるスパイに電子メールなどで、自分が関心のある番組の録画テープなどを送るよう指示していたと報じた。
 同紙によると、ソウル地検は中国にいる北朝鮮の工作員から報酬を受け取って韓国の情報を渡していたとして、韓国に住む台湾系華僑を11日までに国家保安法違反の疑いで逮捕。この捜査過程で明らかになったという。

 金正日もハリウッド映画の大作が公開されると、大使館にすぐにフィルムをとりよせさせるそうだから、親子そろって国家機関を私物化しているわけだ。しかし、危険を冒して韓国に潜入しているスパイの方も、こんな情報収集ではやる気がなくなるだろう。

 三代目は弟の金正哲氏だという報道が多いが、中国は金正男後継を考えているという見方がある。

 今月の「正論」に萩原遼氏が「北朝鮮から出た「金日成謀殺説」」という文章を書いている。萩原氏は金正日が路線対立から金日成を暗殺したとする説を以前から主張していたが、おやと思ったのは、中国では金正日が金日成を暗殺したと書いた雑誌が発行停止になっていないという条である。

 中国に言論の自由はない。公安当局が目を光らせており、中国共産党にとって不利益となる文章を活字にすることは不可能だ。事実かどうかはともかくとして、「血の盟約」で結ばれたはずの友邦の指導者を誹謗する内容の雑誌が中国でお咎めなしだというのはどういうことか。

 萩原氏は中国は金正日を見限っており、金正日の後継には金日成を尊敬しているが、金正日は憎んでいる人物がふさわしいと考えているとしている。その条件に合うのが金正男氏だというわけだ。

 儒教的メンタリティが強固に残る北朝鮮で父殺しは最大のスキャンダルである。金正日が父であり、建国の英雄である金日成を暗殺させたということになったら、民衆も幹部も思考停止状態になり、体制改造が容易になるだろう。

 金正日を父殺しに踏み切らせた路線対立がまた凄まじい。萩原氏によれば、金正日は敵対階層を絶滅させる計画をもっており、そのために1996年から8年にかけての飢餓状態を故意に引きおこしたというのだ(詳しくは萩原遼『金正日 隠された戦争』)。

 暗殺説、そして計画的大量餓死説が事実かどうかはわからない。しかし、中国が金正日後の北朝鮮に野心をもっているとしたら、そうした噂は決してマイナスではなく、むしろプラスに働くだろう。

(過去の経緯を考えれば、中国が金日成にいい感情をもっているとは思えないが、金日成まで否定しては、金正日後の北朝鮮はアノミー状態に陥ってしまう。金日成の権威を利用して混乱をおさめ、徐々に中国化していくのが利口なやり方である。)

 萩原氏は中国は北京五輪後に金正日失脚をしかけると見ているが、アメリカの経済制裁は大きな効果をあげており、それまでもつとは考えにくい。

 ロシアはどう出るだろうか? 宮崎正弘氏の2006年1月6日付メールマガジンに興味深い指摘がある。昨年8月に山東半島とウラジオストックでおこなわれた中ロ合同軍事演習は台湾上陸を想定したものとされてきたが、本当の狙いは北朝鮮上陸だというのだ。

米国きってのアジア通のひとり、ジョン・タシクが「八月に行われた中露軍事演習の想定した対象は台湾攻撃ではなく北朝鮮防衛だった」と瞠目すべき分析をしている。またロシアが中国に協力するかたちで北朝鮮の独裁王朝の崩壊を必死でくい止めようと協力していると分析するのである。
タシクは北朝鮮防衛シナリオの根拠として「(1)演習想定に地上部隊の抵抗と航空戦力による反撃がない (2)演習場はウラジオストクと山東半島という北朝鮮を挟む両端である。(3)台湾攻撃でロシア参戦の可能性は極めて低い」。

 本当に台湾上陸を想定した演習だったら海南島でやるはずであり、北朝鮮上陸を想定しているという指摘は説得力がある。

 しかし、アメリカが北朝鮮を攻撃するとしたら航空攻撃にとどまるだろうし(イラク駐留兵力の確保に四苦八苦している今のアメリカに地上戦の余裕はない)、韓国軍が北進するなどということはまったく考えられない。金正日政権防衛のために、中国とロシアが北朝鮮に軍を上陸させるという仮定はおかしい。

 わたしは中国とロシアは北朝鮮を分割占領しようとしているのではないかと疑っている。北朝鮮の空軍は一撃で潰せるから、防空演習は不要である。もちろん、なんの根拠もない空想であるが、人道を口実にすれば金正日政権つぶしを世界は容認するのではないか。

「道」

 学生時代に早稲田松竹で見た映画を30年近くたって、ふたたび早稲田松竹で見ることができた。上映前にフィルムの状態がよくないとアナウンスがあったが、数ヶ所傷があるものの、それ以外はきれいだった。

 映画史に残る名画なので内容については書くまでもないが、記憶が怪しくなっていることに気がついた。綱渡り芸人という重要な役が記憶の中ではきれいに消えていたのだ。恐ろしいことである。

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「カビリアの夜」

 これも映画史に残る映画。つっぱっているが、寂しくてたまらない娼婦がしょうこりもなく男にだまされ、全財産を奪われる話だが、ラストに救いがある。

 こちらのジュリエッタ・マシーナは小泉今日子に似ている。小泉今日子主演でリメイクしたらどうだろう。

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Apr15

 日経BPにミステリ作家の斎藤純氏が「ネットによって可能になった田舎での作家生活」という文章を書いていた。

 どうということのない内容だが、「雑誌によってはゲラのチェックもPDFファイルをやりとりしてできるようになった」という箇所で、へぇーと思った。

 この記事に目がいったのは、最近、FAXを買い換えたからである。今さらFAXを買うのは抵抗があったが、出版界のIT化は、ミステリとSFを除くと遅れている。純文学業界は特に遅れていて、ゲラのやりとりにFAXを使うという状況は今後もずっと変わりそうにない。

 買うまでは釈然としなかったが、使いはじめると便利である。

 新しい機械はMFC-425CNという複合機で、FAXだけでなく、プリンタやスキャナも兼ねている。秀逸なのはLANかUSBでつないだパソコンからワープロ・データを直接送信したり、FAXで受信したデータをとりこんだり、送信者情報を入力したり、電話番号リストをメンテナンスできることだ(現行機種はMFC-460CNで、無線LAN対応など機能が強化されている)。

 プリンタでFAXを選ぶと、図のような電話機ウィンドウが出てきて、相手の電話番号を入力すると、そのまま文書が画像化されて送信される。メモリ受信した画像をパソコンに転送して保存したり、パソコンのモニターで読んだりもできる。幕の内弁当的というか、日本のメーカーはこういうのを作らせるとうまい。

 紙原稿を送る場合は蓋の上のガイドに原稿を載せると、蓋の上の読みとり装置に一枚づつ吸いこまれていき、全部読みとったところで送信するようになっている。メモリに蓄積されていくので、読みこみ自体は一瞬だ。また、蓋を開けると出てくるフラットベッド型スキャナーから読みこませることも可能である。

 難点はB4で送られてきた画像がA4に縮小されてしまうことだ。ゲラはB4が多いので、虫眼鏡が必要なこともある。返送はファイン・モードでやっているが、今のところ支障は出ていない。

 口コミ情報を見ると、外付のナンバーディスプレイでトラブルが出ているようであるが、ナンバーディスプレイは使っていないので関係ない。

 プリンタは置き場所がないので、これまでは押入の中にしまっていた。印刷するには本をどかして場所をあけるところからはじめなければならないので、一大決心が必要だった。年賀状以外、一度もプリンタを使わない年がけっこうあった。FAXを置いていた場所に設置したので、クリックするだけでプリントアウトできる体制がはじめて整った。こうなると地図とか映画の時間表とか、ちょっとメモすればいいものまでプリントアウトしてしまう。オフィスから紙がなくならないわけである。

 北朝鮮がおもしろいことになっている。将軍様はマカオの銀行の預金を封鎖され、幹部にプレゼントが配れなくなって慌てているが、アメリカはさらに二の矢、三の矢を放とうとしているのだ。

 まず、スイスの銀行口座の調査である。ヒル国務次官補は「核兵器を製造し、弾道ミサイルがあると主張する国は、その財源がどこにあるのか詳しく調べられることになる」とソウルで言明し、金正日総書記がスイスの銀行にもっている個人口座の調査を示唆した(Sankei Web)。

 スイスの銀行の匿名制は9.11以降崩れているから、逃げようがない。アメリカはすでに金一族の口座を把握しており、非公式に凍結を要請しているらしい。

 5月8日からは、改正された「外国資産管理規則」が施行され、アメリカ市民と企業、アメリカに支店や支社をおく外国企業は、北朝鮮船籍の船舶の保有はもとより、利用することも、船舶保険を提供することもできなくなる。全世界の北朝鮮船籍の船舶リストはすでにできあがっており、韓国、オーストラリア、ニュージーランドなどの同盟国の船主にも北朝鮮船籍を取りけすように通告しているという(朝鮮日報東亞日報)。

 しかもアメリカは北朝鮮を「資金洗浄優先懸念国家」に指定しようとしている(朝鮮日報)。指定されると、アメリカの金融機関だけでなく、アメリカに支店をおくすべての金融機関は北朝鮮との取引が、間接的なものもふくめて、一切できなくなる。

 アメリカに支店のないような金融機関は貿易の決済には使えないから、この措置は貿易を事実上禁止するに等しい。2002年12月に指定されたウクライナは4ヶ月でアメリカの軍門にくだっている。

 重要なのは、アメリカはスイスの個人口座に対する措置以外は、核兵器開発とはリンクさせていない点だ。北朝鮮が6者協議に復帰し、核兵器を廃棄すると約束したとしても、贋ドルや贋煙草、麻薬などの闇ビジネスをすべて放棄しない限り、金融制裁は解除されないのである。

 闇ビジネスにはさまざまな勢力の実利と特権がからんでおり、独裁者といえども手が出せない。幹部にプレゼントが配れなくなったくらいで慌てている将軍様には手に余る難事だ。無理にやめさせようとしたら、暗殺されるか反乱が起こるだろう。

 核兵器の放棄も無理である。将軍様は大国アメリカに一歩も譲らなかったという一点で威信を保ってきた。核兵器が威信の源泉だった。もし核兵器を廃棄したら、幹部にプレゼントが配れない以上の激震をまねく。

 将軍様は核兵器も闇ビジネスもやめるにやめられないのだ。6者協議は核ミサイルが完成するまでの引き伸ばしにすぎない。アメリカはこれ以上の引き伸ばしをやめさせる決断をくだしたと考えた方がいい。

 北朝鮮は暴発するのだろうか。それとも、アメリカが先制攻撃に踏み切るのだろうか。

 わたしはどちらもないと考える。アメリカが金正日総書記を追いつめる決定を下した背景には、一昨年あたりから顕著になった中国による北朝鮮の植民地化があると思われるからだ。

 中国資本は2004年頃から北朝鮮の鉱山を手はじめに港湾施設や国家基幹施設を次々と手中におさめている。中国しか頼れる国がない状況で、将軍様の足元をみたかっこうだ。茂山の鉄鉱山、両江道恵山の銅山、会寧の金山、満浦の亜鉛鉱山など、北朝鮮の虎の子の優良鉱山が中国資本の手に落ちているし、海上油田の「共同開発権」も中国資本が獲得した。日本海に面する軍港で、日本人拉致にも使われた羅津港では、第3・第4埠頭を50年間独占する契約を締結しており、海上油田を守るために「共同艦隊」を設立する話もあるという。「共同」といっても、北朝鮮は最貧国である。実質的には中国の艦隊になるのは目に見えている。

 平壌では3300万ドルの巨費を投じて大安親善ガラス工場を建設しているし、第一百貨店など3つの大きなデパートと2つのホテルの運営権も中国資本のものになっている。中朝「経済特区」構想も動きだしている。「経済特区」というと現代風だが、昔風にいえば「租借地」である。

 朝鮮日報の「中国の対北朝鮮投資の意図とは?」によると、中国による北朝鮮への経済進出には三つの見方がある。

 第一は単なるビジネスという見方である。北朝鮮は10年前の中国と同じような状況なので「中国の商人たちは北朝鮮のようなところでどのようにすれば稼げるかを知っているために投資している」というわけだ。

 だが、北朝鮮に大規模投資をおこなっているのは政府系企業だそうだし、共産党とのつながりがなければ大きな事業のできない中国で単なるビジネスと言いきるのは無理がある。

 しかも、北朝鮮はリスクのきわめて大きな国である。いざという時、人民解放軍が助けにきてくれる保証がなければ、利にさとい中国人が投資するはずはない。

 第二は「血の盟約」で結ばれた北朝鮮を守るためという見方である。中国が北朝鮮を維持するのにかかる費用は年間20億〜40億ドルで、それほど多額な費用ではないというわけだ。

 今の中国にはその程度の費用はなんでもないのかもしれないが、核開発に固執し、贋ドルや麻薬密輸、拉致で世界中から指弾されている金正日政権が中国のプラスになっているとは考えられない。東北部(旧満洲)の発展にはあきらかにマイナスである。中国は北朝鮮という国は必要としているかもしれないが、金正日政権は必要としていないだろう。

 第三は国家戦略の一環という見方である。朝鮮日報から引く。

 高麗大の南成旭(ナム・ソンウク)教授は「ポスト金正日まで念頭に置いたものだ」とする。金正日体制が崩壊した場合、韓米同盟を通して米国の北朝鮮に対する影響力が増大する可能性をあらかじめ断ち切り、さらに親中政権を打ち立てるためだという。南教授は「中国が北朝鮮を東北3省の資源補給基地として利用しながら、東北部の第4の省として吸収する可能性も排除できない」としている。

 わたしはこの見方が一番説得力があると思う。北朝鮮と満洲の工業地帯を一体化させるのは、戦前の日本の構想そのままだ。

 中国は北京五輪があるので、北朝鮮の混乱はなんとしても避けたいはずである。金正日政権が崩壊したり、金正日総書記の身に変事があったとしたら、中朝国境に待機している30万の人民解放軍は治安を維持し、中国資本の権益を守るために、北朝鮮にはいらざるをえないだろう。北朝鮮の核は中国にとっても邪魔だから、中国が始末するはずだ。そうした展開は、日本にとっても、アメリカにとっても決してマイナスではあるまい。

Apr17

 また北朝鮮ネタだが、東京新聞に「北朝鮮で占い復活」という記事が出ていた。

 北朝鮮は社会主義の看板をかかげているので占いは禁止されているが、1996年以降の深刻な食糧難以来、占いが流行しているというのだ。

 笑ったのは次の条である。

 占い師たちはお告げのときに、「金正日(キム・ジョンイル)総書記の恩恵」とか「金日成(キム・イルソン)主席のおかげ」といった最高指導者をたたえる言葉を付けるが、警察に摘発された場合、罪を軽くしてもらう言い訳に使うのだという。

 占いまで将軍様の讃美をするとは、あの国らしい。

 なお、Feb20 2005で、北朝鮮から脱北した占い師にふれている。

 さらに占いネタ。Forbesによると、613名の億万長者の誕生日を調べたところ、12%にあたる70名が乙女座生まれで、12星座中、一番多いという結果が出たそうである(国際時事新聞より)。一番すくないのは射手座で、半分の6%にすぎない。

 Forbesの記者は乙女座は勤勉で几帳面で、分析的な性格とされているから、意外な結果とはいえないと結んでいるが、各星座別の出生率で補正しないと多いかどうかは判断できないはずだ。

 うろ覚えだが、夏の間は受精率が下がるので、牡牛座〜蟹座生まれがすくなく、射手座〜水瓶座が多いという説を読んだ記憶がある。

 「星座と交通事故」というページによると、徳島県警が調べた交通事故を起こしたドライバーの星座別統計では山羊座〜魚座が多くなっている。この結果は山羊座〜魚座生まれが事故を起こしやすいということではなく、山羊座〜魚座生まれが多いということを意味しているにすぎない。もっとも、同ページのオーナーは、星座別のばらつきは統計的に有意な差ではないといっているが。

 乙女座は出生率が高い方ではなかったから、ちょっと気になる結果である。誰かきちんと分析してくれないだろうか。

「審判」

 東京裁判をテーマにした木下順二の『神と人とのあいだ』(岩波文庫『木下順二戯曲集3』に収録)第一部、『審判』を民藝が36年ぶりに再演した。サザンシアターは補助席が出る盛況だったが、テーマがテーマだけに、客席は老人が目立った。

 舞台奥には連合国に参加した11ヶ国の国旗が並び、その前の判官席に各国から選ばれた11名の裁判官が着席する(8人は人形)。裁判官席の前に証言台があるが、客席側に向いている。舞台上手のテーブルを弁護側が、下手のテーブルを検事側が囲んでいる。28名の被告は証明のシルエットと声だけで登場。

 第一幕は東京裁判開廷と、その直後の管轄権問題で、首席弁護人(大滝秀治)と、ニュージーランド人判事(野鶏三)と裁判長のオーストラリア人判事(里居正美)、アメリカ人の主席検事(鈴木智)が論戦をくりひろげる。東京裁判は、それまでの国際法にはなかった「平和と人道の罪」で日本の戦争指導者を裁いたが、管轄権問題とは「平和と人道の罪」で裁くことの当否を問う、裁判の根本に係わる議論をさす。

 東京裁判は、法律論的にいえば、あきらかに事後法による裁きであって、A級戦犯に対する訴追はおかしいが、主席検事は戦争で被害を受けた連合国側11ヶ国の国民は、戦争を起こした日本の指導者に復讐する権利があると、東京裁判が復讐の場であることを明言して反論する。無茶苦茶な話である。

 首席弁護人の大滝は声涙くだる名演だったが、首席判事役の鈴木は台詞を何度もとちり、興を削いだ。

 第二幕は戯曲の第二部と第三部にあたる。第二部はベトナムのランソンにおける捕虜と民間人の虐殺事件を審理する。

 フランス人検事(梅野泰靖)とフランス側証人(小杉勇二)の主張を、二人のアメリカ人弁護人(水谷貞雄と伊藤孝雄)が理路整然と突き崩していく。第一部は丞に訴える部分が大きかったが、第二部は法廷劇らしい法廷劇になっていて、ディベートの醍醐味が味わえる。

 殺された70人のうち、20人はベトナム人だったことから、45人のフランス兵士と5人のフランス民間人はド・ゴール派反乱軍だった可能性が濃厚になっていくが、捕虜として国際法で保護されるのは軍服を着て、指揮に服した正規兵だけだという知識は若い観客に期待できるだろうか。客席は年寄りばかりだったからよかったが、若い観客を対象にする場合は相当説明をくわえる必要があると思う。

 第三部は「平和と人道の罪」に問われるのは日本だけかという問題である。前半は「平和と人道の罪」の根拠の一つとなったケロッグ不戦条約に違反したのは日本だけではないという問題。弁護側は連合国側の違反例を一つ一つあげていくが、裁判長は文書に識別番号をあたえただけで証拠採用を却下していく。

 議論の途中、アメリカによる原爆投下とソ連参戦がクローズアップされていく。ロシア人検事(杉本孝次)を道化役に使ったのは成功しているが、ちょっと詰めこみすぎというか、急ぎすぎた。原爆投下は原爆投下で、ソ連参戦はソ連参戦で、別個にあつかわれるべきだったと思うが、そうなると3時間以上かかってしまうだろう。

 木下順二の戯曲は法律のややこしい議論を巧みに演劇化し、東京裁判のインチキさを浮き彫りにすることに成功している。

Apr19

 演劇博物館が開いた山崎清介氏のトークショー、「「子供のためのシェイクスピア」と私」を見てきた。聞き手は野田学氏。

 「子供のためのシェイクスピア」は旧東京グローブ座がパナソニックの支援を受けていた1995年に誕生したシリーズで、これまでに12回公演をおこなっている。わたしは2002年の「ヴェニスの商人」と今年の「十二夜」を見ている。

 パナソニックの旧グローブ座支援は2002年度で終わり、「子供のためのシェイクスピア」も「ヴェニスの商人」が最後といわれていたが、なんと、劇場を変えてその後もつづいていた(見逃したのが悔やまれる)。今年の夏休みには4年ぶりに東京グローブ座で公演をするそうである。

 「子供のためのシェイクスピア」のすごいところは、ゲームをプラスする程度で、小田島訳の台詞をあまり変えていないことである。子供相手でそんなことができるのかと思うかもしれないが、みごとに成功しているのである。

 ただ、そこには工夫がある。長台詞や独白は細かく分割し、コロス役の役者たちに喋らせている。モノローグをコロスとの対話に変換したわけだが、この効果は長い独白で絶大で、内面の葛藤が目に見える形で舞台の上に引きだされるのである。

 山崎氏は第1回から出演し、第2回からは演出・構成も担当しているが、その前からグローブ座カンパニーの一員として、パナソニックの資金でまねいた外国の演出家による上演に出演していたという。今にして思えばすごい顔ぶれが招聘されていたが、料金は意外に安かった。山崎氏と野田氏はメセナというものはほんとうにあるんだなと思ったというが、バブル時代の昔話である。

 第1回の「ロミオとジュリエット」では乳母を演じたが、子供から女じゃなく男じゃないかと言われたらどうしようと心配したそうである。しかし、それは杞憂で、フィクションを子供は成長とともに理解するのではなく、最初からわかっていることに気がついたという。ママゴト遊びをするのだから、確かにそうだろう。子供はストーリーを一番おもしろがるという指摘はなるほどと思った。

 公演記録を見ると、第3回に「リア王」(!)、第5回に「オセロ」(!!)、第回に「ハムレット」(!!!)と、四大悲劇のうち3本をやっているのである。

 その話も出たが、四大悲劇をとりあげたのはプロデューサー側からマイナーな作品だけではなく、メジャーな作品もとりあげてくれと要望があったからだそうである。「子供のためのシェイクスピア」は第3回以降、地方公演をおこなっているが、東京ではマイナーな演目でも受けいれられるが、地方では難しいという。しかし、シェイクスピアで知名度が高いというと、四大悲劇くらいしかない。大人相手でも難物の四大悲劇をどう料理したのだろうか。残念なことにわたしは一本も見ていないが、評価は高いようである。

 演劇博物館で「六世中村歌右衛門展」をやっていたが、玄関脇の一室だけで、あっけない。衣装と扇が数点、あとは舞台写真と歌舞伎座のパンフレットぐらい。このためだけに出かけたら、腹が立ったろう。

 久しぶりに早稲田の古書店街を歩いた。谷書房、喜楽書房はマンションの一階になっていたが、オヤジさんは健在だった。飯島書店は喜楽書房のならびに移転してきていたが、やはりオヤジさんは健在。さとし書房も同様。代替わりしたのは古書現世と二朗書房くらいか。古書店主は長寿の人が多いようだ。

 文省堂書店がアイドル写真集に法外な値段をつけるネット中心の店になった以外は、昔通りの品揃えである。ネットで買った本が何冊かあったが、値段はこちらの方が安かった。送料までいれると、格段に安い。これからはネットで注文する前に、早稲田をチェックしよう。

 出版不況と学生の本離れが言われているのに、こんなに堅い本ばかりで大丈夫なのかと心配になるが、どこもつぶれていない。むしろ、増えている。文献堂はなくなったが、後継者がいなかったからだそうで、後継者さえいればつづいていたかもしれない。

 誰か「古書店はなぜつぶれないか」という本を誰か書かないだろうか。

 コダックが300年間もつ「KODAK Preservation CD-R」を発売する(ITmedia)。反射層を24金にしたところがミソらしい。DVD-Rもでるが、こちらは80〜100年間もつそうだ。

 DVDレコーダーで録画を録りためて2年余になるが、読めなくなっているディスクがひょっとしたらあるかもしれない。

 いくらためこんでも、見返すのは数パーセントだろう。NHK特集などはCMカットの必要がないので、一度も見ないで押入のこやしになっている。死んだら、すべてゴミなのに。

「ミリオンズ」

 母をなくしたばかりの8才のダミアンが大金のはいったスポーツバッグをひろう。神様を信じている夢見がちのダミアンは神様からの贈物だと思いこみ、貧乏な人のために使おうと考えるが、そのお金はユーロ切替で処分される紙幣を強奪したギャングが列車から落としたものだった。

 大金をめぐる辛口コメディだが、ダミアンのぽわんとした顔が救いである。ラスト、母親の幽霊と対面する場面はあっさりしていていい。

「ポビーとディンガン」

 オーストラリアの作家、ベン・ライスの同題の小説を「フルモンティ」のカッタネオ監督が映画化した作品。

 ウィリアムソン一家は父親が一攫千金の夢にとりつかれてしまい、オパールの産地であるライトニングリッジに移ってくるが、新参者なので溶けこめないでいる。9才になる娘のケリーアンは学校で友達ができないので、ポビーとディンガンという架空の友達にいれこんでいる。

 ある夜、ケリーアンはポビーとディンガンがいなくなったと思いこみ、父親にオパールの採掘地に探しにいってくれと半狂乱になる。父親は仕方なく、ケリーアンと兄のアシュモルを連れて採掘地にいくが、夜だったので盗掘の嫌疑をかけられ、一家は村八分になる。

 一家の孤立が深まるなか、ケリーアンはどんどん衰弱していくが、原因はわからない。アシュモルは妹を元気づけようと、周囲に馬鹿にされながらも、ポビーとディンガンさがしをはじめる。

 メルヘン映画かと思ったら、かなりシビアな話である。最後の最後で一家は村に受けいれられるようになり、ハッピーエンドで終わるが、一攫千金の夢に憑かれた負犬の集まる村という設定は息苦しい。感受性の鋭い少女がおかしくなるのは当たり前だ。

Apr20

 北朝鮮ウォッチをやっているわけではないが、またまた笑撃のニュースがはいってきた。北朝鮮人民保安省は、アメリカは北朝鮮の贋ドル疑惑を捏造するために、贋札の専門家を雇い、アメリカ軍基地内でみずから贋ドルを作らせていると主張しているそうである(CNN)。北欧やオーストラリアで、北朝鮮外交官や北朝鮮船籍の船が大量の贋ドル持ちこみで摘発されているのに、この言い草にはあきれるしかない。

 日本人拉致を現場で指揮した辛光洙容疑者の引きわたしをもとめた日本に対し、北朝鮮は北朝鮮公民の「拉致」をおこなったとして、脱北支援NGOのメンバーの引きわたしを要求してきたが、あれと同じパターンである。

 北朝鮮は対抗論理を構築できないので、贋ドル疑惑に対しては贋ドル疑惑、拉致には拉致をぶつけ、クリンチにもちこむしか手だてがなくなっているのである。

 対抗論理の手詰まり状態は北朝鮮だけではなく、左翼全般に蔓延している。イラクで左翼活動家3人が人質になった時、拉致家族と同じパターンで記者会見をおこない、家族の情を押し立てて日本政府に自衛隊の即時撤退を要求した。

 左翼なら左翼らしく、左翼の論理で訴えれば、笑いものになるだけですんだのに、なまじ拉致家族の真似をしたので、世論から袋だたきにあった。左翼の自信喪失は深刻である。

「スタンドアップ」

 夫の暴力に耐えきれず、二人の子供を連れて実家にもどったジョージー(シャーリーズ・セロン)は高給にひかれて鉱山で働くようになる。自活できるようになり、ローンで家を買うが、職場ではひどいセクハラにあう。男だけの職場だったので女性に対する配慮がないばかりか、男の仕事を女が奪っているという反発があるので、エスカレートするばかりだ。連邦の法律でしかたなく女を雇っている会社側はセクハラをとめる気はない。

 ジョージーは高校時代に父親のわからない子供を妊娠した過去があるので、周囲からはアバズレとみられており、特にひどいセクハラを受ける。息子のアイスホッケーの試合の日、上司の妻から夫を盗るなと公衆の前でなじられた彼女はついに会社に訴訟を起こす。鉱山町で会社にたてついたのだから、彼女は村八分になる。

 最後は坑夫の誇りに訴えてハッピーエンドとなるが、これもまたシビアな作品だ。実話らしいが、閉鎖環境で孤軍奮闘する話は見ていてつらい。

 シャーリーズ・セロンは汚れ役を熱演しているが、美貌は隠しようがなく、コスプレに見えなくもない。美人女優の殻を破りたいのだろうが、美しすぎる不幸である。

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「Mr. & Mrs. スミス」

 評判の作品で、すべてにゴージャスだが、寄り道が多く、焦点が絞りきれていない。ほどほどにおもしろかった。

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Apr21

 東京新聞に「『電子ペーパー新聞』って?」という記事が出ている。フランスの経済紙、Les Echosが専用端末を使った電子ペーパー新聞に乗りだすというニュースである。なぜ、フランスの新聞の話が載るのだろうと思ったが、写真をよく見たら謎が解けた。ソニーの電子書籍専用端末、リブリエを使っていたのである。Les Echosのホームページを見ると、サムスンが壁紙広告を出している。Les Echosはソニーと関係が深いのかもしれない。

 Les Echosは15万部の日刊紙で、読者の8割は個人、2割が企業だという。有料Web版の読者は2万5千人いる。日経新聞は朝刊300万部、夕刊160万部だから一桁違うが、世界的に見ると普通の規模の経済紙だろう。紙版の年間購読料は408€、Web版は365€。1日1€という計算だ。

 電子ペーパー版はWeb版より安くするが、ブルートゥースで配信し、午前7時から午後10時まで更新するという(記事では更新を「塗り替える」と表現している)。

 リブリエは日本で不振だったが、先日アメリカで発売された(CNET)。次にヨーロッパ進出を準備しているらしいが、おそらくその中で持ちあがった話だろう。

 Web版より安いということは、端末は読者が買う形なのだろう。それでは成功は難しいのではないか。ケータイ書籍が大きく伸びているのに電子書籍がさっぱりなのは、2万円以上する専用端末がハードルになっているからである。

 フランスはMinitelを無料で配ることによって、世界に先駆けて家庭をネットワークでつないだ。それくらい思いきったことをしないと、専用端末の普及は難しいのではないか。

「周辺飛行 <ボクたちの安部公房>

 安部スタジオの元メンバー4名が日大藝術学部で「演劇特殊研究」として、安部システムを学生に実践させ、その成果を問う公演ということである。会場のNAPシアターは江古田校舎の中にある。推測だが、階段教室を演劇実習のために改装したような作りである。出演した学生の友人や両親とおぼしい観客で、客席はほぼ満員だった。

 安部自身が構成した『イメージの展覧会』を元にした安部作品のオムニバスで、「デンドロカカリヤ」にはじまり、「箱男」に終わる。各エピソードの主役はプロの演技者がつとめ、13名の学生をひっぱっていくというかっこうである。参加したプロは元安部スタジオの山口果林、光GENJIの大沢樹生、舞踏家の松永雅彦、声優の柳沢三千代、パントマイムの岡野洋子、女優の王美芳。

 期待して出かけたのであるが、公演というより、発表会だった。プロと学生の実力差が開きすぎているのである。台詞はもとより、歩き方、手の動かし方、立ち姿まで、残酷なくらい違うのだ。プロの中にも、自分のパートだけで美しく完結し、演劇になっていない人がいた。

 身体訓練の成果は、ある段階まで、かけた時間に比例する。週何コマか知らないが、毎日、何時間もやっているわけではないだろう。大学の授業では、これが限界なのか。

 しかし、腐っても鯛で、随所に安部公房らしさはうかがえた。ちゃんとした劇団でやれば、かなりおもしろくなりそうである。

Apr26

 上野の国立博物館で「最澄と天台の国宝」展を見た。日本中の天台宗の寺院から名宝を集めただけあって、半分見ただけで脳がパンク状態になり、中間のロビーでしばらくボーとしていた。

 最初に出迎えてくれるのは教科書でおなじみの最澄の座像である。写真では厳しい顔に見えるが、実物はイノセントな印象が勝っている。司馬遼太郎は『空海の風景』で融通の効かない朴念仁のように描いたが、栗田勇の『最澄』の方が実像に近そうだ。

 唐での外国人登録証にあたる牒と、最澄直筆の請来目録も展覧されていた。請来目録は輸出許可申請書を兼ねていたということで、明州の長官と遣唐正使の藤原葛野麻呂の署名がはいっている。なお、最澄自身は「最」をウ冠に取と書いている。

 最澄の書は謹厳だが、円仁と円珍は随分くだけている。師は師、自分は自分ということだろうか。

 画と仏像も名品ばかりで、脳がショートしそうだった。横川中堂の聖観音像は美術品の域を越えて、聖なるものを感じさせた。鞍馬寺の毘沙門天像はかっこよかった。義経もあの像を見たのだろうか。

「クラッシュ」

 ロスアンジェルスを舞台に、民族差別という微妙な問題をこれでもか、これでもかとつつきまわした作品である。一応、ドン・チードル演ずる正義派の刑事が軸になるが、多数のエピソードが同時進行し、からみあう。人間の嫌な面を協調した話がこれでもか、これでもかとつづき、かなりうんざりしてきたところで、いい話に切り替わる。

 そのきっかけになるのが、予告編に出てきた女の子が射殺されそうになるエピソード。最初に伏線が張ってあったのだが、よく計算してある。

 すべてハッピーエンドにせず、一つだけ悲劇を残して印象を深めるのも、計算のうちだろう。よくできた台本だが、あまりにも見え見え。

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Apr27

 ITmediaによると、オプトは3月28〜29日に検索サービスの利用実態を調査し、このほど結果を公開した。

 検索結果の何ページ目までを見るかという設問では、平均3.6ページという結果が出た。デフォルトでは1ページあたり10のサイトが出てくるので、ランクでいえば36位までだろう。30代が平均4.4ページともっとも多く、次が20代の3.8ページ。年齢があがるほど見るページがすくなくなり、60代以上では3.2ページである。つまり、50位以下にランクされたのでは、ほとんど見てもらえないということだ。

 検索結果で上位にランクされるかどうかは、商用サイトにとっては死活問題であり、すこしでも上位にランクされるようにするためのテクニックが開発されている。いわゆるSEOで、そのための本がいろいろでているが、なかには際どいテクニックもあり、サーチエンジン側から不正なSEO対策(SEOスパム)と見なされ、ページランクを下げられたり、インデックスから削除されたりするケースがすくなくない。特にGoogleから排除されると影響が大きいので、俗に「Google八分」という。

 先日も、サイバーエージェントのサイトがGoogle八分にあい、その後、問題点を修正した結果、インデックスに復活したという出来事があった(ITmedia3月29日付3月31日付)。

 Googleのランキング・アルゴリズムとSEOは狐と狸の化かしあいのようなところがあり、SEOスパムの線引きはつねに動いているといわれている。外部の人間はどこまでが許されるSEOで、どこからがSEOスパムかは推測するしかない。

 ITmediaによると、Googleは新しいSitemapsを公開し、Google八分にしたサイト名をあきらかにするとともに、インデックスに復活するために必要な修正のマスターガイドラインを公開した。

 抽象的な方針にとどまり、具体的なルールが明示されているわけではないので、狐と狸の化かしあいをやっている人は落胆するだろうが、Google八分をやっていることは認めたわけである。

 不正にランキングを操作するSEOスパムは利用者にとって迷惑であり、Google八分は必要だと思うが、中国版Googleでおこなわれている反中国サイトに対する排除はまぎれもない検閲であり、許されることではない。

 Googleは世界的にもっともよく利用されている検索サービスであり、影響力がきわめて大きいが、日本ではそうではないらしい。先のオプトの調査によると、日本で一番利用されているのはYahoo!で、実に59%にのぼっている。二位のGoogleの25%、三位のmsnは4%だから、だんとつの一位である。

 Yahoo BBの派手な宣伝や、孫正義氏がマスコミでよくとりあげらる影響で、知名度がGoogleをしのいでいるということあるが、それだけが原因ではないかもしれない。

 ITmediaによると、Yahoo!やmsnの検索アルゴリズムはGoogleに匹敵するレベルまで改良されてきているのに、欧米の利用者はGoogleの検索結果をより信頼する傾向があるという。

 なぜ、Googleは威光をたもっているのか? Enquiroの社長兼CEOゴード・ホッチキス氏によると、Googleの画面レイアウトに一因があるらしい。ホッチキス氏は利用者が画面の度の部分を見ているかを視線を計測する機械で調べたが、その結果、Googleは検索結果を競合サーチエンジンより狭い領域に表示し、検索語を太字にするので、より見やすいと判明したという。

 この結果はある程度うなづけるが、Keynote Systemsの競合分析担当ディレクター、ランス・ジョーンズ氏の調査によると、検索結果をGoogleの結果だと知らせた場合と、知らせなかった場合では、Googleと知らせた方が満足度が高いという結果が出たそうだから、Googleブランドの力が大きいのかもしれない。

 そうだとすれば、日本におけるYahoo!の優位は当分安泰ということになるが、新書で読める『グーグル』や『ウェブ進化論』のような本が売れているので、これからはわからない。

「ニューワールド」

 インディアンの族長の娘が、飢えて死にかけた開拓民を救ったというポカホンタス伝説の実写版である。

 風景は美しいし、ポカホンタス役のクオリアンカ・キルヒャーも魅力的だが、ストーリーが前半と後半で二分されてしまっている。前半は反抗的な将校、ジョン・スミス(コリン・ファレル)にポカホンタスが引かれる話。後半は理解ある農場主のジョン・ロルフ(クリスチャン・ベール)と結婚し、英国に王の賓客として招かれる話。砦のような開拓村が、あっという間に町になってしまうが、ヴァージニア植民地はこんなに簡単に軌道に乗ったのだろうか。

 ラスト、彼女は死んだと思っていたジョン・スミスと英国で再会するが、夫の方を選ぶことで物語は大団円をむかえる。形の上ではまとまったが、前半部分と後半部分のズレは印象の上では埋まらない。

公式サイト
Apr29

 横田早紀江さんは27日、アメリカ下院の公聴会で北朝鮮の拉致について証言した(証言全文)。28日には、他の拉致被害者家族や瀋陽の日本大使館に逃げこんで脱北したハンミちゃん親子、北朝鮮向けのラジオ、「自由北朝鮮放送」の金聖玟代表らとともに、ホワイトハウスに招かれ、ブッシュ大統領に面会し、拉致問題解決に協力を要請した。ブッシュ大統領は「人権を尊重しない人に発言するのは勇気が要ることだ。早紀江さんたち、ここに来た人たちはみんなやっており、誇りに思う。働きかけを強くしていきたい。人権を尊重し、自由社会を実現させることを、私は強く保証する」と述べた。また、記者会見では「最も心を動かされた会談の一つだ。国家として、拉致を許しているのは信じがたい」と語った(朝鮮日報、(Yahoo))。

 TV朝日の報道ステーションは、ブッシュ大統領がわざわざ面会したことを、米軍再編にともなう3兆円負担とからめ、日本国民に対するリップサービスにすぎないかのような印象をあたえようとしていた。

 ホワイトハウスには多数のスタッフが働いており、あらゆる可能性について検討するから、そういう計算がまったくなかったとは言えないだろう。

 しかし、ハンミちゃん一家と「自由北朝鮮放送」の金代表をともに招いたことを考えれば、今回の会見が北朝鮮と中国に対し、人権問題で一歩も妥協しないというメッセージを伝えることにあったのは明白である。

 アメリカはこれで北朝鮮に対し、核と贋ドル・贋煙草の放棄にくわえて、拉致問題の解決という条件をつけたことになる。

 金正日総書記は中国に核兵器放棄の言質をとられ、昨年9月の6者協議で署名させられている。金総書記は完成した核兵器の引きわたしを落としどころと考えていたのではないかという気がする。核兵器は引きわたしても、核物質を隠匿し、新しい核兵器を製造できる可能性を残しておけば、内部的に威信をたもてるからである。金総書記はKEDOの時のように、またアメリカに一杯食わせられるくらいは考えていただろう。

 しかし、贋ドル・贋煙草と拉致問題ではごまかしはきかない。贋ドル・贋煙草は、麻薬と同じで、隠し持っているだけでは意味がないし、拉致問題はアングラ情報で伝えられるような数人の解放で落着するような状況ではない。

 アメリカが贋ドル・贋煙草と拉致問題を前面に出したのは、外交的な落としどころなどは存在しないというメッセージを伝えるためではないか。

 金総書記に核兵器・核物質の放棄や贋ドル、贋煙草、拉致問題の解決が可能だろうか。

 ヒル国務次官補はマカオで凍結した北朝鮮の口座の預金総額は2000万ドル(23億円)だとあきらかにした(YOMIURI ON-LINE)。落ち目のホリエモンでも出せそうな金額で拍子抜けするが、政府の外貨ではなく、金総書記一族のポケットマネーだということなので、これくらいの規模なのだろう。

 ポケットマネーを凍結されただけで慌てたのはなぜか? 4月13日の「産経抄」はこう書いている。

 ここから盆暮れの“もち代”が高官に配られる。カネの切れ目が縁の切れ目だから金総書記は焦った。

 誕生日や建党記念日に幹部や国民に「贈物」を配る習慣は金日成時代からつづいている。金親子は「贈物」で忠誠心を買っているのだ(なお、「贈物」という言葉は金親子からのプレゼントにしか使えず、普通のプレゼントは「記念品」というそうだ)。

 「贈物」が配れないくらいで部下に離反される指導者に、核や贋ドル、贋煙草、拉致問題が解決できるわけがない。6者協議は最初から無意味だったのである。

 ブッシュ大統領は横田早紀江さんに「マム」という最上級の呼称をもちいたが、その関連で注目したいのは先日訪米した胡錦濤国家首席のあつかいである。

 胡錦濤訪米については、国賓待遇にするかどうかで米中に意見の相違があり、「準国賓」待遇にすることでおちついたと伝えられた。礼砲を何発にするかで綱引するなど馬鹿げたことのように見えるかもしれないが、中国側にはこだわらなければならない理由があった。江沢民前首席が「国賓」として訪米しているからだ。日経新聞を引く。

 胡錦濤主席としては初の米国公式訪問を無難にこなすことで、来年秋の第17回党大会を前に権力基盤を強化する必要があった。
 中国が胡主席の「国賓」としての訪米にこだわったのもこのためだ。米側が歓迎の公式晩さん会を省いて国賓待遇を与えなかったのは国内で強まる対中不満に配慮するためだった。現在の米中関係は「重要だが、複雑な米中関係」(ブッシュ大統領)との表現が最もふさわしい。

 胡首席はただでさえ江沢民派に手を焼いているといわれているが、江沢民が受けた「国賓」待遇にしてもらえかったら、江沢民派が増長するのは必至である。

 中国は国内向けには「国賓」としての訪問と報道してもかまわないアメリカ側に了承させ実をとった形だが、そううまくは運ばなかった。なぜか胡首席の面子をつぶすような「ハプニング」が連続し、ブッシュ大統領が遺憾の意を表明する異例の事態となったからだ(Sankei Web)。

 司会者が「中華民国」といいまちがえたり、法輪功の信者が記者会見にまぎれこんで中国共産党の圧政批判を述べるが数分間放置され、CNNで全世界に流れたというあたりはミスの類かもしれないが、胡首席到着にあわせて死刑囚からの臓器移植や、武器密輸、中国経由の贋ドルが報じられるとなると、意図的なものを感じる。「溜池通信」の以下の分析は興味深い。

 こうして見ると、米国側は官民ともに相当に人が悪い。尊大で傷つきやすい相手に対し、ハラスメントを連発して神経を逆なでしている。つまり、中国側は「多少は実利を犠牲にしてでも面子を守りたい」と思っているのに対し、米国側は「面子だけは保証しない」ように工夫をこらしているように見える。
 「来客は心を込めてもてなす」「式典で落ち度があっては一大事」という日本の風土からは、まことに考えにくいことではあるけれども、これも米国の外交戦術の一部なのであろう。思うに外交上の失態というものは、そうそう生じるものではない。それが何回も繰り返されたということは、米国は中国に対して明確にネガティブなメッセージを発したことになる。少なくとも、中国側はそう受け止めたはずである。

 こういう話は中国の一般国民には隠しおおせても、あるレベル以上の党員の間にはまたたく間に伝わるだろう。アメリカは胡首席の政治基盤に亀裂をいれたのである。

 横田早紀江さんとの面会に、一度は中国公安にとらえられたハンミちゃん母子を同席させたのも、胡首席に対する警告と考えることができる。アメリカは本気である。

「そして、ひと粒のひかり」

 ヒロインのマリア(カタリーナ・モレノ)コロンビアの田舎町に住む17才の娘で、生花の出荷場で働いている。父は死に、姉は未婚の母となって赤ん坊を育てているので、家計は彼女と母親が支えている。彼女は同僚のホアンの子供を妊娠し、悪阻で職場を馘になる。ホアンは結婚してもいいというが、お義理の結婚を断り、自分一人で育てると言いだす。

 金が必要になった彼女はパーティで知りあった男の手引きで麻薬の運び屋になる。ビニール袋に密封した麻薬を62包飲みこみ、4人の仲間とともに飛行機でアメリカに向かう。一人が摘発され、彼女も調べられるが、妊娠していたおかげでX線検査をまぬがれ、アメリカに入国する。

 待ち構えていた一味にモーテルに缶詰にされるが、運び屋の先輩で、親切に教えてくれたルーシー(ギリー・ド・ロペス)が麻薬の包みが破れて急死してしまう。

 一味がルーシーの胃袋を切り裂いて麻薬を取りだし、死体を捨てにいったことを知ったマリアは咄嗟に親友のブランカ(イェニー・ヴェガ)を連れ、自分たちが運んできた麻薬といっしょにモーテルを飛びだす。

 なんの伝手もない二人は住所と電話番号しかわからないルーシーの姉のカルラ(パトリシア・ラエ)を頼るが、彼女は子供を妊娠し、臨月が近かった。麻薬を持ち逃げしたことが本国に知れると、二人の家族も危険にさらされる。さて、どうなるか。

 麻薬と妊娠という重い題材をあつかっているが、これは青春映画の佳作である。無鉄砲なマリアを演じたカタリーナ・モレノがすばらしい。彼女は馬鹿なことばかりやっているが、馬鹿なことを許したくなるすかっとした清々しさがある。

 ラスト、不法残留の勧めになっているところが、痛い。

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「クレールの刺繍」

 これも17才の娘が妊娠する話。ヒロインのクレール(ローラ・ネマルク)は匿名出産という制度で子供を産むことを選ぶ。出産費用から子供を養子に出すところまで、国家が面倒を見てくれるので、「そして、ひと粒のひかり」のマリアのように追いつめられることはないが、周囲の目から隠れて、こっそり産まなければならないので、決して状況が楽なわけではない。

 クレールは妊娠を隠すために勤めていたスーパーを休職し、ビーズ職人のメリキアン夫人(アリアンヌ・アスカリッド)のアトリエで働くようになる。メリキアン夫人はパリのオートクチュールから指名されるほどの腕前だが、一人息子をバイクの事故で亡くしたばかりで、自殺未遂をしてしまう。クレールが発見し、夫人は一命をとりとめる。

 クレールは夫人から見舞いに来る必要はないと言われるが、毎日、病院に通い、アトリエで勝手にパリからの注文品の製作に没頭する。クレールはビーズ刺繍の奥深さに魅せられ、人生に絶望していた夫人はクレールを通して生きがいを再発見していく。負い目のある二人の女性の寡黙な心の交流がそくそくと伝わってくる。

 北フランスの冬さびた田舎町を背景にした地味な話だが、ヒロインのネマルクはルネサンスの宗教画から抜けだしてきたようなクラシックな顔立ちで、照明によって聖画のように見える瞬間がある。こういう顔の女性が現代に生きているというのだけでも驚きだ。

 匿名出産ではなく、普通の出産をする決心をするところで映画は終わるが、余韻が深く長くつづく。近来にない傑作である。

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