演劇ファイル Sep - Dec 2000
加藤弘一
*[01* 題 名<]
グリークス 1 「戦争」1
*[01* <]
アウリスのイピゲネイア
*[02* 劇 団<]
*[03* 場 所<]
シアター・コクーン
*[04* 演 出<]
蜷川幸雄
*[05* 戯 曲<]
バートン,ジョン
*[05* <]
カヴァンダー,ケネス
*[05* 翻 訳<]
吉田美枝
*[06 上演日<]
2000-09-12
*[09* 出 演<]
平幹二朗
*[10* <]
宮本裕子
*[11* <]
白石加代子
*[12* <]
田辺誠一
*[13* <]
菅生隆之
*[14* <]
高瀬哲朗
今回は前部座席の位置に舞台をしつらえ、舞台両側に客席がある。舞台には白いレース布がかぶせてある。波のうねりのように、凸凹している。右の中央の柱にはアルテミスの下手の揚幕に対面している。
客電がついたままなので油断していると、上手の入口からはいってきた女性客の一人が台詞を語りはじめる。麻実れいではないか。下手では渡辺美佐子が口火を切る。向かい側の通路からはオバサンの一団がおりてきて、やはり口々に台詞を語っている。ギリシャの神々の名前が飛びかうが、まるで井戸端会議だ。
渡辺美佐子の一団がすぐ横の通路をあがってくる。通路から二列目の席なので、どきどきする。先頭の女性(寺島か?)がクロノスのペニスを切り落とすといいながら、いきなりこちらのズボンにふれてきて、びっくり。渡辺美佐子がすかさず「すいません」と言う。
ここで暗転、天井からクロノスの振り子がおりてきて、重々しくリズムを刻みはじめる。
と同時に、舞台にはった布が下から赤く照らされる。布がはずされると、おなじみの90cm水槽がならんでいる。海面のうねりはこの水槽だったのだ。中には緋色の衣装(深くて、いい色だ)をまとった若い女性のコロスが胎児のように膝を抱えて横たわっている。やってくれるではないか。
彼女たちが水槽から出てきて、わいわい神々の噂話をしていると、先程、観客の扮装であらわれた女優たちが同じ緋色の衣装で合流。パリスの審判の話をしているらしいが、がやがやしてほとんど聞きとれない。意図したのだろうが、最近の若い観客がパリスの審判を知っているかどうか。
下手の出入り口からアガメムノン(平)が出てきて、「アウリスのイピゲネイア」がはじまる。老僕(高瀬)、メネラオス(菅生)とも明確な口跡で、久しぶりに大人の芝居を見た。
二番目の手紙が間にあわず、クリュタイメストラ(白石)と白い衣装のイピゲネイア(宮本)が正面右の通路から登場。再会のよろこびの後、勝手に結婚を決められたアキレウスが抗議に来て、クリュタイメストラはなぜ娘が呼ばれたのかを知る。
ここで平と白石という重戦車どうしの対決となるが、もう一つ噛みあっていない。台詞が簡潔すぎて、両者ともエンジンがかかりきっていないのではないか。この二人に限っては、原作の重々しい台詞で真価を発揮するような気がする。
二人の対決の前に、一抱えもある蓮の造花をいけた水槽を持ちこんだのは逆効果だった。花が派手すぎて、夫婦の対立が拡散してしまった。
重戦車対決は不発に終わったが(今回だけか?)、宮本裕子はすばらしかった。黄色い婚礼の衣装に着がえた彼女は、死におびえ、父に助命を懇願するが、軍勢の奴隷となっている父の立場を知ると、アルテミス像の前で死を覚悟し、みずから生贄になろうとする。宮本のイピゲネイアは無垢な少女というより、シェイクスピアのヒロインのように、すべてを見通した上でふるまう聡明さを感じさせる。凜々しさで重戦車二人を食っている。
伝令からイピゲネイアは鹿に変わったと伝えられると、クリュタイメストラは「そんなことは信じません」と言い切る。これはなにかあるぞという胸騒ぎを残して終わる。
*[01* 題 名<]
グリークス 1 「戦争」2
*[02* 劇 団<]
*[03* 場 所<]
シアター・コクーン
*[04* 演 出<]
蜷川幸雄
*[05* 戯 曲<]
バートン,ジョン
*[05* <]
カヴァンダー,ケネス
*[05* 翻 訳<]
吉田美枝
*[06 上演日<]
2000-09-12
*[09* 出 演<]
田辺誠一
*[10* <]
南果歩
*[11* <]
平幹二朗
*[12* <]
瀬下和久
*[13* <]
久世星佳
*[14* <]
横田栄司
休憩時間のうちに舞台のそこここに槍と刀を突きさし、左の揚幕には差しかけの天幕を張っている。アキレウス(田辺)の幕舎の見立てだろう。
この殺気だった戦場に、水色の薄物をまとったテティス(南)が小走りにあらわれる。40歳近いはずだが、ラメを多用したメイクと舌足らずな口調で、独特のフェロモンを発散している。まさに妖精という感じ。
文学座アトリエ公演では老婆という設定だったが、蜷川版の解釈の方がおもしろい。
妖精の母とアキレウスのあやしげな雰囲気の抱擁があり、プリセイス(久世)をめぐるアガメムノンとの子供じみた鞘当てがあり、親友パトロクロス(横田)への同性愛的な愛着があるというように、幼児倒錯の世界ではじまるのだが、ギリシア軍の敗色が明らかになっていくにつれ、舞台は悲劇へ向かって一直線に突っ走っていく。
ヘクトルを殺せば自分も死ぬことをアキレウスは母の予言で知っていてるが、パトロクロスの仇をとるために、すべて承知の上でヘクトルを倒す。
その夜、ヘクトルの亡骸を引きとりにトロイア王プリアモス(瀬下)が幕舎を訪れるが、自分の死の近いことを知っているアキレウスは丁重に迎え、ヘクトルの葬儀のための停戦を提案する。この場面は感動的だ。
アキレウスの田辺は台詞をとちるし、時々、声がかすれて出ないことがあるが、颯爽としているし、風格もある。小さな欠点などどうでもよくなる。
*[01* 題 名<]
グリークス 1 「戦争」3
*[01* <]
トロイアの女たち
*[02* 劇 団<]
*[03* 場 所<]
シアター・コクーン
*[04* 演 出<]
蜷川幸雄
*[05* 戯 曲<]
バートン,ジョン
*[05* <]
カヴァンダー,ケネス
*[05* 翻 訳<]
吉田美枝
*[06 上演日<]
2000-09-12
*[09* 出 演<]
渡辺美佐子
*[10* <]
中嶋朋子
*[11* <]
麻実れい
*[12* <]
安寿ミラ
*[13* <]
藤木孝
*[14* <]
川本絢子
天井から赤いロープが12本下がっている。
アガメムノンが木馬作戦成功を誇った後、暗転。照明がつくと、青い衣のトロイアの女たちが後ろ手に縛られ、赤いロープに繋がれている。
女たちは誰の戦利品になったかを告げられる。ヘカベ(渡辺)はオデュッセウスの所有になったと知ると、あの卑怯者だけは嫌だと嘆くが、王妃の矜恃は失っていない。
アガメムノンは自分が獲得したカッサンドラ(中嶋)の衣を割って、痩せた太腿を剥きだしにする。不吉な予言を怖れて、彼女の口には赤い紐で猿轡がはめられている。アガメムノンは苦しがっている彼女の顎を持ちあげ、顔を検分し、馬乗りになる。SM的というより、宇野亜喜良のイラストのような中性的で気だるい印象の方が大きい。
アガメムノンは従者がとめるのも聞かずに、彼女の猿轡をはずす。彼女は木馬にギリシア人が隠れていると予言したが、先勝に浮かれたトロイア人は誰も耳を貸そうとしなかった、アポロンの呪いで自分の言葉は誰にも信じてもらえないといってから、ギリシアの武将たちの不吉な未来を予言するが、やはり誰もまともにとりあわない。現世に生きることを投げてしまったような、不健康なエロチシズムを感じた。
アンドロマケ(麻実)はアキレウスの息子のネオプトレモスの所有に帰した。彼女はヘクトルの思い出を誇り高く語り、息子にトロイア再興の望みを託す。だが、伝令があらわれ、彼女の息子を城壁から突き落として殺すというギリシア軍の決定を伝える。おとなしく引きわたさないなら、埋葬を許さないと脅され、彼女はやむなく息子をわたす。激することなく、立ち姿のたたずまいで深い悲しみを伝える麻実れいの演技は能を連想した。この場面は今日最大の見せ場である。ヘクトルの楯に息子の遺骸を乗せて葬るくだりも心にしみた。
ここで、一転して、ヘレナ(安寿)が兵士に連行されて、メネラオスの前にあらわれる。白いきらびやかな衣装で、美女オーラをキラキラ放射して、連行されているのだか、護衛させているのだかわからない。ヘカベは売女と罵り、メネラオスに見るなと警告するが、メネラオスはヘレネを見てしまい、もうメロメロ。悲嘆につぐ悲嘆の間に、こういう場面をいれるとは、エウリピデスはすごい。
安寿ミラという女優は今までノーチェックだったが、西洋梨のような清涼な華やかさがある。蓮っ葉ぎりぎりのところで、悲劇味をただよわせるあたり、ただ者ではない。
ヘカベはコロスの長のような役割で、終始抑制した演技だったし、娘や嫁の引き立て役なのかと思っていたら、トロイア炎上の場面あたりから彼女の存在感がどんどん大きくなっていって、この幕の主役はまぎれもなく彼女だったことがわかる。三人の主役級の女優を最後に食ってしまうのだから、ベテラン恐るべし。
コロスの存在感がこの舞台を支えている。
文学座アトリエ公演はコロスが弱かった。コロスは反新劇的な要素として、小劇場系の演劇で導入されたが、鈴木忠志的なコロスや
ルボー的なコロスが理論先行だったのに対し、蜷川は最初の演出作品である清水邦夫の『真情あふるる軽薄さ』で、すでにコロスを登場させている(コロスとは意識していなかっただろうが)。蜷川のコロスはギリシア悲劇に触発されたのではなく、内発的なものだったのだと考えているが、この舞台は蜷川的なコロスの集大成になるだろう。
*[01* 題 名<]
グリークス 2 「殺人」1
*[01* <]
ヘカベ
*[02* 劇 団<]
*[03* 場 所<]
シアター・コクーン
*[04* 演 出<]
蜷川幸雄
*[05* 戯 曲<]
バートン,ジョン
*[05* <]
カヴァンダー,ケネス
*[05* 翻 訳<]
吉田美枝
*[06 上演日<]
2000-09-13
*[09* 出 演<]
渡辺美佐子
*[10* <]
平幹二朗
*[11* <]
川本絢子
*[12* <]
渕野俊太
*[13* <]
中嶋朋子
*[14* <]
藤木孝
潮騒のどよもすトラキアの浜。オデュッセウスがあらわれ、アキレウスの怒りのために風が吹かず、ギリシアの船団が足止めされていること。全軍の評定でトロイアの王女、ポリュクセネ(川本)をアキレスに生贄として捧げることに一決したと語る。
白いボロを纏ったヘカベにつづいて、埃まみれの青い毛布にくるまったトロイアの女たちが左の揚幕からあらわれる。ポリュクセネを連れに来たオデュッセウスに、ヘカベは女たちをしたがえて、王妃の威厳をもって助命をもとめる。オデュッセウスが乞食に身をやつしてトロイアに内情をさぐりにきて捕らえられた時、お前はなんといって命乞いしたか、おぼえているか。お前は命一つ分の借りがあるはずだ、と。
藤木のオデュッセウスは借りがあるから、お前を自分の奴隷にして、保護下に置いたのだと、よく通る声で堂々と答える。微塵も悪びれていない。この厚顔無恥こそ、オデュッセウスだ。
ポリュクセネは奴隷になるよりはと、進んで死におもむく。黄色い花嫁衣装をもとっていることもあって、昨日のイピゲネイアの二番煎じの印象がなくもない(アガメムノンの述懐を引きだす伏線かもしれない)。
ヘカベはポリュクセネの死までは威厳を保っていたが、ポリュドロスの腐乱した遺体と対面するや、首をたらし、悲しみに打ちひしがれた母親にすぎなくなる。絶望の後に、さらに絶望に追いやられる女を、渡辺美佐子は声の残酷な転調で表現した。
そこへアガメムノンがあらわれる。彼はヘカベに、自分たちは娘を生贄にささげた者どうしだと呼びかけ、権力のむなしさを語る。アガメムノンの場面のうちで、ここが一番心にしみた。エウリピデスは2500年前に、この台詞を書いたのだ。
だが、ヘカベはカッサンドラをだしにして、最後の息子を殺したトラキア王ポリュメストル(渕野)に対する復讐を黙認するように迫る。
ヘカベはポリュメストルとその息子を天幕に誘いこみ、女たちとともに、息子を殺し、ポリュメストルの目をつぶす。盲目となったポリュメストルはヘカベとアガメムノンの未来を予言するが、おりから風が吹きおこり、アガメムノンらギリシアの武将は帰国のよろこびに沸きたち、耳を貸さない。
*[01* 題 名<]
グリークス 1 「殺人」2
*[01* <]
アガメムノン
*[02* 劇 団<]
*[03* 場 所<]
シアター・コクーン
*[04* 演 出<]
蜷川幸雄
*[05* 戯 曲<]
バートン,ジョン
*[05* <]
カヴァンダー,ケネス
*[05* 翻 訳<]
吉田美枝
*[06 上演日<]
2000-09-13
*[09* 出 演<]
白石加代子
*[10* <]
平幹二朗
*[11* <]
中嶋朋子
*[12* <]
吉田鋼太郎
*[13* <]
立石凉子
*[14* <]
市川夏江
休憩なし。暗転の間に舞台右中央に台が置かれ、揚幕に対面するかたちで、アポロンの胸像が据えられている(平幹二朗に似ている)。
赤い衣に着がえたコロスが舞台の端に散らばり、十年間の孤閨とクリュタイメストラの不始末を噂している。衣こそ青から赤に変わっているものの、顔を見ると「ヘカベ」でトロイアの女たちをやった面々なので、異和感がある。衣装を変えない方がよかったかもしれない。
クリュタイメストラは二度揚幕から出てきて、コロスに語りかけ、アポロンの像の前で跪く。二度目には、狼煙で報じられたトロイア陥落を伝える。ここは元がアイスキュロスなので、儀式的なまだるっこしさが残っている。
戦車に乗ったアガメムノンが舞台の向こう側を、左から右に進み、斜路を昇って、アポロンの胸像のところで止める。
クリュタイメストラはコロスに赤い布(暗幕の裏?)を敷かせる。アガメムノンは貴重な布を汚すまいぞと何度も辞退するが、クリュタイメストラは手ずから靴を脱がせて、布の上に立たせる。クリュタイメストラはねっとりとした笑みを浮かべ、丁重な言葉で夫を讃えるが、なにか起こりそうな予感がじわじわ高まっていく。他の女優だったら、こういう儀式的な場面はだれることだろう。
アガメムノンは戦車の中に隠れていたカッサンドラを呼び、妻に紹介する。クリュタイメストラはにこやかなままで、いよいよ胸騒ぎがつのる。カッサンドラは物狂いし、アトレウス家の凄惨な歴史を口走る。
宮殿に見立てた揚幕の中にアガメムノンとカッサンドラがはいっていく。しばしの静寂の後、黄色い網をかぶせられ、深手を負ったアガメムノンが出てくる。
カッサンドラの遺体を従者たちが引きずりだし、アガメムノンの遺体に寄り添わせる。
最後に、血まみれの斧を構えたクリュタイメストラがしずしずと姿をあらわす。劇場の空間が彼女一点に引きしぼられていくような恐るべき存在感。
アイギストスが右の通路を降りて、舞台に上がる。コロスは口々になじる。彼はタンタロスの一族の汚辱に満ちた歴史を語り、正当な復讐をしただけと言うが、女に殺させた卑怯者、戦争にいかなかった卑怯者と容赦しない。
しかし、クリュタイメストラは一喝して黙らせ、自分たちが国を治めていくと宣言する。
*[01* 題 名<]
グリークス 2 「殺人」3
*[01* <]
エレクトラ
*[02* 劇 団<]
*[03* 場 所<]
シアター・コクーン
*[04* 演 出<]
蜷川幸雄
*[05* 戯 曲<]
バートン,ジョン
*[05* <]
カヴァンダー,ケネス
*[05* 翻 訳<]
吉田美枝
*[06 上演日<]
2000-09-13
*[09* 出 演<]
白石加代子
*[10* <]
寺島しのぶ
*[11* <]
尾上菊之助
*[12* <]
吉田鋼太郎
*[13* <]
小林さやか
*[14* <]
高瀬哲朗
上手にアポロンの胸像。舞台の縁に甕が六つ置いてある。
茶色い粗末な衣のエレクトラ(寺島)があらわれ、母の不実と義父の横暴をコロスに訴える。クリュタイメストラの弁明、クリュソテミス(小林)の諌言とつづくが、この段階まではどうということはない。白石クリュタイメストラに一歩も引かずに反抗したのは立派だが、反抗は反抗にすぎない。テンションの高い芝居がつづいたので、息抜きという印象がある。
ところが、オレステス(菊之助)の訃報を聞くや、エレクトラは感情を爆発させる。その直後、オレステスの遺灰をとどけた若者がオレステスだとわかると、一転して喜びにうちふるえる。絶叫芝居ではない。絶叫はしないが、生の感情の大波が劇場中の空気をビンビンふるわせる。寺島は新劇系の経歴だと思うが、これは新劇の芝居ではない。歌舞伎でもないと思う。
だが、本当のクライマックスはこの後に来た。オレステスは宮殿の中に招じいれられるが、すぐに悲鳴があがり、傷を負ったクリュタイメストラが飛びだしてくる。刃物をかまえたオレステスが後を追ってくる。壺が倒れ、糊が舞台に拡がる。
母と息子の愁嘆場を女殺し油地獄の趣好だが、この引きのばされた母殺しは圧倒的で、オレステスの心の動揺を拡大鏡で見せてくれる。「エレクトラ」は
T.P.T.のものとか、
ク・ナウカのものとか何度か見ているが、この場面は鈴木忠志演出の『悲劇』を越えている。
舞台の衝撃で、頭の中がしばらく真っ白だった。すごいものを見てしまった。
*[01* 題 名<]
グリークス 3 「神々」1
*[01* <]
ヘレネ
*[02* 劇 団<]
*[03* 場 所<]
シアター・コクーン
*[04* 演 出<]
蜷川幸雄
*[05* 戯 曲<]
バートン,ジョン
*[05* <]
カヴァンダー,ケネス
*[05* 翻 訳<]
吉田美枝
*[06 上演日<]
2000-09-14
*[09* 出 演<]
安寿ミラ
*[10* <]
菅生隆之
*[11* <]
田代隆秀
*[12* <]
飯田邦博
*[13* <]
市川夏江
エジプト風の絵柄の青い円形カーペットの上に、白い薄物をまとったヘレネが寝そべっている。彼女はパリスの審判直後、ヘラにさらわれてエジプトに来ていて、トロイアに行ったのは模像だったという真相を明かす。エジプト王の求婚がうるさいので、神殿の中に逃れているのだという。完全な喜劇。
文学座アトリエ公演の時も、この意想外の展開に呆然としたが、今回も鮮やかに決まっている。通しで見れば、もっと衝撃が大きいだろう。
赤い衣、赤い布ですっぽり頭をくるみ、両足を鎖でつながれた同胞のギリシア女のコロスがかしずいているが、そんなことには意を介さず、ファッション誌をめくり、バドワイザーで喉を潤している。白い太腿には茶色い文字の刺青が見える。プログラムの写真はいかつい顔に写っているが、華があって、まさに宝塚のスター。
ここに難破したメネラオスがやってきて再会。重苦しい物語がつづいていたので、メネラオスのおめでたさで肩の力が抜けるが、登場人物にとってはそれどころではない。空気のために十年間戦っていたと知って嘆く老兵(飯田)の嘆きには滑稽さと痛ましさがないませになっていて、まさにベケット的である。
二人はエジプト王(なぜかアラブの族長の衣装の田代)をだまし、舟を奪ってまんまと逃げおおせるが、コロスの女奴隷たちは囚われ身のままだ。
*[01* 題 名<]
グリークス 3 「神々」2
*[01* <]
オレステス
*[02* 劇 団<]
*[03* 場 所<]
シアター・コクーン
*[04* 演 出<]
蜷川幸雄
*[05* 戯 曲<]
バートン,ジョン
*[05* <]
カヴァンダー,ケネス
*[05* 翻 訳<]
吉田美枝
*[06 上演日<]
2000-09-14
*[09* 出 演<]
尾上菊之助
*[10* <]
寺島しのぶ
*[11* <]
平幹二朗
*[12* <]
安寿ミラ
*[13* <]
菅生隆之
*[14* <]
合田雅吏
暗転し、舞台の縁に点々と焔がともされる。上手側にアポロンの胸像が転がされ、台も倒れている。照明がつくと、台にエレクトラがすわっている。下手の壁の下には毛布をかぶったオレステス。
エレクトラは自分に向かって、そして客席に向かって自分たち姉弟の不幸を嘆くが、ここは感情があまりはいっていない。オレステスは瘧を起こす。予言通り、アテネにゆき、無罪判決を受けるが、復讐の女神は納得せず、追ってくると訴える。鈴木忠志のアトレウス家ものでは、クリュタイメストラの幽霊と復讐の女神を実際に登場させ、狂気の世界に踏みこんだが、『グリークス』はそこまでやらない。
ここで、喪服なのにやけに明るいヘレネが登場し、肩の力が抜ける。エレクトラに葡萄酒の壺を押しつけ、自分の代わりに姉(クリュタイメストラ)の墓に供えてきてくれと頼む。ミュケナイの民衆が怖いというのだが、この無神経さがかわいらしく見えるのだから、美人は得である。
唯一の頼みだったメネラオスに裏切られ、市民の票決で二人の死刑が決まる。寺島エレクトラがまた感情を爆発させる。低い声なのだが、張り裂けるような悲しみが舞台からワーっと拡がって、劇場に充満する。こういう感情が出せるなんて、寺島は危ない人なのではないか。
オレステスは一転してメネラオス殺害を決意し、エレクトラ、ピュラデス(合田)で急に元気に舞台を跳びまわる。無軌道な十代という感じ。
宮廷の中にはいり、ヘレネの悲鳴。血まみれの短剣を手にオレステスが飛びだしてきて、ヘルミオネを人質にとる。殺気だつメネラオス。
だが、中から出てきたトロイアの下女は、ヘレネは消えたという。
ここで、デウス・エクス・マキーナ。照明が稲光のように明滅した後、揚幕の上がばたりと開いてタラップになり、平幹二朗のアポロンがおごそかに登場する(やはり、アポロン像は平に似せてあったのだ。頭の藁飾りまでいっしょ)。
アポロンは地上に降り立ち、人間の間をゆっくり進みながら、理を説いて争いを調停し、エレクトラとピュラデスの結婚、オレステスとヘルミオネの結婚、そしてタウリケでアルテミス像を盗んでくるように命ずるが、自分の像が地面に転がっているのを見つけると、ムッとして台の上に据え直す。この仕草がなんとも人間くさく、客席のあちこちで笑いが起こる。
この間、ヘレネはタラップの中ほどに膝を組んで座って、涼しい顔で下界を見下ろしている。横顔が見えたが、ギリシアの壺絵そっくりではないか。
アポロンはヘレネを連れて天上界に去っていくが、地上ではすべてが解決したわけではない。
*[01* 題 名<]
グリークス 3 「神々」3
*[01* <]
アンドロマケ
*[02* 劇 団<]
*[03* 場 所<]
シアター・コクーン
*[04* 演 出<]
蜷川幸雄
*[05* 戯 曲<]
バートン,ジョン
*[05* <]
カヴァンダー,ケネス
*[05* 翻 訳<]
吉田美枝
*[06 上演日<]
2000-09-14
*[09* 出 演<]
麻実れい
*[10* <]
菅生隆之
*[11* <]
香月弥生
*[12* <]
田代隆秀
*[13* <]
南果歩
*[14* <]
尾上菊之助
上手側に小さなお堂が作ってあり(屋根に草が生えている)、テティスの神殿の見立て。中にアンドロマケが座っていて、これまでの経緯を問わず語りに語る。ネオプトレモスの奴隷にされて、息子を産んだこと。オレステスと結婚するはずだったヘルミオネがネオプトレモスの正妻になり、子供が出来ないことから、自分と息子の命を狙っていること。女は男の道具に過ぎないこと。
すべてを達観したような堂々とした語りで、これだけで芝居一本分の充実感がある。
ヘルミオネがあらわれ、ヒステリーを起こし、駄々っ子のように転ろげまわるが、アンドロマケは「若いわね」の一言で圧倒する。
だが、メネラオスが彼女の息子を連れてくると、神殿を出ざるをえない。神殿を出れば息子の命は助けるということだったが、ヘルミオネは二人とも殺そうとする。
そこへ老ペレウス(田代)が鎧をつけて馳せ参じ、二人を救う。田代はまだ40代のはずだが、頑固老人の役がはまている。「リア王」の名演を思いだした。
まだ復讐の女神に追われているオレステスとピュラデスがあらわれ、ヘルミオネとともに去っていくが、入れ代わりにネオプトレモスの遺骸が運ばれてくる。デルフォイの帰途、オレステスたちに殺されたというのだ。
ペレウスが遺骸にすがって哭いていると、永遠に若いテティスがあらわれる。また妖精フェロモン全開で、老人を恋人のように抱きしめる図は頭がくらくらしてくる。テティスはアンドロマケと息子の未来を予言すると、ペレウスに永遠の命をあたえ、いっしょに海の底で暮らすといって、彼をつれさる。人間は神々に遊ばれているのだなぁという感慨深し。
*[01* 題 名<]
グリークス 3 「神々」4
*[01* <]
タウリケのイピゲネイア
*[02* 劇 団<]
*[03* 場 所<]
シアター・コクーン
*[04* 演 出<]
蜷川幸雄
*[05* 戯 曲<]
バートン,ジョン
*[05* <]
カヴァンダー,ケネス
*[05* 翻 訳<]
吉田美枝
*[06 上演日<]
2000-09-14
*[09* 出 演<]
宮本裕子
*[10* <]
尾上菊之助
*[11* <]
合田雅吏
*[12* <]
吉田鋼太郎
*[13* <]
白石加代子
タウリケのアルテミス神殿。上手にアルテミスの胸像が安置してあり、四色の短冊をたらした綱が斜めに張ってある。
灰色の粗末な衣をまとったイピゲネイアがあらわれる。髪にはギリシア文字を記した護符のようなものを何枚かつけている。
彼女は生贄の祭壇で衣を脱ごうとした時、神にさらわれたこと。この地に連れてこられ、アルテミスの巫女にされて、ギリシアの漂民を生贄にささげる儀式をやらされていることを語る。宮本の声はもともと可憐なのだが、この独白は極度にはりつめていて、声そのものの中にドラマがある。どきどきしながら聞きほれる……なんという幸福。
奴隷にされたギリシア女のコロスがあらわれ、望郷の気持を次々に語るが、これは「ヘレネ」と同じパターンではないか。デウス・エクス・マキーナの多用といい、エウリピデスは手抜の元祖でもあった。
やがて、トアス王(吉田)が新たに漂着した二人のギリシア人を連行してくる。オレステスとピュラデスだ。実の姉弟だとわかるまでの迂路がまたどきどきする。オレステスとわかり、彼の名を呼ぶ時の声が胸を締めつける。彼女の声は本当にドラマチックだ。
三人は「ヘレナ」と同工異曲の策略でタウリケから逃げだそうとするが、最後のところで捕らえられる。しかし、ここでデウス・エクス・マキーナでアテナ(白石)があらわれる(アポロンの時と同じ趣好)。薄鼠色のボロを纏った老婆の姿で、妙に陽気な声が神の威厳を感じさせる。アテナは復讐の女神を抑えると約束し、三人の幸福な未来を約束する。三人は無事、タウリケを離れる。
コロスの女たちはまたしても取り残されるが、プロローグの女の子のお喋りにもどる。蓮の花をかざした踊りがあでやかだ。ふたたび90cm水槽に胎児のようにはいって、暗転。
*[01* 題 名<]
マクベス
*[02* 劇 団<]
*[03* 場 所<]
新国立
*[04* 演 出<]
鐘下辰男
*[05* 戯 曲<]
鐘下辰男
*[06 上演日<]
2000-09-16
*[09* 出 演<]
鹿賀丈史
*[10* <]
高橋惠子
*[11* <]
荻野目慶子
*[12* <]
すまけい
*[13* <]
木場勝己
*[14* <]
若松武史
ゲロゲロ。
魔女を荻野目慶子一人にするというので、ある程度いじるとは思っていたが。なんだ、これは。
視覚的・聴覚的効果はすばらしい。サブ舞台くらいの大きさのある鋼鉄のテーブルを縦に据え、両側にガス灯が炎をゆらめかせている。手前には丸い穴があいていて、一回り大きいピンスポットが当たっている。
鎖かたびらをカシャカシャいわせながらマクダフとコーダが奥から飛びだしてきて、テーブルの上でチャンバラ。鋼がぶつかりあう音が迫力満点。マクダフがコーダを倒したところに、ダンカン王の一行が追いつく。オープニングは悪くない。
イングランドのスコットランド侵寇に呼応してコーダが謀反を起こす。マクベスとバンクォーがイングランド軍を撃退し、マクダフがコーダを殺害する……という「マクベス」開幕時の政治的背景を説明したわけだ。
ダンカン王も王位簒奪者だったとか、マルコムへの譲位が決まっていたとか、次男のドヌルベインの方が人望があったとか、イングランドの軍事的圧力の中でマクベスへ登位が決まったとか、マクダフは若い奥方をもらって遅い子供ができたとか、バンクォーは知将として有名だったとか、細かいところまで辻褄を合わせてあるが、芝居としてはつまらない。
マクダフ夫人の場面では夫人の凜々しい台詞を削り、救いになる見せ場をつぶしている。猜疑と裏切と妄想と自責だけが延々とつづく、ひどく後味の悪い舞台になった。シェークスピアは天才だったと再認識。
客席の右半分は高校生の団体で、開演前はうらやましく思ったが、終演後は気の毒になった。
穴の中に死体やなにやらゴミを放りこんでいくが、水が満ちるようにもなっている。ラストでは赤い水に変わる。
鹿賀丈史はさすが。高橋惠子は立ち姿は美しいが、喋ると大袈裟でわざとらしい。荻野目慶子は魔女だから、あんなものか。魔女の相棒は小人の日野利彦。バンクォーの木場はキャラが立っている。
*[01* 題 名<]
ジョン王
*[02* 劇 団<]
シェークスピア・シアター
*[03* 場 所<]
ニュープレイス
*[04* 演 出<]
出口典雄
*[05* 戯 曲<]
シェークスピア
*[05* 翻 訳<]
小田島雄志
*[06 上演日<]
2000-09-25
*[09* 出 演<]
松木良方
*[10* <]
杉本政志
*[11* <]
久保田広子
*[12* <]
星和利
*[13* <]
橋倉靖彦
*[14* <]
真城千都世
この劇団にしては滑走距離が短いと思ったが、すぐに離陸したものの、最後まで低空飛行だった。グーンと高度を上げていくいつもの快感がない。
原因の一半は戯曲にあるかもしれない。飄々と悪事をおこなう獅子王リチャードの私生児、フィリップ(杉本)、子供を奪われた悲しみで狂死するコンスタンス(久保田)、彼女の息子の目を焼けた鉄棒でつぶし、殺せと命じられて苦しむヒューバート(橋倉)、権謀術数の塊の枢機卿パンダルフ(星)と癖のある人物が次々と登場し、見せ場には事欠かないのだが、中心となるジョン王の性格が曖昧なのだ。敵味方がころころ変わる筋立も、いくら史実だとはいえ、わかりにくい。
ジョン王は英国史上最悪の王といわれているそうだが、簒奪者でありながら、悪に撤しきれない弱さがある。演ずる松木も困っている風である。もちろん、演出の責任もあるだろう。
私生児フィリップの杉本のしゃらっとした悪党ぶりがおもしろい。彼にもっと比重をかけた方がよかったかもしれない。
*[01* 題 名<]
かの子かんのん
*[02* 劇 団<]
民藝
*[03* 場 所<]
紀伊国屋サザンシアター
*[04* 演 出<]
兒玉庸策
*[05* 戯 曲<]
小幡欣治
*[06 上演日<]
2000-10-07
*[09* 出 演<]
樫山文枝
*[10* <]
伊藤孝雄
*[11* <]
日色ともゑ
*[12* <]
齊藤尊史
*[13* <]
横島亘
*[14* <]
河野しずか
岡本かの子を恐るべき母性として描いた伝記劇だが、脚本も役者も演出も実に達者である。
舞台は中央の壁で左右にわかれている。照明のついた上手側には病院のベッド。窓には鉄格子。かの子(樫山)が手鞠歌を口ずさみながら、想像上の鞠をついている。そこへ女医の京山志保が弟で医師の瓜生浩一を連れてはいってくる。
下手側の照明がつく。病院の面会室。岡本一平が牧師(嶺田則夫)とともにあらわれる。京山と瓜生は経過は順調で、一ヶ月で退院と言う。かの子が病室から連れてこられるが、最初はなごやかだったものの、妹の大貫きん(日色)が留守の手伝いに来ているとわかると激昂する。きん本人があらわれると、いよいよ手がつけられなくなる。
樫山のかの子は純真でかわいいが、その純真さは怖さでもあるという二面性をうまく絵にしているが、次の場面はさらに重い。
暗転後、利根川べり。かの子と一平が骨壺を抱いて歩いている。かの子は退院するが、その直後、農家に預けていた長女が病死。火葬場で焼いた帰りなのだ。かの子は長女は一平の子供ではなかったと告白する。
このままで二時間はつらいと思ったが、小幡欣治だけに、次の場では喜劇味を前面に出す。病院で世話になった瓜生医師に出した膨大なラブレターを姉の京山が瓜生同伴で返しに来るという設定だけでもおかしいが、瓜生はまんざらでもない様子。まったく嫉妬しない一平に京山はあきれる。伊藤孝雄はこういうとぼけた役がうまい。瓜生もまんざらでもない様子。
建長寺の場からは完全に喜劇。道場で座禅を組むかの子。一平が東京からむかえに来る。かの子は瓜生を追って、北海道の岩見沢に向かうと告白された住職は、一平を迎えて落ちつかないが、一平がすべてを知った上で迎えに来ているとわかると、悟りきっていると感心することしきり。かの子は明日の出奔をためらうが、一平はけしかける。リアリティをたもったまま、おかしみを生みだしているにはみごと。
数年後の東京の岡本邸のリビング。瓜生と従弟の森川(横島)が同居する変てこな生活がつづいている(世に言う「男妾と同棲」)。男たちはかの子にかしずき、マネージャー役をいそいそと果たし、喜々として代筆する。かの子は仏教研究家としては名前があがり、注文が殺到しているが、小説は断られてばかり。かの子は自分はもう40歳だと焦っている。
瓜生の両親が京山とともに彼を連れもどしに来る。三人の男が小説原稿を返しに来た編集者に懸命に抗議するのを見て、あきれるが、最後に瓜生の母はうらやましいと語る。
夫と愛人の同居云々はよくわからなかったのだが、この芝居を見て納得した。
十年後。小説家として名前があがり、「老妓抄」を脱稿。弟のように可愛がっていた森川が婚約者を連れて挨拶に来る。かの子はショックを受け、彼に出入り禁止を言いわたす。かの子の母性の暗黒面だ。
数ヶ月後。寒々とした夜のリビング。かの子は行方をくらます。不安そうな一平と瓜生。油壺のホテルから電話がはいる。大学生に裏切られるなんてみじめだと怒る一平に、瓜生は二度とそんなことは言うなといいわたし、二人で東京駅へ急ぐ。
劇場を出た時はうまいという印象が強かったが、時間がたつにつれ、かの子の古代的な大きさがくっきり浮かびあがってくる。
*[01* 題 名<]
欲望という名の電車
*[02* 劇 団<]
*[03* 場 所<]
新国立劇場中ホール
*[04* 演 出<]
栗山民也
*[05* 戯 曲<]
ウィリアムズ,テネシー
*[05* 翻 訳<]
鳴海四郎
*[06 上演日<]
2000-11-07
*[09* 出 演<]
樋口可南子
*[10* <]
内野聖陽
*[11* <]
七瀬なつみ
*[12* <]
永島敏行
*[13* <]
中嶋しゅう
*[14* <]
梅沢昌代
生活臭がむっとにおってきそうな満艦飾の舞台。扇形の舞台ほぼ中央を簾で仕切り、下手側が丸テーブルを置いた居間、その奥が夫婦の寝室、上手側がブランチの寝室、その奥がバスルームの鉄製の箱。下手の縁は路地で、二階の家主の家にのぼる階段がある。頭上には客席をまたいで豆電球の飾り綱が二本わたしてあり、舞台と客席の間はガラクタ――ドラム缶、樽,自転車、錨、簀の子等々――の転がる溝で隔てられている。外は晩秋だというのに、ここはニューオーリンズの夏である。
上手の寝室の後ろは煤けた色ガラスになっていて、その向こうの斜路が照明で浮かびあがる。路面電車の音につづいて、白づくめに装ったブランチがスーツケースを下げて颯爽とあらわれ、舞台の後ろを下手に向かっておりていく。
樋口可南子のブランチは喋り方がほんのすこし赤毛ものっぽいところを除くと、きびきびした現代風のキャリア・ウーマンである。杉村春子や岸田今日子、水谷良重のブランチは最初から妖気をはなっていたが、樋口ブランチはこんなに知的で有能そうな女性に、ああいう裏があったのかという驚きがある。樋口のきりっとした美貌もあって、東電OL事件を思いだした。
一方、七瀬のステラはヤンママ風、永島のミッチェルは純情マザコン青年と見えなくはない。ことさら現代風にアレンジしているわけではないし、内野のスタンリーを元暴走族にしなかったのはよかったと思うが、たくまずして今日性がにじみでている演出である。この戯曲はすでに古典だということだろう。
白亜の豪邸をめぐるやりとりのリアリティはもう一つで、中だるみにならざるをえなかったが、ブランチの虚飾があばかれる場面は転落ではなく、挫折のドラマになっていて、説得力があった。
カーテンコールは樋口が他の出演者を引き連れて、颯爽とあらわれ、かっこよかった。
*[01* 題 名<]
OUT
*[02* 劇 団<]
自転車キンクリート STORE
*[03* 場 所<]
スペース・ゼロ
*[04* 演 出<]
鈴木裕美
*[05* 戯 曲<]
飯島早苗
*[05* 原 作<]
桐生夏生
*[06 上演日<]
2000-12-08
*[09* 出 演<]
久世星佳
*[10* <]
小市慢太郎
*[11* <]
松本紀保
*[12* <]
歌川椎子
*[13* <]
竹内都子
*[14* <]
樋渡真司
*[15* <]
佐藤二朗
*[16* <]
田中哲司
TVで1クールもった長大な原作をどう舞台に載せるのかと、半信半疑で見にいったが、これがみごとに決まっている。人物を最小限に絞りこみ、中心になる四人の女性と佐竹以外は、三人の男優に複数の役をこなさせている。まず、構成力に脱帽。
鉄板に褐色のペンキをなすりつけたような壁に囲まれた舞台。正面壁に三つの入口がきりとられている。客電が消えて、鉄の扉が音をたてながら舞台手前を横切っていく。その一瞬の間にステンレスのテーブルと椅子が置かれ、白衣に白い帽子の四人のパートの主婦が疲れた表情で登場する。
チーフこと吾妻ヨシエは歌川椎子。TV版の渡辺えり子は生活感ありすぎで、リアリティはあるものの、悲惨であったが、歌川のヨシエは山城久乃風の下町のオバチャン風のきっぷのよさと軽妙さがあって、口汚く罵る義母を介護したり、不良息子をいなしたりする部分に救いがある。それだけに、犯罪に引きずりこまれていくくだりが痛ましい。この配役はうまい。
城之内邦子は元「ピンクの電話」の竹内都子。デブで、見るからに浪費家で、愛想のよさとあつかましさが同居している。TV版ではヤンママ風の高田聖子がやっていて、最初から性悪の悪役だったが、こちらは憎めないところがあるだけに、脅迫にあらわれる場面に意外感があった。この配役もTVを越えている。
山本弥生は松本紀保で、いかにもおっとりした平凡な若妻なので、夫を殺す場面といい、殺して無邪気によろこぶ場面といい、鬼気迫るものがある。TV版の原沙知絵も悪くはなかったが、たくましいし、平凡に見えない分、怖さが足りない。
無表情に煙草をくゆらしている香取雅子は久世星佳。ノーメイクなのか、やけに平板な顔で、鼻の穴が目立ち、TV版の田中美佐子に負けていると思ったが、殺人にかかわるや、生々としてきて、どんどんきれいになっていく。不完全燃焼の主婦が、犯罪を機に自己実現するという作品のキモが、彼女の顔を見ているだけでわかる。
佐竹の小市慢太郎は挫折した元全共闘風で、TV版のふてぶてしい柄本明と較べると、生活感で負けているが、リアリズム志向ではないのだから、これでいい。
この五人以外の役は、自転キンSTOREでおなじみの樋渡、佐藤、田中が一人三役か四役で、いつものハイテンションで演じている。自転キン流のハイテンション芝居は一本調子になりがちだったが、短い出番で印象づけるには効果的だ。鈴木裕美は手練になった。
後半、小説の地の文の心理描写をそのまま使ったとおぼしい独白が多くなる。こんなのありかと思ったが、これがうまくはまっている。飯島早苗も幅が広くなった。
最後の部分は雅子と佐竹の倒錯愛の物語で、二人は距離をおき、客席を向いて立ち、独白を機関銃のようにたたみかけていく。会話にあたる台詞も客席に向かって放たれる。この趣好は発明である。リアリズムではないから出来ることだが、一番舞台に載せにくい内的幻想のドラマを台詞劇として実現した点は一つのメルクマールになると思う。
*[01* 題 名<]
ここでkissして
*[02* 劇 団<]
あまがさき近松創造劇場
*[03* 場 所<]
東京芸術劇場小ホール1
*[04* 演 出<]
鐘下辰男
*[05* 戯 曲<]
松田正隆
*[06 上演日<]
2000-12-18
*[09* 出 演<]
中原果南
*[10* <]
西田政彦
*[11* <]
千葉哲也
*[12* <]
天明留理子
*[13* <]
草野康太
鐘下辰男と「ここでkisssして」という題名の組みあわせはミスマッチだが、はじまってみると完全に鐘下の芝居だ。
いつもの吹き抜け屋台。すすけた古い家だが、引っ越しの最中らしく、居間にダンボール箱が積みあげてある。柱にもたれ、不機嫌に押し黙って座っている梶山(西田)を尻目に、引っ越してきたらしい北浦夏美(中原)が荷物を片づけている。そこへ手伝いらしい柏葉(千葉)があらわれ、こまめに動きまわる。梶山はなれなれしい口調で夏美に喋りかける。二人は恋人どうしらしいが、では「会社の総務の人」と紹介された柏葉はなんなのか。
じわじわわかってくるのだが、梶山は出版社を起こしたものの資金繰りに行きづまり、夏美に暴力をふるうようになっている。夏美は彼と別れようとしていて、柏葉は新しい愛人で、この荒家は柏葉が育った家だった。
謎めいた状況を覆う薄紙が一枚一枚はがれていくが、はがれれたからといって、不可解さが解消されるわけではない。喉にゴムホースを一ミリ刻みで押しこまれていくような緊迫感に気が狂いそうになる。鐘下と松田が組むと、こういう舞台になるのか。
柏葉は梶山に殴られて鼻血を出し、そのまま夏美の家に泊まる。深夜、奥の部屋で同衾していると、玄関を開けて、コートを着た女(天明)がはいっていくる。居間の電球をつけ、勝手にお茶を淹れて飲みだす。物音に気づいた夏美は奥の部屋から出てきて、コートの女に驚く。彼女は元同僚の桐木だった。
桐木は自分もこの部屋に住まわせられていたと語る。柏葉は愛人を作っては、自分の持ち家に住まわせていたのだ。もう彼とは切れたが、夏美とつきあいだしたのを知り、いずれこの家に越してくるだろうと見張っていたのだという。昼間とは別口の三角関係が持ちあがり、またもや緊迫した時間がじりじり持続する。桐木がピストルで柏葉を撃ち、持続はとぎれる。
暗転後は、前半とはトーンの異なる芝居になる。近くにある新興宗教の本部の団扇太鼓がテンツクテンツク聞こえる中、不条理な四角関係が伊丹映画ばりの派手な話に拡散していく。夏美は突然、会社を辞めさせられ、柏葉は彼女に客をとらせるようになる。夏美は平然と受けいれ、宅配ピザのアルバイトを解雇された杉並(草野)を子分にする。杉並は梶山が家庭教師をやっていた頃の教え子で、夏美にずっとあこがれており、彼女の命令ならなんでも聞いた。夏美は桐木を殺し、杉並に命じて死体を床下に埋める。
夏美の家の近くの新興宗教はやばい死体を床下に埋めるビジネスをしていたが、埋めるスペースがなくなったので、夏美は柏葉の持ち家の床下を提供する。夏美は教団の幹部になり、白装束で布教に飛びまわるようになる。結末は引っぱりすぎ。
優しそうで狡猾な男を演じた千葉、粗暴で幼稚な男を演じた西田という俳優二人を向こうにまわして、華奢で小柄な中原はよく頑張っているが、前半は食われてしまっている。後半になると、四分五裂する話を彼女の存在感でかろうじて一つにつなぎとめており、底力を見せた。唇をとがらして喋る姿がコケティッシュだ。
天明はチラシの写真はかわいいが、暑苦しい印象。暑苦しい女の役だったからだろうか。
*[01* 題 名<]
桜の園
*[02* 劇 団<]
民藝
*[03* 場 所<]
三越劇場
*[04* 演 出<]
高橋清祐
*[05* 戯 曲<]
チェーホフ
*[05* 翻 訳<]
宇野重吉
*[05* <]
牧原純
*[06 上演日<]
2000-12-20
*[09* 出 演<]
奈良岡朋子
*[10* <]
梅野靖泰
*[11* <]
新田昌玄
*[12* <]
片岡めのら
*[13* <]
千葉茂則
*[14* <]
水原英子
十六角形を半分にきりとったような半円形の舞台。入口は五箇所。壁は緑青色のふのりのような、向こうが透けて見える素材。やはりふのりの薄茶色のついたて(平行四辺形)が三枚たっている。埃よけの布をかぶった家具。
フィールスに大滝秀治、会計係のエピホードフに伊藤孝雄、借金ばかりしているシメオーノフに里居正美という歳末恒例オールスター・キャストである。
民藝なので、憂愁に満ちた古風な「桜の園」を予想したが、近年の喜劇風の演出だった。はじめて見た「桜の園」はシェルバンの演出で、その後も喜劇としての「桜の園」しか見ていない。民藝まで喜劇風となると、新劇正調「桜の園」はもう絶滅したのか。
もっとも、民藝は民藝であって、全面的に喜劇にしているわけではない。ペーチカがアーニャに語るインテリ批判と労働讃美はあくまで大真面目である。ロパーヒンが金を用立てようとするのを断るくだりも、相対化してはいない。働きのない「永遠の大学生」を最後まで労働英雄のように描くあたりに、昔の新劇の名残があるのだろう。
奈良岡のラネーフスカヤ夫人は愚かでかわいい女として演出しているが、キャラクター的に無理がある。精いっぱい蓮っ葉な表情を見せようとしているけれども、身持ちが悪いとか、華やかとかといった方向にはいかない。樫山文枝の方がよかっただろう。
梅野のロパーヒンは収穫。苦労人で、海千山千の商売人なのに、シャイというか、純な部分を残しているところが好ましい。
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