エディトリアル   August 2004

加藤弘一 Jul 2004までのエディトリアル
Sep 2004からのエディトリアル
Aug02
地下鉄からの連絡通路

 ペンクラブ電子メディア委員会で六本木ヒルズにある「アカデミーヒルズ・六本木ライブラリ」を見学してきた。

 ここはRFIDを使って蔵書管理をおこなっている会員制の図書館なのだが、図書カードやバーコードをRFIDに置きかえただけと思ったら大間違いで、従来の図書館の概念をひっくりかえす実験がいろいろ試みられていて、実に刺激的だった。

セントラルタワー

 目当ての本がなかなか見つからないように作られている図書館なんて想像できるだろうか? 詳しいレポートはこちら

 図書館もさることながら、六本木ヒルズ49階というロケーションがすごかった。

 六本木ヒルズははじめてだったが、地下鉄から連絡通路をあがると、セントラルタワーがど〜んとそびえているのである。

 49階のエレベータをおりると、会員でなくても利用できるカフェテリアになっている。右手に羽田、中央にお台場とベイブリッジ、左手に銀座と東京の南半分が一望できる。窓に近づいて見下ろすとビルが林立し、まるでSimCityである。

 おのぼりさんよろしく、写真をたくさん撮ってきたのだが、実物はこんなものではない。窓際の席でラップトップで仕事をしている人が何人かいたが、ここは穴場である。

 昼間でさえこれだけすごいのだから、夜景は壮観だろう。カフェテリアは夜11時まで利用できるそうなので、一度いってみようかと思った。

Aug04

 NTVの「きょうの出来事」で「わざ仕事師」という特集をやっていた。ヘラ絞り職人とか寿司職人はおなじみだが、「リアルタイム字幕制作の仕事師」にはうなった。

 知らなかったが、聴覚障害者や高齢で難聴になった人のために、文字情報を付加したTV番組がけっこう放映されていて、外付の文字放送チューナーか文字放送チューナー内蔵TVを使うと、画面に字幕が表示されるのだそうである。

 2002年度の字幕番組比率はNHK総合で27.1%、NHK教育で18.1%、民放キー5局で11.7%と意外に高い。

 問題はどうやって字幕をつけるかだ。NHKは音声自動認識装置で字幕をつける技術を開発しているが、アナウンサーが読みあげるニュースに限れば認識率95%までいくものの、解説員や記者の喋りでは85%程度に落ちるという。バラエティ番組などではもっと低いだろう。

 そこでTV番組をリアルタイムで打ちこむ仕事師の出番となるが、ワープロ・コンテスト優勝者クラスでも1分間に250字程度で、人の話についていくのは危なっかしい。そこで、ステノワードという特殊なキーボードとソフトが作られている。

 ステノワードのキーは、リンク先の画像を御覧になればわかるように、10個しかない。右手キーに母音、左手キーに子音に配しているが、さらに高速化するために、「株式会社」のような頻出する単語は3以上のキーを同時打鍵することによってワンストロークで入力できるようになっている。ワンストローク入力単語は数百あり、すべてを習得するには3年かかるという。

 番組で実演してくれたベテランの女性は1分間に600字打ちこんでいた。親指シフト・キーボードの倍以上の速度で、速記上級者に匹敵するという。(兼子宗也氏の「リアルタイムワードプロセシングの現状と課題」)

追記: 速記は過去のものかと思っていたが、「電子速記研究会」のサイトをみると、決してそうではないらしい。(Aug16 2004)

 NHK BSで「ファイナルファンタジー」を見た。

 同名のゲームにもとづくフルCGアニメだが、公開時には酷評され、興行的には大失敗に終わった。製作したスクウェアはこの損失で会社が傾き、エニックスと合併せざるをえなくなったといわれている。

 はじめて見たのだが、意外にもおもしろかった。傑作とまではいかないが、『アップルシード』よりもよかった(どっちが先かわからないが、最初の場面は『アップルシード』と酷似している)。

 なぜこれほどの作品が酷評されたのだろうか。Amazonのユーザー評を見た限りでは、ゲーム・ファンが反発している。ゲームとはまったく別物なのに、ゲームと同じ題名をつけたことが裏目に出たようだ。

 絵柄の問題もあるかもしれない。昨日、同じ枠で『サクラ大戦 活動写真』を放映したが、絵がなじめず、途中で消してしまった。しかし、アニメ・ファンにはあのような絵の方が人気があるらしいのである。

Aug08

 テレビ朝日の「ザ・スクープスペシャル」の「国家首相を暗殺せよ! 〜朝鮮半島最大のタブー・北と南の工作員戦争〜」を見た。

 映画『シルミド』のモデルになった実道島事件をかわきりに韓国が北朝鮮に潜入させた北派工作員に光をあて、北についてはガボンを舞台にした全斗煥大統領暗殺未遂事件と4人の閣僚を爆殺したラングーン事件の関連、さらには日本人拉致事件をとりあげていた。テレビ朝日にしては、バランスのとれた内容といえよう。

 まず、シルミド事件だが、映画はくさい場面が多く、脚色過剰と思っていたが、意外に史実に忠実であることがわかった。

 1968年1月、北朝鮮の工作員31人で編成された124部隊がソウルに潜入し、青瓦台に突入をはかり、29人が射殺され、2人が逮捕された。生き残った工作員は「我々31人は朴正煕の首をとりにきた」と言い放ち、暗殺に成功していたら、翌朝、北朝鮮軍が38度線を突破して一気に南北統一をとげる計画だったと供述した。

 KCIAは報復のために1968年4月、31人の民間人を選抜して684部隊を創設し、仁川港沖合の実道島シルミドで、空軍特殊部隊に工作員訓練をほどこさせた。

 民間人を訓練したのは、休戦協定で正規軍の交戦が禁止されていたからだ。映画では死刑囚や重罪人から選抜したことになっていたが、実際は失業者、サーカス団員、ダフ屋などで、経済的な見返りを約束して勧誘した。訓練は厳しく、事故や逃亡で7名が死亡した。

 1969年10月、シルミド部隊に出撃命令がくだり、38度線に近いペンニョン島に移る。映画では川をさかのぼって平壌に侵入することになっていたが、実際は気球を利用し、空から金日成官邸に降りることになっていた。出撃直前に作戦が中止され、部隊を創設したKCIA部長が更迭されるのは映画の通り。

 作戦が中止されたのは、南北和解の方向に転じたためだ。シルミド部隊は邪魔者あつかいされるようになり、抹殺されるのではないかと疑心暗鬼におちいったシルミド部隊は1971年8月、反乱を起こす。24名の教官は18名が死亡。シルミド部隊は2人が死に、生き残った22名は島を出た。温情教官の留守に反乱を起こしたというエピソードも史実通りで、番組には温情教官本人も登場した。

 シルミド部隊は仁川でバスを乗っ取り、15人の人質を乗せたままソウルの青瓦台に向かい、自爆するのも史実だが、映画と違って4人が生き残り、裁判で死刑判決を受け、8ヶ月後に銃殺されている。

 驚いたことに、映画が公開されるまで、遺族は一人も事件を知らなかったという。それくらい厳重に秘匿されてきたわけだ。

 シルミド部隊は反乱を起こしたので映画になったが、同じような秘密工作員は陸軍と海軍でも養成していて、実際に北朝鮮に潜入し、情報収集や将校の拉致、船の捕獲など、成果をあげていた。北派工作員と呼ばれる人々である。

 万一発覚した場合、軍籍があると休戦協定違反になるので、北派工作員はすべて民間人が使われた。1973年の金大中事件は立案と指揮はKCIAだったが、拉致の実行グループは陸軍と海軍の北派工作員部隊だったそうだ。

 日本が北朝鮮の対南工作の出撃基地だったことは一般に知られるようになったが、韓国の方も対北工作の拠点にしていた。北朝鮮に帰港する日本船の船員を抱きこんで情報を集めたり、日本経由で北に潜入したりしていたのだ。映画『KT』には日本社会の裏側で、北と南の秘密工作員が人知れず暗闘をくりひろげるさまが描かれていたが、あれは本当だったのだ。

 韓国では1951〜1994年の44年間に1万3千人の北派工作員が養成され、7800人が行方不明になっている。200人分の位牌を韓国政府が密かに寺に納めていたという話も紹介された。この200人と、他の行方不明者の違いはなんなのだろう。

 北派工作員に勧誘する際には経済的報酬を約束していたが、報償をあたえると軍が関与したことになるので、実際はまったく支払われなかったという。映画『シルミド』のおかげで、ようやく北派工作員が明るみに出た昨年12月、補償金を払う特別立法が成立したが、それまではずっと日蔭の存在だったのだ。

 北派工作員になった人には気の毒だが、韓国は暗殺や拉致が悪いことだという意識はもっていたわけで、1990年代にはいり、経済力で北を圧倒できるようになると、スパイごっこをやめている。

 一方、「金日成」将軍の抗日パルチザン活動というか、馬賊行為を国家の正統性の根拠としているだけに、北朝鮮の秘密工作員は韓国よりはるかに恵まれている。日本人拉致に係わりながら、捕虜交換で北にもどった辛光洙被告は国家的英雄になっているし、捕まっても自決すれば、遺族はいい待遇を受けるといわれている。

 その代わり、自決に失敗したり、完全黙秘を貫けなかった場合は、北朝鮮に残った家族が報復を受ける。青瓦台襲撃事件で生き残り、牧師となったキム・シンジョ師の両親は事件の2年後に銃殺されているし、大韓航空機爆破事件の金賢姫の家族は強制収容所に入れられたといわれている。

 それでも最近は秘密が漏れてきているのだから、北朝鮮の体制もかなり危うくなっている。

 この番組のスクープだと思うが、これまで知られていなかったガボンの全斗煥暗殺未遂事件が詳しく紹介された。1970年代、南北は自国の正統性を主張するために、承認国の数を競っていた。金日成はアフリカ外交に力をいれ、多くの国と国交を結び、見返りに軍事顧問団を派遣して軍事援助をしていた。アフリカは北朝鮮の縄張だったのだ。

 韓国の全斗煥大統領はそのアフリカの切り崩しをはかり、1982年にケニア、ガボンなど4ヶ国を訪問した。縄張を荒らされた北朝鮮は全斗煥大統領暗殺をはかり、3名からなる暗殺チームを派遣した。暗殺の舞台にはガボンが選ばれた。ガボンは4ヶ国の中で一番小さく、暗殺が製鋼して国交断絶となっても、失うものがすくないからだ。

 暗殺チームの後方支援にあたったザイール駐在北朝鮮外交官が脱北し、インタビューに答えていたが、3名のうち、2名は日本のパスポートをもち、日本語で会話していたという。

 脱北外交官は出入国記録に痕跡を残さずにガボンに入国させるために、3人を自動車で運んだというが、日本人になりすましたり、外交特権で入国させる手口は大韓航空機事件に酷似している。

 リモコン爆弾を用意したことと、脱出のために東建愛国号という特殊工作指令船を港に停泊させていた点は、後のアウンサン廟爆殺事件そのままである。

 全大統領の暗殺に成功したら、ただちに南進し、武力統一する準備をしていたが、この計画は直前になって中止される。なぜ中止したのだろうか。

 北朝鮮ロイヤル・ファミリーの一員で、脱北して『北朝鮮の最高機密』を書いた康明道氏は、保衛司令部研究室長の職にあった時、ガボンの計画は対米全面対決を怖れたソ連のブレジネフ書記長の反対で中止されたが、ラングーン事件は書記長が対米強硬派のアンドロポフに代わっていたので決行されたと書かれた報告書を読んだと証言している。

 アンドロポフはKGB出身とはいえ、ゴルバチョフを引きたてた開明派とされており、『ミハイル・バフチーンの世界』によると、文芸理論を勉強していた娘の頼みで、晩年のバフチン夫妻を党幹部専用の特別病院に入院させている。アンドロポフが金日成をそそのかしたという説はにわかには信じがたい。

 脱北した外交官は、ガボン計画の中止を命じたのはアフリカ全体を敵に回すことを怖れた金日成だったが、立案した金正日の手前、そうは書けないので、ソ連から横槍がはいったことにしたのだと裏事情を語っているという。

 このあたりの真相は北朝鮮が崩壊すればわかることである。平壌の秘密文書館の扉が開かれる日が楽しみだ。

Aug11

 北京で日本と北朝鮮による実務者協議がはじまった。「死亡」とされた拉致被害者10名の再調査結果が注目されたが、北朝鮮側は文書すら示さず、口頭で調査の途中経過を通告するにとどまった(Mainichi INTERACTIVESankei WebYOMIURI ON-LINE)。

 生存者情報が出てくるのではないかというアングラ情報が今回も流れていた。たとえば、有田芳生氏の酔酔漫録の8月4日の条には以下のようにある。

 ある国際情報筋から連絡があった。真偽のほどは不明だが情報レベルとして記録しておく。拉致問題の行方だ。10人の安否不明者のなかに「何人かの生存者」がいるという。その公表にあたっては横田めぐみさんの処遇がポイントだ。近く北朝鮮が「最初の情報(2001年の死亡情報)はミスだった」と日本政府に通告するそうだ。この交渉ルートは外務省ではない。情報は北朝鮮問題専門家の間で囁かれている見方とも共通する。日朝実務者協議は10日から北京で行われる。その日程は数日間。田原総一朗さんが11日ごろ平壌に入ることと連動しているだろう。北朝鮮は田原さんのインタビュー対象に誰を出してくるのか。政府関係者や「よど号」グループではなく、拉致生存者の可能性もある。拉致問題で大きな進展があるという予兆はそれ以外にもある。もちろん前回と同じように「生存者なし」で細かいミスを訂正するだけだとの悲観論もあるが、どうやら「何か」新しい提示があるという感触だ。

 これが単なる霍乱情報だったのか、それとも生存者情報を出す予定だったが、藤田進氏の写真が脱北者から流れるという突発事態が起きたために、直前になってとりやめられたのかはわからない。いずれにせよ、YOMIURI ON-LINEの指摘しているように、「日本世論を瀬踏み」しているのは確かだ。

 北朝鮮はなぜ蓮池氏、地村氏は帰して、他の拉致被害者は「死亡」あつかいにしているのだろうか?

 「死亡」ということになっている7名はいずれも工作員の日本語教育に係わっていたと見られている。北朝鮮は工作員の面が割れることを怖れているのである。蓮池氏も工作員教育に一時係わっていたという情報があるが、おそらく彼の教え子は工作員として現役ではないからだろう。

 北朝鮮が7人の「死亡」に固執するのは、彼らの教え子が今現在、日本国内で暗躍しているからだと思う。拉致問題というと、家族の面ばかりから論じられているが、日本で活動する北朝鮮秘密工作組織の問題でもあることを忘れてはならない。それには当然、覚醒剤もからんでいるだろう。

 8月13日付ZAKZAKに「「拉致部隊は今も存在する」…北朝鮮側が明かす」という記事が出ている。次の一節に注目。

12日行われた日朝実務者協議で、北朝鮮の宋日昊(ソン・イルホ)外務省副局長が、安否不明の拉致被害者10人の調査が難航している理由について、「特殊機関に情報を求めているが、拉致事件に関係した実行部隊が依然存在し、なかなか難しい」と説明していたことが明らかになった。

 こういう部隊を温存しているような国家にはいかなる援助もあたえてはならないが、瀕死の金正日体制を支えているのは彼らであって、秘密工作機関を解体したら金王朝も終わる。(Aug13 2004)

 テレビ朝日の「サンデープロジェクト」で「「田原総一朗渾身の北朝鮮取材!拉致は?核は?北朝鮮高官に迫る!」という金永日外務次官と鄭泰和日朝交渉担当大使のインタビューと、それを材料に拉致被害者家族会の皆さんの意見を聞く「これでいいのか!?対北朝鮮外交」という討論を放映した。

 金永日外務次官と鄭泰和日朝交渉担当のインタビューでは30分の約束を2時間近くに延長してくれたとか、翌日のインタビューはキャンセルされたのに、くりかえしお願いしたところ、1時間以上会ってもらえたとか、最初から北朝鮮側の好遇を手放しで持ちあげていて、おやおやと思っていたら、案の定、北朝鮮側の主張をそのまま代弁する内容だった。「カメラの向こうには500万人の視聴者がいます。悪いニュースがあるなら、引き延ばさないで早く言って欲しい」と田原氏が水を向けると、金永日外務次官は「安否不明者」10名のことを「死亡者」と連呼しつづけ、「死んだ人は生き返らない」とまで言いきった。北京の実務者協議で宋日昊副局長が口を滑らした「工作機関が情報を出してくれない」という発言にいたっては、誤訳だと強弁する始末。田原氏も川村キャスターも一言の疑問もさしはさまない。「北朝鮮外務省高官と差しの真剣勝負」が聞いてあきれる。

 田原氏は北朝鮮側は「誠実に調査」していると何度も断定したが、蓮池・地村両氏がすでに明らかにしているように、拉致被害者は秘密工作員村に軟禁され、常時監視下におかれているのであって、「調査」するというそのこと自体がおかしい。

 反論しろと居丈高にくりかえしす田原氏に対し、家族会の面々は重苦しく押し黙っていたが、あれは怒りの沈黙であって、承諾の沈黙ではない。

 なぜ北朝鮮が拉致したのかという点についても、増本氏が述べた北朝鮮では帰国した在日朝鮮人は最下層の生活を強いられ、信用されていないので、工作員の日本人化教育の教官として日本人を拉致する必要があったという答えを頭ごなしに否定し、よど号犯から聞いたという、韓国に入国するために日本人の身分を奪う必要があった(いわゆる「背乗り」)という説を力説していた。

 確かに、北朝鮮の秘密工作員が拉致した日本人になりすました例はあるが、あくまでごく一部にすぎない。蓮池氏や地村氏、曽我ひとみ氏、あるいは安否不明者10人の戸籍を奪って、パスポートを不正取得したなどということはないのだ。田原氏はなぜ、こんなにすぐにわかるような出鱈目を真実と言いはるのだろう。

 田原氏は昨年あたりから老人呆けの徴候を見せはじめていたが、もうこれ以上晩節を汚さない方がいい。(Aug15 2004)

 北朝鮮の秘密工作組織と覚醒剤ルートをつぶし、これまで北朝鮮のために暗躍してきた政治家、ジャーナリスト、学者を一掃することは全日本国民にとって緊急に必要なことであり、東アジアの平和と安定のためにも役に立つ。拉致問題は被害者家族だけの問題ではないのである。

Aug16

 日経朝刊の「脳を究める」で酒井邦嘉氏の「文法中枢」の研究が紹介されている。

 酒井氏はチョムスキーの弟子で、チョムスキーの言語生得説をMRIなど最新の計測機器を駆使し、「文法中枢」の場所を特定するなど、多くの成果をあげている。中公新書の『言語の脳科学』、岩波科学ライブラリの『心にいどむ認知脳科学』という一般向けの本を書いているが、昨年からは外国語学習に挑み、外国語学習も母国語と同じ「文法中枢」が関与していることがわかったという(「外国語習得も同じ「文法中枢」」参照)。

 外国語も同じということは、すべての言語に共通の深層構造を想定しなければならなくなる。ただし、それがチョムスキー流の普遍文法と同じかどうかはまだわからないはずだ。

 『日本語に主語はいらない』の金谷武洋氏は近著『英語にも主語はなかった』で、主語は英語でもノルマン征服以降になって析出してきたこと、主語のない言語の方が多く、題述構造の方が主語述語構造よりも普遍的であることを示した。

 深層主語の仮説は、深層であるがゆえに、ああいえばこういうの神学論争になりかねないが、主語を中心にしたチョムスキー文法だけが普遍文法だとはまで言えないと思うのだ。

Aug28

 このところ、フジテレビの「グータン」を見ている。

 毎回、ゲストの休日にMC(松嶋尚美、篠原凉子、優香)の一人がつきあい、そのVTRをもとに精神科医の名越康文氏がご託宣をあたえるという趣向で「自分探しバラエティー」と銘打っている。

 他愛もないトーク番組だが、毎回見ているのは、名越氏の手法ががまるっきり野口整体の体癖論の応用だからだ。

 名越氏はクリニックを開業している現役の精神科医で、これまで3000人の患者を診たという。教育分析を受けた精神分析医のようだが、精神分析では一人の患者に何年もかかって、3000人の患者を診ることなど不可能である。カウンセリングや交流分析でも無理だ。3000人を診て、患者にそれなりの満足をあたえることができたのは体癖論を使っているからではないかと思うのだ。

 「グータン」をはじめて見たのは曙の回だった。名越氏は曙は格闘選手とは対極的な頭脳型だとして、あれこれ性格を分析してみせたが、その内容が体癖論でいう上下型1種の特徴そっくりだったので、おやと思った。

 名越氏の武器が体癖論だと確信したのは瀬戸朝香の回で、名越氏は彼女が呼吸器の発達した体型であり、行動する時に一番よさが出ると語ったが、体型と性格を結びつける点といい、呼吸器の強調といい、体癖論でいう前後型5種の特徴そのものである。

 名越氏は甲野善紀氏とカルメン・マキ氏との鼎談『スプリット―存在をめぐるまなざし 歌手と武術家と精神科医の出会い』を出しているというが(未読)、甲野氏が登場しているあたり、いよいよ野口整体の匂いが濃厚である。

 体癖論は野口晴哉の創始した野口整体の基礎理論で、椎骨の転移の観察から生まれている。転移には上下、左右、前後、捻れ、開閉の5類型がある。カイロプラクティック系の整体では歪みをとることを目標にするが、野口整体では歪みをそろえていく(体癖をはっきりさせていく)ことを目標にする。

 椎骨の転移は専門家でないとわからないが、足のどの位置に重心がかかっているかを調べる体量配分計という機械に乗ると、その日の転移状況(体勢という)がわかる。体勢はしょっちゅう変わるが、長期間観察していくと、頻繁に出現する体勢がわかってきて、その体勢を体癖という。

 体癖はかなりの程度、行動特性に反映しているといわれていて、整体協会の会員の間では自己紹介の話題として重宝されている。体癖を本式に調べるには指導室に通って体量配分計に乗るしかないが、簡単に体癖がわかる方法がある。靴の裏の減り具合をみるのである。ざっと紹介すると、次のようになる。

上下型(靴の後ろが減る)
頭脳中心で、過去の経験と比較しないと行動できないタイプ。
左右型(靴の左右どちらかが減る)
消化器中心で、感情タイプ。
前後型(靴の前が減る)
呼吸器中心で、考えずに行動するタイプ。
捻れ型(一方の靴の前が減り、他方の靴の後ろが減る)
循環器中心で、他人との比較に敏感。闘争心旺盛。
開閉型(靴の内側、もしくは外側が減る)
生殖器中心で、他人を保護したがる。

 観月ありさの回では、後ろに重心をかけて立っている立ち姿に注目し、一見、行動型のように見えるが、本当は頭脳タイプと指摘して本人を驚かせていた。

 先週の名倉潤の回ではすばやい反応速度に注目し、緊張することに快感を覚える等々と言っていたが、これはすべて閉型9種の特徴で、野口晴哉の『体癖』の記述そのままである。

 今週は青木さやかだったが、顔からして捻れ型だなと思っていたら、案の定、名越氏は捻れ型7種の特徴を並べていた。

 「グータン」に登場したタレントは前後と上下、閉が多く、左右と開はまだ登場していないようだ。

(体癖論は野口晴哉の『体癖』と『体運動の基礎』を読めばあらましがわかるが、どちらも市販されていない。書店で入手可能なのはちくま文庫から出ている『整体入門』だが、むしろちくま新書の片山洋次郎『整体 楽になる技術』の方をお勧めする)

追記:9月25日のスペシャル版で3人のMCが分析室にはいった。以下はメモ。

 松嶋尚美は4種5種で、左右とねじれの複合だった。感情ゆたかで、子供の相手をしているとすーっと子供の精神年齢にもどるが、恋人の前ではねじれが出てきて、意地を張ってしまう、云々(はっきり「ねじれ」と言っていた)。

 篠原凉子は6種。スタミナがなく、部屋が汚い。妄想癖があり、嫉妬・羨望が強いが、そうしたマイナス面を素直に表に出しているので、視聴者に支持されている。

 優香は9種。気に敏感で、子供の時のトラウマから過剰適応気味。(Sep26 2004)

追記2:*****さんという方から、名越氏が最近出した『キャラッ8』という本の後書で、野口裕之氏に謝辞を書いていると教えていただいた。

 また、甲野善紀氏のページの「随想録」にも、毎月、名越氏と甲野氏が野口裕之氏の会に通っているという記述があるとのことである。

 他愛もないトーク番組がきっかけとはいえ、野口晴哉の思想が注目されるきっかけになるのかもしれない。ただ、整体協会は格式ばったところがあるから、『グータン』を見た女の子が大挙して活元会に押しかけるようなことになったら、決してよろこばないだろう。(Oct20 2004)

追記3:上記の*****さんから匿名にしてほしいとの申し出があったので、一部書きかえた。(Dec11 2004)

Aug29

 NHKの「芸術劇場」で蜷川幸雄演出の「オイディプス王」アテネ公演を見た。カルチュラル・オリンピヤードに招かれたもので、会場となったヘロディス・アティコス劇場は西暦161年に建てられた正真正銘の古代劇場で、保存がいいので現在も劇場として使用されており、蜷川の「王女メディア」もここで上演されている。

 この芝居は2002年6月のシアター・コクーンでの初演を見ているが、感想を御覧になればわかるように、あまりおもしろくなかったので、今年6月の再演も見なかったし、録画もしなかった。

 最初の15分は公演準備の映像をまじえた佐藤藍子による山形治江氏(上演台本の役者)のインタビューだった。どちらかというと、これが目的でチャンネルをあわせたのだが、公式サイトに掲載されている「事務局通信」と「アテネ公演レポート」の方がよかった。山形氏はノリのいい剽軽なオバサンだった。

 本篇がはじまってみると、5千人収容の本物の古代劇場で上演するということもあってか、気合の入り方が違う。特にコロスは見違えた。5千人を相手にしているだけに、声はひっくり返っているし、あらも見えるが、それがなんだとい

 音楽・衣装・演出は基本的には同じだが、初演時に顕著だったチベット趣味が整理され、すっきりしていた。キャストは羊飼いの山谷初男が三谷昇に代わり、コロスの最初の舞に音楽担当の東儀秀樹本人が登場した点が違っていた。確認したわけではないが、台詞はかなり練りこまれていると思う。初演時は「情報」のような現代語が気になったが、今回はすんなり耳にはいってきた。

 一番変わったのは、オイディプス王をone of themの役にして群衆劇的な演出にした点だと思う。老予言者を訊問する場面では予言者を演ずる壌晴彦の方が主役のようだったし、妻にして母の麻実れいのイオカステは母の面がいよいよ大きくなった(その分、迫力が増した)。それ以上に重要なのは、緩急のリズムが生まれた点である。

 終局にいたり、すべての真相が明らかになると、オイディプスはいったん館の中に引っこむ。伝達者が内部で演じられた修羅場を報告してから、血まみれのオイディプスが再登場するのだが、初演ではこの再登場を見せ場にしようとして盛りあげきれず、失速してしまった。アテネ版では伝達者の報告を一つの山場として盛りあげた後、オイディプスの再登場では逆に緊張を緩め、次につづく娘たちに別れを告げる見せ場のつなぎにしていた。

 初演のDVDはすでに出ているので、アテネ公演もDVD化されるものと思われる。

 山形治江訳の上演台本は劇書房から出ていたが、すでに絶版である。アテネ版が出たら読んでみたい。

 「オイディプス王」はギリシャ悲劇の傑作中の傑作なので、翻訳がいくつも出ている。一番入手しやすい岩波文庫の藤沢令夫訳はコロスの部分が不自然で、あまりよくない。新潮文庫の福田恆存訳が復刊されているが、まだ読んでいない。多分、重訳と思われるが、日本語としてはこなれているだろう。原典にもっとも忠実と定評があるのはちくま文庫版『ギリシャ悲劇Ⅱ』にはいっている高津春繁訳である。この本には後日譚の「コロノスのオイディプス」も高津訳でおさめられている。

Aug31

 「国際ジプシー認知補償活動」(GIRCA)がホロコーストに協力したとしてIBMに対して起こした訴訟がスイスの最高裁で争われることになった(ITmediaCNN)。「ジプシー」は差別語ということになっているが、GIRCA(Gypsie International recognition and compensation action)自身が「ジプシー」を名乗っているのだから、問題はないだろう。

 IBMはご存知のように、コンピュータに乗りだす前はパンチカード・システムを提供する会社だった。IBMの大型機は今でもEBCDICという奇妙奇天烈な文字コードを使っているが、あんな文字コードを作ったのはパンチカード時代のデータ資産を継承するためだったのである(詳しくは『電脳社会の日本語』参照)。

 パンチカード・システムはもともとはハーマン・ホレリスがアメリカの国勢調査のデータ処理を迅速化するために発明したものだった。ホレリスの設立した会社の後身であるIBMはドイツにもパンチカード・システムを売りこみ、それがドイツの国勢調査に使われ、ユダヤ人、ジプシー、障碍者、同性愛者の洗いだしに転用されたわけである。

 国勢調査に使われただけならともかく、パンチカード・システムは強制収容所の収容者の管理にも使用され、今でいうプログラム開発にIBM自身が関与した疑いがあり、トマス・ワトソンがナチスから勲章を授与されていたとなと、話は生臭くなる。スイスの控訴裁判所が「IBMが機材や知的支援を通じてナチスの犯罪行為に加担したことは無視できない」として、訴訟の継続を認めたにはそれなりの理由があるのである。

 こうした事実を暴いたのは2001年に出版されたエドウィン・ブラックの『IBMとホロコースト』で、邦訳も出ている。技術史的におもしろいし、国民管理の原点を知る上でも興味深い本である。なお、集英社新書の原克『悪魔の発明と大衆操作』の第二章はブラックの本の要約となっており、あらましだけを知りたい人はこっちでいいだろう。

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