
謹 賀 新 年
専修大でラカン協会の第八回シンポジュウムを聴講してきた。昨年は一般参加者から会費を徴収したので閑古鳥が鳴いていたが、今年は無料にもどした上に柄谷行人が登壇するのでほぼ満員の盛況だった。参加者も柄谷ファンとおぼしい若い人が多い。第一回から毎年聴講してきたが、用意したレジュメが足りなくなり、追加コピーをくりかえすなんていうことはじめてだ。
柄谷氏は酒焼けか赤ら顔になっていて、見るからに老けたが、頭脳の冴えは健在である。
シンポジュウムのテーマは柄谷氏の有名な論文と同じ「日本精神分析」だった。柄谷氏の「日本精神分析」は1991年に雑誌に発表された後、2002年に他の論文とあわせて単行本になり、現在は講談社学術文庫で読むことができる。わたしは雑誌掲載時に読んだが、単行本版は大幅に改稿されているらしいのである(改稿した理由を柄谷氏は嫌気がさしたからと語っていた)。
「日本精神分析」を発表した頃、柄谷氏はマルクスの『ルイ・ボナパルトのブリュメール18日』を盛んにとりあげ、ついには新訳の刊行に一枚噛むまでにいたったが、そこまで肩入れしたのは1990年代の日本にはにナポレオン三世のような男が出てくると予想したからだそうだ。
柄谷氏がナポレオン三世の再来と目したのは細川護熙元首相である。これには当時柄谷氏が主張していた60年周期説もからんでいる。
細川内閣は1993年に発足したが、その56年前、祖父の近衛文麿による第一次近衛内閣が発足している。近衛文麿は当時、国民のあらゆる階層から待望され、近衛内閣によって翼賛体制が成立したといってもいいくらいだった。柄谷氏は翼賛体制のでき方はナポレオン三世の登場の仕方と酷似していると指摘している。
だが、細川元首相は独裁者になるどこか、あっさり政権を放りだし引退してしまった。細川=ナポレオン三世という見立てははずれたが、柄谷氏は小泉純一郎というナポレオン三世的な人物が出てきたので、まったくはずれたわけではないと語った。
世界戦争は起こらないので60年周期説は成りたたないが、120年周期なら成りたつ。清朝とオスマン・トルコが割拠していた1880年代と同じようなことが起こるだろうということである。
意外だったのは河合隼雄氏の日本論を高く評価していた点だ。河合氏の直観は認めるが、集合的無意識を前提にした説明は受けいれられないという立場だ。では何が日本的な特性を生みだすのか? それは 漢字仮名交じり文という日本の表記法だというのが「日本精神分析」の主張だ。
日本語は漢字に訓読みをあたえることでみごとに飼いならし、日本語の不可欠な一部にしてしまい、漢字が異国の文字だということすら意識しなくなっているが、中国の周辺民族でこんなことをやったのは日本だけだ。韓国やベトナムも漢字文化圏だったが、漢字は最後まで異国の文字であり、現在では母国語表記からはじき出している。
韓国は大韓帝国時代と日本統治時代はハングル漢字交じり文を用いていたが、韓国の漢字表記には訓読みがなかったので、結局定着しなかった。
原理的な対立を曖昧化し、なんでも呑みこんでしまう日本の特性が 漢字仮名交じり文から生じているという洞察は魅力的である。欧米や中国と比較するより韓国と比較すべきだという指摘はその通りだと思うが、だから自分は韓流ドラマを見ていると言ったのはギャグだろうか(実際にはまっているらしいが)。
石澤誠一氏が天皇制の根は浅いという文に疑義をはさむと、それは2002年版で、1991年版では根が深いと書いた。根が深いと書くと、もう変えられないという諦めを生むので、2001年にはあえて根が浅いと書いたそうである。
石澤氏の提題は古沢平作と阿闍世コンプレックス再考で、これがすごい。第一回のシンポジュウムで石澤氏は古沢平作に注目していると語ったが、いよいよ今回、本格的に取りあげたのである。
短い発表ながら内容は多岐にわたり、とてもここに書き尽くすことはできないが、一つだけ書くなら、日本人は普通考えられている以上に仏教の影響が強いということである。
泥棒猫のように国民の油断につけこんだ国籍法改悪が参議院を通過してしまった。偽装認知の罰金がわずか20万円だったり、付帯決議がついたもののDNA鑑定は明記されず、父親との写真の確認に「出来るだけ」がつくなど、後世に対するアリバイ作りでしかない。
こんな破滅的な法案を閣議決定した麻生首相には幻滅した。漢字が読めない等々のマスコミの印象操作はどうかだと思うが、国籍法改悪推進の側に回った責任は重大である。
今回、新党日本の田中康夫代表が認知を隠れ蓑にした人身売買の危険性を指摘し、国会議員としての責務を果たした(新党日本)。田中氏の懸念はまったくその通りであって、人権を商売にする人たちは国籍法によってかえって人権が侵害される事例が出てきたらどう言い逃れするのか。
改悪されたとはいえ、国籍法が変わった事実さえ知らない人の方が圧倒的に多い。マスコミは改悪案成立が確実になってからぼちぼち報道するようになったが、多くの国民が知るようになれば、DNA鑑定の義務化が現実になるかもしれない。
ソ連のアフガン侵攻を破綻させるためにアメリカが部族勢力に秘かに武器を援助していたことはよく知られているが、その意外な内幕を描いた映画である。原作はジョージ・クライルの同題のノンフィクション。
トム・ハンクス、ジュリア・ロバーツ、フィリップ・シーモア・ホフマンと大所が出演しているが、映画そのものは大味だった。しかし、事実は小説より奇なりというか、元になった史実はおもしろい。あんな莫大な金額が動いていたことも驚きだったが、それ以上に無名の一下院議員がちょっと動きまわるだけで、ソ連崩壊の一因となった大作戦が始動したことに驚いた。国防歳出小委員会という目立たないが、場合によっては大変な権限を持つ委員会にたまたまチャーリー・ウィルソンが属していたために可能になったわけだが、これはもう天の配剤としか言いようがない。チャーリーはが国防歳出小委員会の委員でなかったなら、ソ連の崩壊は十年は遅れていたはずである。
ソ連軍を撤退に追いこんだ後、チャーリーは教育援助の予算をとろうとするが、今度はあっさり否決されてしまう。ソ連の大虐殺でアフガニスタンの国民の半数は14歳以下だから、教育をほどこさないと大変なことになると力説するが、同僚議員は聞く耳もたずだった。武器援助の数千分の一でよかったのに、その援助をおこなわなかったばかりに、アメリカは今そのつけを払わされている。これも天の意志なのか。
本筋とは離れるが、なぜ政治家になったのかと聞かれ、愛犬を殺されたからと答える場面で厚生省元次官宅連続襲撃事件を連想した。
チャーリーの愛犬は隣の町長の家の花壇をたびたび荒らした。町長はガラスの破片の混じった餌をチャーリーの愛犬に食べさせ殺した。チャーリーは町長に復讐するために選挙の日、黒人地区から投票所までトラクターで何度も往復して96人を運び、おろす時に「町長はぼくの犬を殺した」と言いそえた。町長は16票差で落選した。その結果を見て、チャーリーはアメリカはいい国だと思ったと語る。
愛犬を失ったという点ではチャーリーも厚生省元次官宅連続襲撃事件の小泉容疑者も同じだが、チャーリーは国会議員になり、小泉容疑者は殺人犯になった。小泉容疑者の自供をそのまま受けとるのはもちろん危険だが、官僚独裁国家日本の閉塞感は決して事件と無関係ではないだろう。

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